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第2話 どっちが好きか勝負する?

「今日、うち来るだろ」 練習後、迅が当然のように言った。 律はシューズの紐をほどきながら、顔も上げない。 「何しに?」 「調整」 「昨日した」 「今日も調子よかった」 「だから?」 「効果が続くか確かめる」 律の手が止まった。 迅は隣のベンチへ腰を下ろし、膝を寄せる。 体育館にはまだ部員が残っていた。ボールを片づける音や、モップをかける音が響いている。 律は声を落とした。 「毎日やる気かよ」 「嫌なの?」 「その聞き方、やめろって言っただろ」 「じゃあ来る?」 「結論を急ぐな」 「昨日はお前からもっとって言った」 「練習中に殺されたい?」 律が肘を入れてくる。 迅は腹を押さえながら笑った。 昨日までなら、律に触れられたことを意識しただけで負けた気がした。 今は違う。 昨夜の声も、汗ばんだ身体も、腕の中で静かになった律も、自分だけが知っている。 思い出すたびに機嫌がよくなる。 そのことを知られるのは、やはり少し悔しい。 「迅」 同級生の部員が二人の前で足を止めた。 「お前ら、急に戻ったな」 「元から俺らは合ってる」 迅が答えると、律が鼻で笑った。 「昨日まで散々外してたやつが言う?」 「今日全部決めた」 「俺のトスがよかったからな」 「俺が打ち切ったからだろ」 「はいはい。名コンビ復活、おめでとう」 部員は慣れた様子で手を振り、そのまま更衣室を出ていった。 律が小さく息を吐く。 「お前、態度に出すぎ」 「何が」 「昨日からずっと機嫌いい」 「調子戻ったからだろ」 「それだけ?」 律がようやく迅を見た。 探るような目だった。 迅は一瞬詰まった。 昨夜、律が絶頂の直前に自分の名前を呼んだこと。 余韻で腕をほどかなかったこと。 今朝、目を覚ましたときも、律が隣にいたこと。 全部嬉しかった。 そんなことを口にしたら、完全に負ける。 「お前もだろ」 迅は言い返した。 「何が」 「今日、俺が決めるたび笑ってた」 「笑ってない」 「口元、緩んでた」 「お前、練習中にどこ見てんだよ」 「お前」 答えた瞬間、律の耳が赤くなった。 迅も自分で言った言葉に驚いた。 律は立ち上がり、バッグを肩へ掛ける。 「帰る」 「うち来るんだろ」 「まだ決めてない」 「じゃあ何で俺と同じ出口に向かってんの」 「帰る方向が同じだからだ」 「昨日も聞いた」 「今日はついてくんなって言ってない」 迅は笑いながら、その隣へ並んだ。 律は追い払わなかった。 **** コンビニで夕食を買った。 迅が弁当を選んでいる間、律は飲み物の棚の前に立っていた。 迅が籠を持って近づくと、律がスポーツドリンクを二本入れる。 「一泊する気?」 「夜中に喉渇くだろ」 「朝までいるんだ」 「帰れって言うなら帰る」 「言ってねぇ」 「じゃあ黙れ」 レジへ向かう律の後ろで、迅はまた口元が緩んだ。 部屋へ着いても、二人はすぐには触れなかった。 買ってきた弁当を食べ、床に座って試合動画を見る。 律はリモコンを持ち、気になる場面で止めては巻き戻した。 「今の、助走の入りが早い」 「相手のブロック遅れてるからいいだろ」 「次も同じことして捕まってる」 「じゃあどうすんの」 「一歩目を半拍遅らせる。俺ならこっちへ上げる」 律が画面を指す。 迅は説明よりも、その横顔を見ていた。 練習中と同じ目だった。 ボールの行方を全部読もうとする目。 迅がどこへ跳べば一番高く、一番強く打てるかを、誰より真剣に考えている。 「何」 律が振り返る。 「別に」 「さっきから全然画面見てない」 「見てる」 「俺を?」 「調子乗んな」 迅は律の手からリモコンを奪い、動画を再生した。 「今の続き」 「誤魔化した」 「うるせぇ」 律は笑い、迅の肩へ寄りかかった。 ほんの少しだった。 いつもなら何とも思わない距離だ。 以前から、二人で動画を見るときは肩が触れていた。 ソファが空いていても、床へ並んで座った。 律が眠くなれば、迅の腕へ頭を預けることもあった。 昨日より前から、ずっと近かった。 今は、その近さの全部に意味があるように感じる。 迅は動画を止めた。 「何で止める」 「調整する」 「今?」 「明日も練習ある」 「理由になってない」 「早く寝た方がいいだろ」 「お前、寝かせる気ある?」 「終わったら寝る」 「昨日、二回目やろうとしたくせに」 「お前も断らなかった」 「結局、途中で寝たのはお前だろ」 「律」 「何」 「覚えてんじゃん」 律が黙った。 迅は笑いながら、その顎へ指を掛ける。 律は逃げない。 唇が重なる直前まで睨んでいたくせに、触れた途端、自分から口を開いた。 昨日より早く深くなる。 律の手が迅の首へ回る。 迅は腰を抱き、膝の上へ乗せた。 「っ、何してんだよ」 「こっちの方が楽」 「何が」 「全部」 「適当言うな」 律は文句を言いながら、降りようとしない。 迅の太腿を跨ぎ、胸を押しつけてくる。 キスを重ねるたび、呼吸が乱れていく。 律の指が迅の髪をかき上げる。 「昨日より慣れてんじゃん」 迅が言うと、律は唇を離した。 「一回で覚えた」 「何を」 「お前がどこで喜ぶか」 「俺、喜んでねぇし」 「今すげぇ嬉しそう」 「お前の方が必死だろ」 「お前が下手だから教えてやってんの」 律はそう言いながら、迅の唇へもう一度噛みついた。 迅は律を抱えたまま立ち上がる。 「おい」 「ベッド行く」 「歩ける」 「知ってる」 「降ろせ」 「嫌だ」 律が迅の肩を叩く。 力は弱かった。 「昨日から、お前わがまますぎ」 「お前が許すからだろ」 「許してない」 「じゃあ暴れろよ」 律は一瞬考えるような顔をした。 それから迅の首へ腕を回し直す。 「落としたら殺す」 「落とさねぇよ」 ベッドへ下ろすと、律はすぐ迅のシャツを引いた。 迅が上から覆いかぶさる。 「今日はお前が脱がせろ」 律が言う。 「何で」 「昨日、俺が下手って言っただろ」 「言った」 「見本見せろよ」 「煽ってる?」 「怖い?」 迅は答えず、律のシャツを頭から抜いた。 肌が露わになる。 昨日つけた首筋の跡が、練習着に隠れる位置に残っていた。 迅がそこへ指を触れると、律が肩を揺らす。 「見るな」 「俺がつけた」 「だから何だよ」 「消えるの、もったいねぇ」 律が目を見開いた。 迅も自分の口から出た言葉に固まった。 可愛いと思った。 欲しいと思った。 自分の跡が残っていることが嬉しいと思った。 どれも認めたら負けだ。 「……何その顔」 律が先に口元を歪めた。 「別に」 「今、自分で言って焦っただろ」 「焦ってねぇ」 「俺の跡が残ってるの、嬉しい?」 「調子乗んな」 「迅」 律が迅の頬へ触れる。 揶揄う声ではなかった。 迅はその手首を掴み、シーツへ押しつけた。 「お前こそ、俺に触られるの好きなくせに」 「誰が」 「昨日、離すなって言った」 「まだ抜くなって言っただけだ」 「同じだろ」 「全然違う」 迅は律の首筋へ唇を寄せた。 跡のすぐ隣を舐めると、律の息が震える。 「っ、またつける気?」 「嫌?」 「目立たないとこにしろ」 迅は動きを止めた。 律も止まった。 二人で数秒見つめ合う。 「今、つけていいって言った?」 「目立たないところならな」 「何で」 「聞くな」 「言えよ」 「お前が先に言え」 「何を」 「消えるのがもったいない理由」 迅は眉を寄せた。 律は目を逸らさない。 完全に勝負になっている。 先に本音を言った方が負ける。 昨日までなら、迅は絶対に言わなかった。 けれど今は、律が自分の下で頬を赤くしている。 跡をつけてもいいと言っている。 それが嬉しくて仕方ない。 「お前が俺のもんみたいで、嬉しいから」 言った。 律の目が丸くなる。 迅の心臓がうるさく鳴った。 「何だよ」 「……負けた」 律が呟く。 「は?」 「それ、俺が言おうと思ってた」 迅は笑った。 「じゃあ俺の勝ち」 「まだ終わってない」 律は迅の首を引き寄せ、耳元へ唇を寄せた。 「お前に跡つけられるの、嬉しい」 熱い息が耳へ掛かる。 迅の身体が一気に反応した。 律はそれに気づき、満足そうに笑った。 「引き分け」 「お前、ずるい」 「勝負だからな」 迅は律の腰へ手を回し、身体を密着させた。 「じゃあ次」 「何の勝負」 「どっちが先に余裕なくなるか」 「昨日、俺が勝った」 「どう考えてもお前が先に崩れてた」 「最後に寝た方が負けだろ」 「今決めたルールじゃん」 「勝負ってそういうもんだ」 「違ぇよ」 迅は言い返しながら、律の身体へ触れた。 律はすぐに声を漏らさなかった。 唇を噛み、迅を睨みつける。 昨日の反応を覚えている。 どこへ触れれば肩が跳ねるか。 どの速さなら息が甘くなるか。 迅が指先を変えるたび、律の強がりが少しずつ崩れていく。 「っ……昨日と、同じじゃ勝てないぞ」 「同じじゃねぇよ」 「どこが」 「昨日より、お前のこと分かってる」 律の喉が鳴った。 迅はその変化を逃さず、何度も同じ場所を丁寧に攻めた。 「迅、そこ……っ」 「ここ好き?」 「言わない」 「身体は言ってる」 「気のせい、だ……んっ♡」 律の声が甘く弾ける。 迅の胸が熱くなる。 もっと聞きたい。 昨日よりはっきり、自分の名前を呼ばせたい。 「何エロい声出してんだよ」 「嬉しそうに言うな……っ」 「別に嬉しくねぇ」 「じゃあ、止めろよ」 迅は動きを止めた。 律が息を乱したまま見上げる。 「……何で止める」 「嬉しくないなら止めろって言っただろ」 「本当に止める馬鹿がいるか」 「どっちだよ」 「続けろ」 「お願いは?」 「調子乗んな」 迅は律の脚を持ち上げた。 「じゃあ言うまで待つ」 「性格悪い」 「知ってる」 律は唇を噛んだ。 迅が待ち続けると、やがて睨んだまま口を開く。 「……続けて」 「聞こえない」 「迅」 名前を呼ばれただけで、身体の奥まで震えた。 律はそれを知っているように、もう一度呼ぶ。 「迅、もっと触れろ」 「最初からそう言えよ」 「お前も言え」 「何を」 「俺の声、聞きたいって」 迅は一瞬黙った。 律が勝ち誇ったように笑う。 その表情が腹立たしくて、可愛かった。 「聞きたい」 迅は認めた。 「お前が俺のせいで余裕なくなる声、全部聞きたい」 律の笑みが消えた。 耳まで赤くなる。 「……反則だろ」 「何が」 「急に素直になるな」 「お前が言わせた」 「もう一回悪態つけよ」 「何エロい顔してんだよ。キモ」 「遅い」 律は笑いながら、迅の首へ腕を回した。 キスをしたまま、準備を進める。 昨日より身体は早くほどけた。 迅の指の動きを、律がもう覚えている。 律の息の変化を、迅も覚えている。 少し触れ方を変えれば、律はすぐ気づいた。 「そこ、昨日と違う」 「どっちがいい」 「今の」 「素直じゃん」 「もう一回やったら教える」 「二回やったら?」 「調子乗るな」 それでも律は、自分から腰を寄せてきた。 迅は必要なものを手に取り、律の身体を抱き寄せる。 挿入を始めると、律がゆっくり息を吐いた。 昨日のような強い緊張はない。 代わりに、受け入れていく感覚を確かめるように迅を見ている。 「余裕そう」 迅が言う。 「昨日、経験したからな」 「一回で偉そうにすんな」 「お前も二回目だろ」 「俺は天才だから」 「馬鹿だろ……っ、ん♡」 さらに奥まで進むと、律の声が揺れた。 迅はそこで止まる。 律の身体が馴染むまで待ちながら、唇を重ねた。 「今日、優しいじゃん」 律が息の合間に言う。 「昨日も優しかっただろ」 「口は最悪だった」 「お前もだろ」 「今日は?」 「今日も最悪」 「じゃあ、何でそんな大事そうに触るんだよ」 迅は答えられなかった。 律を傷つけたくないから。 気持ちよくしたいから。 自分に触れられて満足そうにする律が好きだから。 全部言えば、また負ける。 黙った迅を見て、律の目元が柔らかくなる。 「答えられない?」 「うるせぇ」 「俺は分かるけど」 「何が」 「お前、俺のこと好きだろ」 迅の動きが止まった。 律は強気に見上げている。 けれど、迅の首へ回した腕には力が入っていた。 冗談だけではない。 答えを待っている。 「お前よりはな」 迅が言うと、律は一瞬固まった。 「何だよ、それ」 「俺の方がお前を好きってこと」 「勝手に決めんな」 「じゃあ違うの?」 律が眉を寄せる。 迅は繋がったまま、少しだけ腰を引いた。 ゆっくり擦る。 律の息が震えた。 「今、誤魔化すな……っ」 「誤魔化してねぇ。答え待ってる」 「こんなときに聞くな」 「今聞きたい」 「性格悪い」 「知ってる」 もう一度、深く擦る。 律の目が潤む。 それでも視線を逸らさない。 「……俺の方が好きだ」 律が言った。 迅の胸が跳ねた。 「張り合うところ、そこ?」 「お前が始めたんだろ」 「じゃあ俺の方が好き」 「俺の方が上」 「何を基準にしてんの」 「全部」 迅は笑った。 律も笑う。 繋がったまま、額をぶつける。 「馬鹿だろ、俺ら」 「お前と一緒にすんな」 「好きなくせに」 「まあな」 「俺も」 言葉にした途端、何かが大きく変わると思っていた。 実際には、律の身体の温度も、迅へ向ける目も、昨日から何も変わらない。 ずっとそこにあったものへ、ようやく名前がついただけだった。 それでも迅は嬉しかった。 胸の奥が熱くなり、笑いを抑えられない。 「何笑ってんだよ」 「お前、俺のこと好きなんだ」 「今さら?」 「もう一回言えよ」 「嫌だ」 「何で」 「お前が調子乗るから」 「もう乗ってる」 迅は律の脚を抱え直した。 深く繋がったまま擦ると、律が声を上げる。 「あっ……迅、急に、動くな♡」 「好きな相手に抱かれてんの、どう?」 「聞き方、うざ……っ、あぁ♡」 「俺はすげぇいい」 律の目が見開かれる。 迅はもう誤魔化さなかった。 「お前が俺の下で声出してんの、嬉しい」 「急に、素直すぎ……っ」 「お前が好きって分かったから」 「俺は前から、知ってた」 「嘘つけ」 「お前、分かりやすいから」 「お前だって分かりやすい」 「どこが」 「俺が決めるたび機嫌よくなる」 「それはセッターとして……っ、あ♡」 迅が奥まで突き上げる。 律の言葉が途切れた。 「今はセッター関係ないだろ」 「お前が、変なとこ突くからだ……!」 「好きなやつに気持ちよくされてんじゃん」 「お前も、俺が声出すたび、嬉しそうじゃん♡」 「嬉しいに決まってんだろ」 認めると、律の頬がさらに赤くなった。 迅はその表情がたまらなくなり、何度も奥まで突き上げた。 律の声が次第に高くなる。 昨日は抑えようとしていた甘い声を、今日は隠さない。 迅の名前を繰り返し、身体を預けてくる。 「迅、っ、そこ……もっと、擦って……♡」 「素直になったな」 「お前が、言えって言ったんだろ……!」 「もっと言えよ」 「好き……だから、もっと欲しい♡」 迅の理性が一気に削られた。 律の腰を抱え、さらに深く突き上げる。 「それ、反則」 「お前も、好きって言え」 「好き」 「もう一回」 「律が好き」 「足りない」 「格好いいし、可愛いし、声も好き」 「最後の、いらな……あぁっ♡」 律の身体が大きく跳ねる。 迅も余裕をなくし、律の名前を呼んだ。 擦り上げるたび、二人の呼吸が重なる。 限界が近い。 律の脚が迅の腰へ強く絡む。 「迅、もう……くる、っ、止まるな♡」 「止まらねぇ」 「もっと、奥まで……!」 迅は最後まで深く突き上げた。 律が迅へしがみつき、甘い声を上げて絶頂する。 その表情を見ながら、迅も限界を越えた。 律を抱き締め、奥まで繋がったまま動きを止める。 激しく上下していた胸が、ゆっくり落ち着いていく。 迅が身体を離そうとすると、律の脚に阻まれた。 「まだ」 「昨日もそれ言った」 「今日は意味が違う」 「どう違うの」 「好きなやつと、もう少しくっついてたい」 律は迅の胸元へ顔を伏せた。 迅は何も言えなくなった。 可愛い。 今すぐそう言いたかった。 言えばまた律が勝ち誇る。 けれど、もう負けてもいい気がした。 「可愛い」 律の肩が動いた。 「……誰が」 「お前」 「絶頂した直後に頭おかしくなった?」 「前から思ってた」 律が顔を上げる。 「いつから」 「知らねぇ。お前がトス上げて、俺が決めたとき、すげぇ嬉しそうに笑うだろ」 「それで可愛い?」 「あと、褒めるときだけちょっと声でかくなる」 「なってない」 「負けたとき、俺より悔しそうにする」 「それはお前がすぐ調子崩すから」 「こうやって強がってんのも可愛い」 「今すぐ抜け」 「やだ」 迅は律を抱き直した。 律はしばらく睨んでいたが、やがて迅の胸へ頬を戻した。 「お前も格好いい」 小さな声だった。 「聞こえない」 「二回言わせんな」 「もう一回」 「嫌だ」 「俺は何回も言った」 「迅」 「何」 「好き」 迅は黙った。 律が顔を上げ、笑う。 「その顔、面白い」 「お前、ずるい」 「勝った」 「まだ終わってねぇ」 迅は律の顎を掴み、深くキスをした。 **** 翌日も、二人の調子はよかった。 律のトスは迅の打点へ吸い込まれるように上がり、迅は迷いなく打ち抜いた。 練習試合でも、二人の速攻が何本も決まった。 迅が着地する。 律がネット際からこちらを見て、親指を立てた。 迅も笑い返す。 以前からやっていた合図だった。 今日は、それだけで胸が満たされた。 好きな相手が自分のために上げる。 好きな相手のトスを、自分が決める。 昨日までより強くなった気さえした。 **** 練習後、部員たちが集められた。 主将の隣に監督が立っている。 「来週から三日間、複数大学合同の短期強化合宿がある」 ざわめきが広がった。 「参加者は二年を中心にこちらで選んだ。普段と違う相手への対応力を見る。現地では二チームに分かれて練習し、最終日に対抗戦を行う」 監督が名前を読み上げる。 迅の名が呼ばれた。 続いて律の名も呼ばれる。 迅は隣の律へ肘を当てた。 「当然だな」 「俺はな」 「俺もだろ」 「お前は俺のトスがないと怪しい」 「昨日から散々決めてんじゃん」 「だから俺のおかげ」 二人で小声を交わしていると、監督が紙へ目を落とした。 「現地でのチーム分けも伝える。霧島は赤。鈴谷は青」 迅と律の声が止まった。 「赤のセッターは、別大学の三年。鈴谷は青のエースと組め。普段と違う相手と合わせてもらう」 迅は監督を見た。 次に律を見る。 律もこちらを見ていた。 ほんの一瞬前まで浮かんでいた笑みが、二人の口元から消えている。 「……別なの?」 迅が小声で聞く。 「聞けば分かるだろ」 律の返しはいつもどおりだった。 けれど、その指が膝の上で強く組まれていた。 迅は自分の胸に生まれたざらつきを、うまく言葉にできなかった。 誰と組んでも打てる。 律だって、誰にでも上げられる。 そんなことは分かっている。 それなのに、律が別のエースへトスを上げる光景を想像しただけで、面白くなかった。 「合宿中も、夜は調整する?」 迅が囁く。 律は監督の方を向いたまま答えた。 「別チームなのに?」 「だからだよ」 「何のために」 「俺らが一番合うって、忘れないため」 律がゆっくり迅を見た。 その目に、さっきと同じ不安があった。 けれど次の瞬間には、挑むような笑みへ変わる。 「忘れるわけないだろ」 「俺も」 迅は笑い返した。 好きな相手と結ばれた。 その翌日から、二人のプレイは嘘のように噛み合っている。 迅には、それが偶然だとは思えなかった。 律も同じように信じている。 二人だから強い。 好きだから、もっと強くなれる。 その確信を、迅は少しも疑っていなかった。

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