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7-1.

「お前、ちょっと大きくなったんじゃないか?」 建国祭で使う礼服の採寸を見守っていたテオがふとそう言うと、ニコは首をかしげた。 「僕、大きくなったの?」 「ええ。 背丈も肩まわりも、大きくなられましたよ」 採寸をしていた侍女が頷く。 するとニコは、途端に嬉しそうに兄を見上げた。 「やったぁ! 僕も兄さんみたいに大きくなれるかも!」 王宮に来てから、早半年。 食事も睡眠も整い、適度な運動もするようになって、ニコの健康状態は大きく向上した。 止まっていた時計の針が動き出すように、成長が再開してもおかしくはない。 だが、ニコはもう十八歳。 いくら今から巻き返したとしても、自分ほど背が伸びるかというと……。   「……そうだな」   何と返したらよいか決めあぐねて、テオは曖昧に頷くことしかできなかった。 その時、ちょうどユーリが採寸室に入って来た。   「やあ!ニコ、待たせた……えっ、可愛い。 えっ、ホントにどうしたの? 何でそんなに可愛いの?」 「二回言ったな」 するとニコは、ユーリに向かい両手を大きく広げながら、嬉しそうに報告した。 「ねえ、ユーリ!僕、大きくなったんだよ!」 「素晴らしい! 大きくなったニコもますます可愛いよ!」 ユーリは嬉しそうにそう返すと、ニコの前に跪き、恭しく右手を差し出した。 「それでは一曲踊ってくれますか、愛しい奥さま」 「えへへ、はーい!」 「そういえば、来月の建国祭で踊るんだよな? 大丈夫なのか?」 「もちろん。 ニコは上達が早い。努力家だからね。 あと、可愛い」 「昨日は足を五回しか踏まなかったよ!」 「……大丈夫なのか?」 テオは得意げに胸を張るニコの顔を見ながら、また痛み始めたみぞおちを押さえ、ため息をついた。 そして一ヶ月後、建国祭当日。 その日、王都は建国祭の祝賀に沸いていた。   ニコはユーリの横で、朝から続いた式典と挨拶を一つずつ丁寧に務め上げた。 警備に囲まれ、決められた道順ではあったが、城下町の露店を回る視察では、楽しそうに笑う姿も見られた。   テオはそんなニコを見て成長を感じた一方で、同じ年頃の子息たちが公務の合間に連れ立って祭りを覗いている姿を見ると、胸が痛んだ。 そして、夕方。 いよいよ王宮では、建国祭の祝宴が始まろうとしていた。テオ自身、王太子妃補佐官としての仕事に加え、公爵家嫡男としての挨拶まわりもあり、目が回るほどの忙しさだ。 「あ、兄さぁん」 やっとの思いで祝宴の前室にたどり着いたテオを、すっかり用意を整えたニコが迎えた。 ——うん、可愛いな。 ニコは昼間から「可愛い」を惜しみなく振りまいていたが、祝宴用の特別な衣装は別格だ。 ユーリが見たらこの可愛さに膝から崩れ落ちるだろう、多分。 「ニコ、体調はどうだ?」 するとニコは、菓子を一つつまんで頷いた。 「ちょっと眠らせてもらったから、元気だよ。 それより兄さん、見て見て!いいでしょ、これ」 そしてご機嫌な様子で、手に持っていた花の風車をテオに差し出す。息を吹きかけると花弁がくるくると回るのが、とても美しい。 「おまつりに行ったときに、ユーリが買ってくれたんだよ!それから、このおかしも!」 ニコはふふっと笑い、もう一つ菓子をつまんで食べた。 「僕、こんなに大きなおまつり、初めて! すっごく楽しかったあ」 その言葉に、テオの脳裏に昼間見た貴族の子息たちの姿が浮かぶ。しかし、そんな胸の痛みはおくびにも出さず、テオは頷いた。 「そうか、よかったな」 「えっ、ちょっと待って。えっ……」 するとその時、扉の方からユーリの声が響いた。 テオが目をやると、ユーリは膝から崩れ落ちていた。   「何だこれ……可愛すぎるだろ……。皆に見せるのが惜しすぎる可愛さだろ……なあ、テオ!」 「いや、俺に振るな」 「仕方ない。俺の妻の可愛さを皆に見せつけてやることにしよう」 ニコがユーリに向かって自ら右手を差し出した。 ユーリが当たり前のようにそれを取ると、まるでダンスの始まりのような所作でニコが立ち上がり、引き寄せられるようにユーリの横に並んだ。 「ニコ、本当に美しいよ。君と並んでこの日を迎えられることが、何よりも嬉しい」 ユーリは幸せそうにそう言って、礼服の内ポケットから厚手の絹布に包まれたものを取り出した。   「これ、なあに?」 「これはね……」 ユーリは、覗き込んでくるニコの目の前でそっと布を開いた。すると、小ぶりのティアラが現れた。   「可愛い妻に、俺からのプレゼント」 「わあ……きれい!」 「……何個目だ」 「ティアラは何個あってもいい」 ユーリは、花と若葉をかたどった繊細なティアラをニコの頭にそっと乗せてやった。 すると、ティアラに散りばめられた緑色の宝石が、銀色の髪の上で瞬くように輝いた。 すっかり仕上がった妻の姿に、ユーリが再び膝をつき左胸を押さえる。 「くっ……可愛い」 「いちいち大変だな」 「ユーリ、ありがと」 ニコは嬉しそうにくるりと回ってから兄の方を向き、尋ねた。 「兄さん、にあう?」 「……ああ。よく似合う。可愛いよ」 「えへへ」 兄にも褒められ、ニコはより嬉しそうに笑った。 ちょうどその時、前室の扉が開いた。 「お時間でございます」 侍女に促され、ユーリはニコに腕を差し出した。 ニコはすっかり慣れた様子でその腕に手を添えた。 「兄さん、僕、ダンスがんばるね」 「そうだな。楽しみにしてるよ」 ニコは深く頷くと、ユーリの方を向いた。 夫妻は一度微笑み合うと、揃って歩き出した。   祝宴会場の大広間には、すでに出席者が集まり、楽団の楽しげな音楽も相まってざわめきに満ちていた。   その時、王族の到着が告げられた。 楽団の演奏が止まり、にわかにあたりが静まり返った。国王夫妻を先頭に、王太子夫妻、そして第二王子が姿を現した。 出席者たちは一礼したのち、壇上へ上がるニコの姿に目を奪われた。 「可愛らしい方ですわ」 「それに、なんと神々しい」 ユーリはそんな囁きに密かに耳を傾けながら、ふとニコに目をやる。 すると、ちょうどニコがユーリの袖をきゅっと掴んだところだった。 顔を合わせた夫妻はどちらからともなく微笑み合い、揃って前を向いた。   国王の挨拶と乾杯を終えると、王族たちは壇を下り、招待客からの挨拶を受けた。 ヴァレンティア公爵家もまた挨拶の列へと並んだが、両親の顔は晴れず、会話もなかった。 気まずい沈黙の中、周囲の噂話が否応なしに耳に入り、テオは小さく眉を寄せた。 「公爵閣下は、最近ご体調が優れないと聞きましたわ」 「今では領地の差配も、ほとんどテオドールさまがなさっているとか」 「国王陛下と王太子殿下から、よほど信頼されているのでしょうね」 「代替わりも、そう遠くないのでは?」 母がより俯いたところで、テオたちの挨拶の番が回ってきた。 侍従に促されたテオが最初に国王夫妻に挨拶し、一歩下がったところで両親が深く頭を下げる。 両親が顔を上げた時、ニコが一歩踏み出した。 そして、意を決したように母に声をかけた。 「母さま、僕ね……背が伸びたんだよ。ほら!」 ニコを見る母の瞳が、わずかに揺れた。 だが、そのまますぐにニコから視線を外し、 「ご健勝で何よりでございます」 とだけ返して、深く一礼した。 ユーリが思わず眉を寄せた横で、ニコはさらに父の方に向き直った。 「父さま。 僕、ユーリとエトワに乗る練習してるんだ」 父は無言のまま、ニコを見ることもせずに頭を下げただけだった。 そんな中、テオが国王夫妻、そしてユーリとラウルに向かい口を開いた。   「ニコラスが健やかに過ごしておりますこと、ヴァレンティア家を代表して心より御礼申し上げます。 今後も我が家は、王家と王太子ご夫妻のお力となる所存です」 そして最後に、ニコへと視線を戻した。  「弟の幸せを、心より願っております」  沈んでしまっていたニコの表情が、ようやく和らいだ。 「公爵殿。大切なご子息を私たちに……ユリウスに託してくれてありがとう。 ニコラスが来てくれてから、私たちも毎日幸せを分けてもらっているよ」 「テオドール卿にも、いつも助けられておりますわ。本当に素敵なご子息に恵まれましたね」 国王夫妻の言葉に、父は拳を握った。母もまた唇を震わせ、最後に揃ってもう一度頭を下げた。 「国王さま、お妃さま」 両親が下がると、ニコは国王夫妻の方を向いた。 「兄さんを……僕のことを、両親の前でほめてくださって、ありがとうございました。 僕、とても嬉しかったです。僕も……ユーリのお嫁さんになれて、毎日しあわせです」 国王は頷き、王妃もまた優しく微笑んだ。 挨拶の列が途切れ始めた頃、楽団が舞曲の前奏を奏で始めた。 皆の視線が、自然と王太子夫妻に集まった。 ユーリはニコの前に跪き、右手を差し出した。   「一曲踊ってくれますか、愛しい奥さま」 「はい、喜んで」 ニコがはにかみながらその手を取ると、周囲から「わあっ」と歓声が上がった。   二人は手を繋いだまま、揃って歩み出た。 前に進むたび、ニコの指先に力が込められていく。 「大丈夫だよ」 ユーリはそんなニコに小さく声をかけた。 「あんなに練習したんだ。絶対、大丈夫」 中央まで来ると、二人は一度離れ、互いに向き合って立ち止まった。 ニコが軽く会釈をし、ユーリが頷いて再び手を差し出した。ニコがその手を取った瞬間、主旋律が始まった。 ニコはユーリの合図で踏み出す。 ユーリと近づくためのその数歩が、きちんと合った。   ——できた!   完璧なタイミングで、ユーリはニコの腰に手を回した。 ニコはその胸に抱かれるように身体を寄せながら、ユーリを見上げた。 その顔を見て少しだけ緊張がほどけたのか、ニコの表情がぱっと明るくなった。   そこから、これまで幾度となくユーリの足を踏んでしまった方向転換も滞りなくこなし、最初のターンへと移った。 だが、ニコはくるりと回った後、足の方向がわからなくなってしまった。 混乱しかけたところで、ユーリが腰に添えた手でそっと合図を送り、ニコの注意を引く。 ニコが顔を上げたところで視線を右にそらし、正しい方向を示した。 ニコは踏み間違える寸前のところでその通りに足を戻す。 それから、少しだけ乱れた呼吸を整えて、もう一度ユーリと顔を見合わせると、小さく微笑んだ。 「まあ、なんて仲睦まじい」 「本当に素敵なご夫婦ですわ」 ニコのダンスは、決して上手いとは言えない。 それでも、二人がとても楽しそうに踊っているのが伝わり、皆が魅入っていた。 やがてダンスも終盤になり、ニコはユーリに導かれながらくるりとターンをした。 始まりと同じように向かい合って立つと、ニコが小さく礼をする。 そしてユーリが差し出した腕に手を添えると、ニコはその顔を見上げて嬉しそうに微笑んだ。 二人のあまりにも幸せそうな姿に皆が感嘆し、ほんの一拍だけあたりが静まった。 その静寂を割るように、ひときわ大きな拍手が響いた。ニコがその方に顔を向け、その主が兄だとわかると、満面の笑みを浮かべた。 テオに続いて会場の皆も大きな拍手を送った。 二人は皆の祝福を受け、幸せそうに微笑み合いながら下がっていった。 再び音楽が流れ始めた。 ニコたちに代わるように次々とダンスの輪が広がっていった。 「とても素敵でしたわね」 ラウルの横で、ニコたちのダンスを見守っていたソフィアが、そう穏やかに言った。 「ニコラスさま……きっとたくさん努力をなさったのだわ」 ラウルは何も返さなかったが、その視線はニコの背中に注がれていた。ソフィアはそんなラウルを見上げ、小さく微笑んだ。 「——ラウル殿下」 その時、背後から声がかかった。 ——公国教会幹部のオーバンだった。 「……何用だ」 ラウルは、ソフィアの前に出る。 オーバンはラウルに向かって不敵な笑みを浮かべたまま、低く言った。 「……少し、お話がございます。 お時間を頂けませぬか」 ラウルはわずかに眉を寄せ、オーバンを見下ろした。    

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