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10-4.

「結論から言うぞ。ニコの祝福で――」 「駄目だ」 「最後まで聞け」 「聞かずとも分かる。 ニコの祝紋の力でこの呪いを解除させようという非常に短絡的な作戦だ」 「まあそうなんだが、今回は対策を考えてきた」 「前回どうなったか忘れたのか。 ニコは吹っ飛んだんだぞ。壁に強く当たった。 きっととても痛かったろう。俺はもう、ニコにそんな思いをさせることは耐えられない」 「なので、今回は吹っ飛ばないようにお前とニコを固定する」 「固定」 「固定帯を使ってガッチリ密着させる」 「ニコとがっちり密着……。 いや非常に魅力的だが、俺ならまだ耐えられる。 他の方法を探せ」 「魅力的って言っちゃってる」 だが、ユーリは横を向き、頑なに首を縦には振ろうとはしない。テオは深くため息をついた。 ——こういう時、ホント頑固なんだよな、この男は。 一方、結界の外では動きやすい服装に着替えたニコがベル司祭と共に姿を現した。 いつもよりも装飾が控えめな分、より本人の愛らしさが際立つ。思わずその場の全員が目元を緩める中、向こうから魔術師長が駆けてきた。 「ラウル殿下の許可が下りました! 本件は、妃殿下に一任するとのことです!」 「ありがとうございます。……ところで、それは」 「はい、こちらはラウル殿下より妃殿下にと……。」 「わあ、きれい!神さまのお花だ!」 魔術師長は、その胸に抱えていた花束をニコに渡した。ニコが大好きな白百合など、華麗で大ぶりな花々の真ん中に据えられているのは、礼拝用の花としては珍しい小さくて可憐な青い花だった。 「あっ。これ……川のお花だ」 ニコはすぐにそう言うと、嬉しそうに顔をほころばせた。 「ラウル殿下、花なんて贈られるんだな」 「まあ、こんなときにお花まで……」 「しかし、真ん中のは野草では……?」 「あら、素敵じゃない。かわいらしいわ」 そんな中、ベル司祭はわずかに緊張した面持ちだった。 「妃殿下、少しお借りしても?」 「はい。どうぞ!」 「ありがとうございます」 そしてベルはほんの少し目を閉じて、花束に意識を集中させた。 やがて、ふうと息をつき、目を細めながら、 「ありがとうございます。美しいお花ですね」 と言い、ニコに花束を返してやった。 「ねえ、このお花神さまのお部屋に飾りたい」 ニコは受け取った花束を、端に控えていた部屋付きの侍女に差し出した。 侍女は預かった花束を開くと、目を丸くする。 「あら……妃殿下。もうこのまま、神さまのお部屋の花瓶に生けられますよ」 そして丁寧に花を包み直し、ニコに渡してくれた。 「では、こちらをお持ちくださいませ」 「ありがと!ラウル殿下、やさしいね」 「そうでございますね」 ニコは花束を抱え、無邪気に微笑んだ。 ——特に細工もない、普通の花だ。 妃殿下を喜ばせるための心遣い……なのか? その横で、ベル司祭は固い表情でニコの胸の花束を見つめていた。 その時、結界内では未だにユーリとテオの押し問答が続いていた。   「だから、駄目だと言っている。 ニコが万が一にも傷つく方法は許可できない」 「しかし、皆お前を心配し、一刻も早く助けたいと……」 「俺は大丈夫だ。 お前が思うよりずっと魔力量が多い。 有事の際は、魔力タンクとして使われるくらいだ」 「魔力タンクである自覚があるのは素晴らしいが、出す一方では、いつか尽きる」 「まだしばらくは大丈夫だ」 「では、しばらくとは具体的にどれくらいだ? 力尽きて動けなくなってからでは、遅いんだよ」 「そんなもん分かるか! だが、少なくとも今日明日の話ではない」 「そんなあやふやな状態で、ぎりぎりまで待つ理由がない」 ユーリが腕を組み、再び横を向く。 「絶対に言うことを聞かないぞ」というその姿勢にテオの苛つきも限界に達そうとした、その時。 「妃殿下、お気をつけください」 「うーん、お花つぶれちゃう……」 「これでどうですか?」 「いけそう!ありが……あっ」 「お気をつけください!足場が悪いですから!」 「うん!」 向こうから急に聞こえてきた可愛らしい声に、ユーリが頭を抱えた。   「テオ、引き離されて半月……ついに妻の幻聴が聞こえてきたようだ……」 「いや、幻聴ではないな」 そして、ユーリが顔を上げた瞬間。 「ユーリ!」 びきっと音を立てて、イヤーカフの宝石が粉々に砕けた。 「おい壊れたぞ」 「いや想定外の妻の供給につい……」 ニコは花束を抱えながら、ユーリに微笑みかけた。   「ユーリ、よかった! おもったより、げんきだね!」 「うぐっ」 「おい。変えたばかりだぞ」 「妻が……妻が……可愛……」 ユーリが震えながら二つ目のイヤーカフを付け直している間、ニコは祭壇に花を飾った。 寂しかった祭壇が一気に華やぐ。 最後にニコは小さく祈りを捧げると、ユーリとテオに向き直って微笑んだ。 「ラウルさまも、みんなも応援してくれてるもの。 だいじょぶ。きっとできるよ! ユーリ、いっしょにがんばろ!」 「そうだね。ありがとう、ニコ。頑張ろう!」 「おい」 「よし、皆の者。そうと決まれば、準備を!」 「お前な……」 ユーリのかわり身の速さにより、すぐに準備が始まった。ベッドに固定魔法がかけられ、その周囲に緩衝用の結界が張られていく。そして……。 「えっ、えっ。 こんなにくっつかせて頂いてよろしいのですか」 「ニコ、ユーリの胸の紋に絶対触るな。 バンザイしろ」 「はーい!」 「ちょっ、待って近……っ。テオ、身体を……」 「拭かねえぞ」 「けど、こんな近くだなんて聞いてない。もし臭いでもしたら俺は悔やんでも悔やみきれない」 「一生猛省してろ」 「ユーリ、いいにおいだよ。だいじょぶだよ。 あとで僕が、おからだ、ふいてあげるね!」 「ほんと?!」 「それは駄目だ、なら俺がやる」 「なんでだよ」 固定帯を互いの腹回りに巻き、紐を引いてどんどん二人の距離が近づいていく。 ほとんど抱き合うような形になると、ニコがユーリを見上げた。   「えへへ。ちょっぴりだけ、てれちゃうね」 「……」 「ベル司祭ー!制御装置おかわりー!!」 そして、とうとう準備が整った。 「ニコ、いいか。無理だけはするな。 まずいと思ったら、必ず助けを呼ぶこと」 「うん!」 「ユーリ、頼むぞ」 「ああ。 ニコを傷つけることだけは絶対しない。誓うよ」 テオは頷くと最後にニコの頭を撫で、緩衝用の結界から出ていった。 ニコは首から下げたロザリオに触れながら、小さく祈った。それから顔を上げ、ユーリを見上げる。 そのニコの視線が、前よりもずっとしっかりしていることに、ユーリは素直に驚いた。 この半月の間、自分を助けるために、きっと色んなことを考えてくれたのだろう。 「ユーリ、いくよ」 「ああ、始めよう」 ユーリは息を吐き出すと、瞳を閉じて意識を集中させる。すると、呼応するようにイヤーカフの宝石がわずかに光った。 同時に、その魔力が絞られていく。 それを見届けたニコは頷き、そっとユーリの胸に触れた。 その瞬間、ユーリの左胸がドクンと高鳴った。 同時に胸元からあの黒い触手が勢いよく飛び出すと、求めるようにニコの右腕に絡みついた。 そして祝紋を見つけると、そのまま貪るように光を吸い始める。 予想通り、抵抗しなければ触手は暴れない。 ニコは、非常に落ち着いていた。   右腕をユーリの左胸においたまま、祝紋に意識を集中させていく。 淡かった光が、次第に強さを増していった。 「……ここまでは予定通り、ですね」 結界の外から見守っていたテオが、みぞおちを押さえながら確認する。ベル司祭もまた、食い入るように中の様子を見守りながら頷いた。 「このまま、食わせればそのうち……あっ」 魔術師長がそう呟いたその時、ニコの右手に絡みついていた触手の動きに変化があった。 ニコの祝紋に触れた箇所が強く発光し、ポロリと崩れて消えたのだ。 「……始まった」 テオが発した言葉のとおり、黒い触手が先端からひび割れていく。 これはいける、と皆が確信したその時、触手がニコの右手を解放した。 そのタイミングで、ユーリの身体がわずかに光った。囮となる自身の力をほんのわずかに解放したのだ。 ニコは逃げる触手を右手で追い、掴んだ。 そして、ありったけの祝福の力を押し込んでいく。 すると、ニコの手が触れたところから触手が崩壊し始めた。   逃げる、追う、流し込む——壊れる。 そんなことを繰り返しながら、触手はとうとうユーリの左胸の中へ完全に逃げ込んだ。 「あっ」 ニコが思わず前のめりになって、わずかに体勢を崩す。 するとユーリが、 「おいで」 とニコの手を引いて抱きしめた。 それから、ニコの右掌を自分の左胸に刻まれた紋に押し当てて、祝福の力を流すよう促す。ニコはユーリを見上げると頷き、再び力を注ぎ始めた。   その瞬間、ユーリの身体には、裂かれるような痛みが走った。が、寸前の所で声を抑える。 その眉間に深い皺が刻まれ、ニコを抱く手に力がこもった。 「ユーリ……?」 「……大丈夫だよ、続けてくれる?」 「うん!」 それでも、ユーリは顔を上げたニコに優しく微笑みかける。 ニコは安心した様子で、再び力を注ぎ始めた。 だが、ニコが力を注げば注ぐほど、ユーリの表情は厳しいものに変わっていく。 壊れかけた呪いの紋が、なんとか修復しようとユーリの身体の中で暴れまわっているのだ。   「殿下、いったん――」 見かねた魔術師長がそう声を上げると、ニコを抱きしめたままのユーリが顔を上げた。 その強い眼差しを見たテオが、魔術師長を手で制する。 「……まだです。二人とも、まだ力を安定して制御できています。 今やめれば、また最初からになる可能性が高い」 「ですが、殿下への負担が……」 「あれは、まだ大丈夫な顔です。 駄目になれば、俺が殴ってでも止めますよ」 するとその時、ユーリはニコの異変に気がついた。 祝紋の光が安定せず、チカチカとぶれ始めたのだ。 ユーリは、即座にニコを止めた。 「ニコ、無理はやめよう」 「やだ、できる」 「ニコ」 「ユーリを、助けたい」 「ほかのやり方もあるよ、今日はここまでで……」 「いやだ」 ニコはそう言うと、息を詰まらせながらさらに力を注ごうとする。 「ニコ、駄目だ。やめよう」 「いやだ!」 手を紋から外させようとするユーリの手を左手で払い、ニコは大きな声を上げた。 「もう、ユーリとはなれるのは、いやだ!」 ユーリは一瞬眉を上げ、それから改めてニコを見つめた。 その大きな瞳に涙をにじませながら、それでも泣くまいと懸命にこらえ力を絞り出そうとしているその姿に、胸が熱くなる。 ユーリは、そっとニコの頬を撫でた。 そしてニコが顔を上げた瞬間、そっと口づける。 予想外のその行動に、ニコは大きく目を見開いたが、同時に気がついた。 ——ユーリの魔力が、はいってくる! ニコの紋に、再び光が宿った。 身体の中から、力が溢れてくるのを感じながらニコは祝紋を通して神に祈った。 ——神さま、どうか。 どうか、ユーリを助けてください! その瞬間、祝紋から一際大きな光が発せられた。 ユーリの左胸から、再び黒い触手が飛び出してくる。 それは、ニコの紋に向かって勢いよく伸びた。 だが、祝紋までたどり着くことなく、そのままボロボロと崩れ落ち、やがて溶けるように消えていった。   「……やったか?」 テオが呟く横で、魔術師長が中の反応を確認する。 「呪いの反応、消失を確認しました!」 魔術師たちが、すぐに結界を解く。 テオたちが駆けつけると、ユーリはニコの肩をがっつり掴み、さらに深く唇を押し当てようとしていた——ので。 「おい、いつまでやってるんだ」 「イテッ」   テオがユーリの後頭部を強めにべちんと叩き、止めに入った。 「ニコ、無事か」 「うん!」 「……本当に、よく頑張った。えらかったよ」 「ううん、僕だけじゃないよ。 みんなでがんばったからだよ!」   ニコはテオに頭を撫でられると嬉しそうにそう言って、無邪気に笑った。

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