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10-3.
「しゅうごうー! しゅうごうー!!」
突然、廊下に響き始めたニコの可愛らしい声と、パンパンという軽快な手拍子。
テオと衛兵二人が思わず顔を見合わせたその時、ニコが曲がり角からひょこっと姿を現した。
「あっ、兄さん!こんなところでなにしてんの!
しゅうごうだよ!」
「何してるって、俺はお前が心配で」
「まあ、いいや!
兄さん、はやくベルおじちゃん呼んで!
あと、魔術師長さんも!
ほらほら!みんな、しゅうごうー!」
パンパンパンパン!
ニコはそう言ってまた手を叩きながら、先陣を切って廊下を歩き出した。
すると、その声を聞きつけた侍女や衛兵たちがわらわらと寄ってくる。
「あらまあ! なになに?」
「妃殿下、どうなさったの?」
「集合ですって!」
「まあ、かしこまりました〜」
ニコの勢いにすっかり呆気に取られて出遅れたテオは、列の横を歩きながら、
「あの……皆さん全員が出てこなくて大丈夫です……。
通常業務に戻ってください……。
ベル司祭と魔術師長だけで結構です……」
と、列を解散させながら早足でニコの後を追った。
ニコはテオが横に並ぶと、当たり前のように手を差し出してくる。そして、テオがその手を取ると、ぎゅっと握って礼拝堂の前室まで引っ張って行った。
「妃殿下、集合と伺いましたが……」
「何かございましたか?!」
前室に入ると、すぐにベルと魔術師長が駆けつけてきた。主要メンバーが揃ったところでニコが胸を張り、声高らかに宣言した。
「きんきゅう作戦かいぎをはじめます!」
そのあまりに可愛らしい宣言に、一同の目元が思わず緩む中、ニコが自信満々に続ける。
「これからユーリの呪い、ぜーんぶこわします!」
「おい待て、どうして急にそうなった……」
「お言葉ですが妃殿下、壊すとは……」
「あのね、さっきラウルさまのお部屋で、オーバンとお話してるの聞いたの!」
「……待て。なぜお前がそんな会話を聞けたんだ」
「なんか、これくらいの宝珠が光るとね、オーバンの声がするの。でね、ラウルさまが、お膝で一緒にお話を聞かせてくれたんだ」
「お膝で!? あのラウル殿下が!?」
「テオドールさま、落ち着いてください。
驚くところがズレています」
「すまん⋯⋯もはや情報過多で何が何だか」
「それでね、オーバンが言ってたんだ!
この前、僕の紋の力をユーリの呪いが食べようとしたでしょ。あれでね、ユーリの呪い、ちょっと壊れちゃったんだって。
それでね、僕、きがついたんだ。
だったら、僕の紋の力をありったけ食べさせて、ぜんぶ、こわしちゃえばいいんだって!」
「お前は何を言ってるんだ。
呪いの解除というのはそんな簡単なものじゃ⋯⋯」
ニコの突飛すぎる発想に呆れ気味なテオの一方で、ベル司祭の表情は思いのほか真剣だった。
「いえ、考え方としては大筋で合っています」
「ええっ」
横に座る魔術師長もまた、頷いている。
「呪い解除の学術の始まりは、術式そのものの破壊方法の体系化です」
「破壊……ですか」
「はい。呪術に対し、それを上回る力を流し込み、術式を壊す。最も古典的な解除法ですね」
「ほらあ!この前、学校でもならったもん!」
「そうですね、先週お勉強しましたね」
「いや、待ってください。だったらどうして解除術なんて複雑な学問になってるんです?」
「どんな性質の魔力を、どこへ、どれだけ、どのタイミングで流すか……。解除学の複雑さは、その失敗と成功による学びの積み重ねですから」
「つまりニコは、古典に立ち戻り、力づくで『壊せばいい』と言ってるわけですか」
「端的に申し上げると、そうですね。
始祖の妃リュシアンさまも、開拓期にはかつての魔族軍が遺した古き呪術や結界に、惜しみなく莫大な力を流し込み――」
「いやいやいや。
歴史書ではなんかこう、パーッと聖なる光で穏やかに解除したみたいな……」
「ええ。その聖なる光をパーッとありったけ注ぎ込み解除なされました」
「力技だったの?!」
「端的に申し上げると、そうですね」
「兄さん、兄さん、僕もパーッできるよ!」
「お前は乗るな。あと両手広げるの普通に可愛い」
そこまで言い切って、テオはみぞおちを押さえながら頭を抱えた。ため息が、深い。
「兄さん、さいきん、頭もいたくなるのかな」
「……疲れてらっしゃるのでしょう」
「いや……なんかもう疲れを通り越して腹が立ってきたな。ともかく、理論論はわかった。
だが、論ずるのと実地は別だ。安全性に欠ける。
お前は前回、力に負けて盛大にふっ飛ばされてるんだ」
「今度は、もっと、ちゃんとユーリにぎゅってするもん!」
「だから、そういう問題では……」
「なるほど、確かにそれは一理ありますね」
「ベル司祭ー!」
「古代においては、術者と対象が離れぬよう身体を固定することも珍しくありませんでした。
つまり、ユリウス殿下と妃殿下を紐か何かで括ってしまえば良いのです」
「いや物理」
「はい」
「魔術的にこう、パーッではなく」
「物理的にがっつりです」
「げ、現代においても、呪い解除の際、術者と対象者を固定することはままあります」
すると、魔術師長が苦笑いしながら口を開いた。
「確かに昔は紐で括っておりましたが、今は安全な固定帯タイプの魔術具がございます」
「……ですよね。良かった……」
「さらに、寝台そのものにも固定術式を施しますし、万が一に備え、お二人の周りにも柔らかな結界を張ります。現代では、安全第一です」
「文明の進化ってありがたいな……」
「まあ、結界や呪いの解除学は、事故と犠牲と反省の歴史でもありますからな」
「身も蓋もない本音が出たな」
「安全第一です!」
「じゃあ僕、ユーリにぎゅってして、パーッてやるね!」
「そうですね、妃殿下。
では、安全なパーッのやり方を考えましょう」
「うん!」
話し合いの結果決まった作戦は、こうだ。
ニコの祝福の力を、ユーリの紋に効率的且つ安全に食わせるため、最初はユーリに魔力の出力を極力落としてもらうことにした。
呪いの紋への餌をまず断つのだ。
そのタイミングで、ニコが祝紋を敢えて呪いの紋に触れさせ、祝福の力を流し込む。
ここで抵抗さえしなければ、紋は暴れない。
だが、祝福が内部から術式を壊し始めれば、その修復のため暴れ出す。
その段階で、ユーリがほんの少量だけ自分の魔力を紋へ流して囮にし、触手を自分側へ引きつける。
その間、ニコは何があっても接触を切らず、祝福の力を流し続ける。
前回は紋が暴れ、ニコが弾かれてしまい、途中でニコの力を流し込むことが出来なくなってしまった。
だから今回は、固定帯・寝台固定により、二人を物理的に繋ぐ。また、万が一弾かれた場合に備え、緩衝結界を張り二人を守る。
「僕はずっとパーッてしてればいいってことかな?」
「はい。何があっても焦らずに、落ち着いて殿下の紋に祝紋の力を注ぎ続けてください。
問題があれば、殿下と私たちで対応します」
「いや……ちょっと待てよ。
あの紋がどれほどの祝福の力で壊れるかは、正直よくわからない。
ニコの魔力が先に尽きたらどうする」
「その場合は、外部から補給します」
「そんなことできるんですか」
「魔力の譲渡そのものは珍しい技術ではありません。我々魔術師団も、よく使いますよ。ただし、渡す側が方法を習得している必要があります」
「ユリウス殿下なら問題ありません。
殿下は魔力譲渡を習得しておられます」
「ええ。過去に王都の結界が一部損傷した際、殿下から魔力譲渡を頂き修復した実績があります。
ローデンの時も打診頂きました」
「あいつ、そんなことまでしてたのか」
「公表は差し控えておりますが、殿下の魔力は純度の高い光属性です。また、その量は相当です」
「それはもう、魔術師団数隊分は軽くありますね。殿下ご自身は専門の術者ではありませんが、魔力供給源としては最強です」
「今、さらりと王太子を燃料タンク扱いしたな」
「通常であれば、直接触れずとも遠隔的に譲渡も可能ですが、今回はおすすめできません。
紋が途中で魔力を奪う可能性があります」
「……確かに横取りされてしまうと厄介だ」
「ええ。ですから、妃殿下の身体へ直接魔力を流し込み、一度ご自身の内に取り込んでいただきます。その力をもとに、妃殿下ご自身の祝福として放出していただくのが最も安全かと」
四人は、頷き合う。
活路は見えた。
ともかく、今はこれに懸けるしかない。
「そうと決まれば、善は急げですね」
魔術師長がそう言って、席を立つ。
「ユーリにも、作戦をつたえなきゃ」
「ええ、準備いたしましょう。
妃殿下も手伝ってくださいますか」
「うん!」
ニコもまた、自分も頼りにされたのが嬉しかったのか、元気に頷いて立ち上がった。
「兄さん!僕、一緒にお支度してくる!」
「ああ、ちゃんと皆の言うことを聞くんだぞ」
「はぁい!」
そして、魔術師長と共に部屋を後にする。
その軽やかな足音が遠ざかると、テオとベル司祭は、途端に表情を固くした。
「……ベル司祭。
一つ、引っかかることがあるんです」
「ラウル殿下の動きですね」
テオは静かに頷いた。
「……ユリウス殿下が呪いを受けた場所は、公国教会である可能性が高いんですよね?」
「妃殿下の証言と、ラウル殿下から提出された報告書を見る限りでは、その可能性が高いかと」
「その公国側のオーバンと、ラウル殿下が直接繋がっている……」
テオが顎に手を置き考え込む傍ら、ベル司祭の表情が曇った。
その様子にすぐに気がついたテオが、尋ねる。
「……ベル司祭。何か気がかりなことが?」
「……あくまでも、調査中の内容として捉えてください。先日、妃殿下の祝紋に残された呪いの術式の残滓を調べた際、ごく微量ではありますが……ラウル殿下のものと思われる魔力を検出したとの一報が入っております」
「何だと?」
「現在、さらに詳しく鑑定を進めております」
「……正式な報告は、まだ?」
「はい。精密鑑定の結果を待っている段階です」
テオは目を閉じ、深く考え込んだ。
そして、しばらく間をおいてから口を開いた。
「……なら、今はそれを待ちましょう。あくまでも懸念であり、結論を出すには時期尚早です」
ベル司祭もまた、固い表情のまま静かに頷く。
テオは続けた。
「……少なくとも、ラウル殿下はニコを膝に乗せてオーバンとの会話を聞かせ、そのまま無事に帰している。仮に公国教会と何らかの繋がりがあるとしても、今すぐ何かを仕掛けよう……少なくとも危害を加えようという意思はないように思います」
「そうですね」
「だが、念のため今回の件については、これ以上ラウル殿下は頼らないほうが良さそうです」
「ええ。今回は魔術面での対応が中心です。
ラウル殿下のお力をお借りする場面も、ほとんどございませんので」
「ならば、なおさらです。
ラウル殿下には、国王代行として作戦決行の許可のみ求めましょう」
ベル司祭は静かに頷いた。
テオもそれ以上は何も言わず、立ち上がる。
今は、ユリウスを救うことが先だ。
二人は揃って前室を後にした。
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