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8-4.

会食を終えると、二人はそれぞれ宿泊用の客間に通された。 そして、ラウルがようやく一息ついたところで、ユーリが当然のように部屋を訪れてきたのだった。 さらに、すっかり日が沈んだ窓の外を見つめながら、この一言である。   「……これ、もしかして今から帰れるんじゃないか?」 閉口するラウルなどお構いなしに、ユーリは続けた。 「お前、半日で行き来してたよな?」 「早馬を乗り継げば可能ですが、兄上には少々難しいかと……」 「ああ、クソッ。お前のようにサボらず鍛錬しておくべきだったか……」 「……今日はもう休み、明朝早くに発ちましょう」 「はあ……。俺はもう、ニコのおやすみの口づけがないと眠れない身体なんだよ……」 「ワインでも飲めば、すぐに寝られますよ」 「今日はもう、ワインは飲み飽きた。 ……仕方ない、お前の口づけで我慢するか」 「何で」 ユーリは肩をすくめ、応接用のソファーに腰を下ろすと、テーブルの上に用意されていたワインを我が物顔で開けた。 そして、二つのワイングラスに注ぎ、片方をラウルに差し出した。 ——結局、飲むのか。 ラウルはため息をつきながら、兄の対面に腰を下ろした。   公国特産品のワインは、口当たりが軽く香り高い。 飲み飽きたなどといっていたが、ユーリはかなり気に入ったようだ。 後で使用人にいくつか持ち帰るよう命じていたのを、ラウルはしっかり目撃している。 「……結局、うまくやりましたね」 「何のことだ?」 ユーリが二杯目を手酌しようとする前に、ラウルは瓶を取ってグラスへ注いだ。   「公国教会の推薦を得ずに、その支援を得ました。 ……さすが、お見事です」 「何を言う。これは、お前の成果だろう。 俺は、その恩恵にうまく乗っかっただけだ」 「ですが」 「お前は、もっと自分を誇るべきだ。 お前が思っている以上に、お前は評価されている。 あの信任投票結果なんか、その最たるものだろう」 「……」 ラウルが言葉を失うと、ユーリはワインの瓶を取り、顎をしゃくった。 ラウルは仕方なくグラスを飲み干した。 「で、肝心のお前の成果だが……」 するとユーリは、机上の木箱に目をやった。 そこには、協定の証として大司教から受け取った宝珠が入っている。   「これを使えば、いつでもオーバンと連絡が取れるんだよな?」 「そうですね」 「不思議なものだ。にわかに信じがたい。 ……そうだ! お前ちょっとやってみろ」 「何でですか。こんな時間に、迷惑ですよ」 「有事の際、使えなければ困るだろう。 ここにいる間に試しておくべきだ」 「……」 兄の主張を否定しきれず、ラウルは仕方なく宝珠を取り出した。 「怒られても知りませんよ」 「ちょっと繋いですぐ切れればバレないだろ」 「いや、絶対バレますよ……」 「いいから早くやってみろ。 本当に繋がったら、ニコとの通信用にもう一個もらえないか頼んでみよう」 「目的はそれですね」 ラウルはため息をつくと、手のひらで宝珠にそっと触れた。だが、何も起こらない。 ユーリは訝しげに宝珠をいろんな角度から見つめた後、ぽんと手を叩いた。 「ラウル、魔力の流し方が違う。 宝珠を流れる力に逆らってはいけない」 「は、はあ……」 「ほら、こうだ。真似てみろ」 ユーリはそう言うと、ラウルの手の甲へ重ねるように自分の手を添えた。 そして、ユーリのもう片方の手が宝珠に触れた、その瞬間。 宝珠の濁りが一気に引き、強い光が走った。 バチン、という激しい音と共に、指先から全身に一瞬で伝わった大きな衝撃に、二人は思わず揃って手を離して弾かれるように背もたれへ倒れ込んだ。 続いて、ユーリの左胸が針に刺されたようにチクリと痛んだ。咄嗟に胸を押さえたその時。 「……何用ですかな?」 宝珠が鈍く光り、オーバンの不機嫌そうな声が響いた。 ラウルが『ほら見ろ』とばかりにユーリを見る。 ユーリが焦りながら、なんとか取り繕った。 「ああ、すまん。 なんせ、初めて使うものだからな。我々がきちんと使えるか、やり方を確認していたんだ」 オーバンは小さくため息をつき、 「……でしたら、もう大丈夫ですね」 とだけ言って、素っ気ない態度で通信を切った。 やがて宝珠が放つ光も消え、元の色に戻っていく。 「……大丈夫そうだな」 ユーリは、ほっと息をつきながらソファーに背を預け直し、天を仰いだ。 「……あの稲妻のような光と衝撃は、大丈夫とは思えませんが」 「でもほら。一応つながったじゃないか」 「毎回あれだと思うと、気が進みませんね」 「まあ、緊急時しか使わんからな。気にするな」 「思いっきり他人事だと思ってますね」 「……ニコとの通信用にもらうのはやめておこう。 毎回あれでは、ニコが可哀想だ」 「……」 ユーリはそう言いながら、もう一度左胸を押さえた。もう、先程の刺すような痛みはない。 ——まあ、あの衝撃の一部か。 気にするほどではないな。 ユーリは息を吐き、グラスに残ったワインを一気に飲み干した。   翌朝。 ラウルが帰国の準備を終えて馬車乗り場に着くと、兄が待ち構えていたように声をかけてきた。 「おはよう、ラウル。遅いぞ!」 「兄上が早すぎるんです」 「早起きは三文の得だからな!」 「……朝から大声を出さないでください。 迷惑ですよ」 ——夕べ人の部屋で寝落ちしていたくせに、なんでこんなに無駄に元気なんだ。 ラウルは呆れながら従者に荷物を預けた。 その従者が、見覚えのない荷馬車に荷物を積み始めたので、思わずユーリに尋ねた。 「なぜ荷馬車が増えているのですか」 「荷物が入らないからだ」 「……でしょうね。何をそんなに購入したのですか。 というか、いつの間に……」 「ニコへの土産の絵本だ。それから、ニコへの菓子と、ニコへの葡萄ジュースと、俺のワインと……」 「量」 「まあ、いくらあっても困るものじゃないからな!」 「……」 ラウルはもはや何も言う気力が湧かず、見送りにきたオーバンに軽く頭を下げ、馬車に足を踏み入れた。 ユーリもまた、はつらつと大司教と挨拶を交わしてから馬車に乗り込んできた。   「さあ、一刻も早く帰ろう。ニコが待っている!」 そして、ユーリがご機嫌な様子でそう言ったのと同時に、馬車は帰国の途についた。   二人が王宮に戻り馬車を降りると、ニコが真っ先に駆けてきた。 「ニコ! 会いたかったよ!」 「ユーリ! おかえりなさい!」 まさに感動の再会といった様子で、ユーリは抱きついてきたニコを軽やかに抱き上げる。 そのまま二人が熱い抱擁を交わす横で、ラウルはテオと目が合った。 ——テオドール卿も、大変ですね。 ——お前もな……。 二人はアイコンタクトでそう互いの労をねぎらい、頷き合う。 その横で、ユーリはニコをふわりと地に下ろして跪き、ニコの右手を取った。 「ああ、ニコ。 会いたかったよ。可愛い顔をよく見せ——うっ」 「兄上!? どうされました?!」 するとユーリが突然そう呻いて胸を押さえたのでラウルは慌てた。 だが、テオは至って冷静に口を開いた。   「ラウル殿下、いつものことです。 お気になさらぬよう」 「泣き虫ユーリだ」 「はあ、一日ぶりの愛妻が可憐すぎて涙が溢れ、危うく心臓まで止まるところだった」 「……」 「ほら」 「……いつもこんな、なのですか」 「いつもこんなです」 「いつもこんなだよ」 周りの冷ややかな視線など気にせず、ユーリはニコの手を握ったままスッと立ち上がると、荷馬車から運び出された荷物を手で示す。   「そんなことより、ニコ! お土産だよ!」 「わっ、すごい!」 「いや、量」 ニコの後ろから、そのあまりの大荷物ぶりにテオが思わず口を開いた。 ラウルは何も言わずにテオの肩をぽんと叩き、大きく首を横に振った。 ニコは大量の絵本の山から一冊を抜き出すと、ユーリに掲げて見せる。 「ユーリ! こんやのおつとめ、これがいい!」 「よし! 夜を徹して読んでやろう」 「……夜は寝てください」 「やったあ!夜ふかしさんだ!」 「ニコ、お前も乗るな」 ——妃殿下も、嫌々ここにいるわけではなさそうだ。 ラウルは胃を押さえるテオを気の毒に思いながらも、兄の帰国を心から喜び、無邪気な笑顔を見せるニコを見ながら、人知れず安堵していた。

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