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9-3.

王宮礼拝堂横の前室には、ベルナール司祭とラウル、それから宮廷魔術師長が集まっていた。   「それで、兄上の状況は」 「はい。予備の魔力制御装置をお渡ししましたが、未だ放出量に変化はありません。 ですが、ある程度魔力を放出すれば、ご自身で制御可能な域まで落ちる見込みです。それまでは外部から刺激しないように、と殿下からのご指示です」 「記録によると、ユリウス殿下は幼少期にも何度かこのような前例がございます。 ですから、対処法は心得ておられますが……」 「そうは言ってもな……。 呪いを受けた状態での対処は、いくら兄上といえど初めてだろう」 「ええ。この放出量が続けば、予備装置も長くは保ちません。ただいま、さらに強化したものの準備を進めております」 「……礼拝堂に強力な宝珠の予備がございます。 お役立てください」 「ベル司祭、ありがとうございます。 それであれば、今夜中に仕上げられます」 魔術師長が表情をわずかに緩めた。 ベル司祭は頷くと、ラウルに視線を戻した。   「陛下へのご報告は……」 「今はいい。まだ意識が朦朧としている。 余計な心労をかけたくない」 「ですが……」 「先に王妃とは話をつけてきた。 私に一任するとのことだ」 するとその時、小さく扉をノックする音が響いた。 ベル司祭が返事をすると、テオとニコが姿を現した。 「……すみません、離れなくて」 テオはそう前置きして、しがみついているニコをそのままに入室してきた。 「お身体は大丈夫でしたか」 「ええ。怪我もありません。……ただ」 テオはそう言うと、ニコをちらりと見た。 「……この通り、機嫌が直らなくて」 その瞬間、ニコは唇を尖らせたまま、ぷいっと横を向いた。 「魔力もそれなりに消耗しておりますが、一晩寝れば回復するだろうということです」 「それは良かったですね」 「僕、今夜寝ないもん」 「いや、寝ろ」 「ユーリのとこ、もどる」 「だから、それは駄目だ。 ……もうさっきからずっとこの調子で。申し訳ない」 テオは疲れ切った様子で頭を下げ、ニコごと椅子に腰を下ろした。 そんな兄弟の姿にベル司祭が思わず小さく笑みをこぼし、ラウルは額を押さえ、ため息をついた。 ベル司祭はそんなニコに、優しく言う。   「妃殿下、殿下を助けるために、お力をお貸し頂けませんか?」 「……僕にできること、ある?」 「ええ、妃殿下にしかできないことです」 するとニコは、ぱっと顔を上げると、前を向きベル司祭に向き直る。 一方で、テオの膝から降りるつもりはないようだった。 「僕、ユーリを助けられるなら、なんでもする!」  「ありがとうございます。 では、今夜殿下とあなたの間で何が起きたのか、教えてもらえますか?」 「うん!あのね、ユーリといっぱいキスして……おなかきもちくなって……」 「おいちょっと待て」 「テオドールさま、耐えてください」 「……」 「ああっ、ラウル殿下の眉間にものすごい皺がっ」 「それで、ユーリの胸に黒い点があるのに気がついて……。そしたら、急に胸の黒いのが大きくなって、つたみたいのがでてきて、僕の手をぐるぐる巻きにしたんだ」 「……なるほど。重要な証言です」 「そうだな。ユーリ、戻ったら覚えてろ」 「……変なことしてるじゃないですか、兄上」 「二人ともどうしたの?」 「妃殿下、その蔦は左右どちらの手に?」 「右手だよ。すぐに僕の紋の力を吸い始めて……それで、ユーリも、つたにさわって……魔法で助けてくれようとしたんだと思う」 それからニコは、出来るだけ細かく伝えようと懸命に考えながら、事の顛末を一同に伝えた。 そして、話しながら一番違和感があったことを思い出したのだ。 「つたが僕の紋の力を吸って、ユーリが魔力を出し始めたとき、一瞬、つたの色がうすくなって消えかけたんだ」 その証言に、一同の目の色が変わった。 「消えかけた?」 「それは、確かですか?」 「うん。僕、これならだいじょぶって思ったんだ。 でも、すぐにつたがすごく暴れて、僕ははね飛ばされちゃって……」 ベル司祭と魔術師長が、神妙な顔で考え込んだ。 「力を吸収する性質がある……?」 「だが、吸収した直後に弱まったというのは妙だな」 「妃殿下の祝福が、呪いそのものに作用したのでしょうか」 それぞれ仮説を立てるが、どれもこれも決定打に欠けて結論が出ない。 すっかり行き詰まった頃、ニコが思い出したように口を開いた。 「僕、ユーリのおむねのもよう、かけるよ」 「模様?」 「黒点じゃないのですか?」 「つたがでるとき、大きくなって、もよう⋯⋯そう、僕の紋みたいになったよ」 思わぬ新証言に、一同が顔を上げた。 すぐに用意された紙に、ニコがペンを走らせる。 「あのわずかな間に、よく覚えたな」 「んー、神さまの使いの紋章に、にてるの」 「神の使徒のことですね」 「まわりは、光。 真ん中のマークは闇。それから……ここは土の使いのかざり。こっちは炎の使いの文字」 ニコがあまりにもスラスラと描くので、ラウルが驚きとともに呟いた。 「妃殿下、こんな知識をどこで」 「ごほんだよ。お部屋にあったんだ」 「ああ……あの本か」 「あの本、とは?」 「曽祖父が使徒が神から与えられた紋章を元に、魔法陣を体系的にまとめ直したものです。 まあ、個人の趣味の範囲ですが……」 「僕の紋と似てるものがないかなって、よくみてたんだ。僕のは、地の使いの飾りにちょっと似てるんだよ」 ニコはベル司祭に紙を差し出した。 それを見た司祭は、眉を寄せる。   「……妙ですね」   横から紙をのぞき込んだ魔術師長も、首をひねった。   「本来、ひとつの紋の中に一緒に置かれるはずのない意匠が混ざっていますね」 そして最後にテオがはっとした顔をして続けた。 「……私は、こういう図を見たことがあります」 「何ですと?」 テオは改めて司祭から紙を受け取ると、しばし考え込んだ。そして、こめかみのあたりを三度指先でつついたあと、答える。   「公国教会の図書館です。禁書区画ですね」 「……よくそんなところまで入り込めましたね」 「ええ……。たまたま、短期の交換留学制度で渡ったときに、学生時代、懇意にしてくださった教授の伝手で」 「……さすがテオドール卿です。 あの公国の禁庫を開かせるなんて!」 「兄さん、すごいの?」 「当然だ。 まず、交換留学生に選ばれること自体が……」 「いや、褒めすぎです。上位貴族が希望すればだいたい通ります。公国教会も、私が公爵家跡取りだからと開いてくれたのです」 「いいえ! テオドール卿が優秀だったからこそです」 「……恐縮です、ラウル殿下。 ありがとうございます」 テオは苦笑いをしながらそう返し、再び紙に視線を落とした。 「かつて世界が戦乱の渦中にあった頃、各国で強大な力を持つ聖紋の研究が進められていたことは、比較的よく知られた話ですが……」 テオは一同が頷くのを確認し、続けた。 「聖紋」は、当時は神から授かった強い力として畏敬の念をもって受け入れられていた。 しかし、戦乱が終わると、その力のあまりの強大さが平時には恐れられるようになり、徐々に現在の聖痕という呼称へ変化していった。 戦時中、とくに盛んだったのが聖紋を人工的に付与する研究だ。対象がどの属性・紋に適合するか、刻む前には判別できない。 そのため最初に、光・闇・土・炎など、すべての系統の要素を織り込んだ基礎紋を刻む。 適合すれば、その者に合った紋が定着し、強大な「紋持ち」として戦力になった。 「ニコが描いたこの紋は、その付与初期段階の複合紋に非常によく似ています」 続いて、ベル司祭が口を開いた。 「一方で、この人工的に付与した紋には、大きな問題がありました」 「ええ、その通りです。 紋が必要とする魔力を宿主が賄えず、衰弱し、命を落とす者が絶えませんでした。 そもそも紋に適合できず死亡する者も多かった。 さらに悪いことに、宿主だけでは魔力が足りなくなると、紋自身が生き残るため周囲の者の魔力を食おうとする。そのため大量の犠牲を生み、戦乱後に禁術化されました。教会も後世、この研究は過ちだったと公式に認めています」 「そこで、紋持ちは兵器ではなく、保護すべき者であるという思想が強まったのです。 教会が聖痕持ちの保護へ力を入れるようになったのも、そのためです」 「……では、妃殿下の紋に食いついたのも」 「ええ。宿主から十分に魔力を得られず、外部の力を取り込もうとしたのかもしれません」  「しかし、殿下ほどの魔力をお持ちなのに?」 「制御装置ですよ。殿下は常時、外へ流れる魔力量を相当抑えておられますから」 「それで、近くにあったニコの紋の力を食おうとして、返り討ちにあったわけか」   ベル司祭が深く頷いた。 「……しかし、ユリウス殿下はどこでこの紋を付与されたんだ?」 「教会に行ったときじゃないかなあ」 ニコがあまりにもあっさりそういうので、一同の視線が一気に集まった。 「教会に行く前のおつとめの時、胸にあんなのなかったよ。変なかんじもしなかったし」 「……」 「テ、テオドール卿、お気を確かに!」 「そんなに強くみぞおちを押したら、胃が潰れますよ」 「……気にせず続けてください」 「ラウル殿下、公国で殿下がお一人になった時間は?」 「基本的には同行していたので……。 あるとしたら、別々の客間に案内されたほんの五分程度。以降、兄上は私の部屋で過ごしましたし……。 その時も、特に変わった様子はありませんでした」 「うーん……」 「……暗礁に乗り上げましたね」 そこでニコが、 「僕の力をあげたら? 一回消えかけたし、もう一回やったらできるんじゃないかな。僕、次はユーリから離れないように、もっとぎゅってするよ!」 と主張したが、誰も承諾しなかった。   「まだ妃殿下のお力が本当に有効なのか、逆に危険なのかわかりません」 「まずは人工聖痕かどうか。 それから、その対処法を皆で調べよう。殿下にもニコにも安全だとわかってからにしような」 「……わかったよ」 ニコは、唇を尖らせながら渋々頷いた。 そして、これ以上は話が進まないため、一同はそれぞれの役割を持ち帰り、次に備えることにした。

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