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11-3.

トントントン! 静まり返った廊下に、軽やかな音が響いた。 「ラウルさま、ラウルさまー!」 だが、何度扉を叩いても何の反応もない。 ニコは扉をもう一度叩いて、耳をぴったりつけてみた。だが、中からは、物音ひとつしなかった。 「……ラウルさま……。 おへんじできないくらい、具合わるいのかなあ」 ニコがそう不安になった時、横から侍女に声をかけられた。 「妃殿下、ええと……。 ラウル殿下にご用事ですか?」 「うん、おみまいにきたの」 ニコはぱっと顔を明るくし、侍女に可愛らしい花束を見せた。侍女は少し戸惑った顔をした後、静かに教えてくれた。 「ラウル殿下は……こちらにはおられませんよ」 「えっ、そうなの? どこにいるの?」 「……北の塔です」 「そんなの、あるんだ!」   ニコが王宮に来てから、もうずいぶん経つ。 ユーリたちといろんなところを探検し、大体の場所は知っているつもりだったが、北の塔は一度も案内されなかった。 そういえば、一時期ユーリと東の塔に移ったが、王家の避難専用なので公開してないと言っていた。 きっと同じようなものだろうと思い、ニコは侍女にお願いする。 「北の塔に、つれてってほしいの! ラウルさまに、お花をわたしたいんだ」 「しかし……」 「ユーリからのおつかいなんだ。おねがい」 「ユリウス殿下の……そうですか。 かしこまりました。では、こちらへ」 「ありがと!」 ニコは侍女の後ろをついて歩き、北の塔へと向かった。だが、最初は軽やかだった足取りは、次第に重くなっていった。 先に進むごとにほとんど人通りがなくなって、建物も古くなっていく。 廊下もまた、途中から冷たい石造りに変わり、徐々に一人ずつしか通れないほど狭くなった。 湿った石の匂いがする暗い廊下を抜けると、見上げるほど高い壁に囲まれた小さな空間に出た。 その壁のてっぺんには、尖った鉄の柵が天に向かい伸びている。 侍女は迷いなく前へと進み、向こう側の門番に挨拶をした。すると門番が、重たい扉を開いてくれた。 門を抜けても、さらに高い壁に挟まれた細い通路が続いていた。周囲は、木々が鬱蒼としていて暗い。 時折「ギャッ、ギャッ」と不気味に鳴く鳥の声が怖くて、ニコは侍女の服を掴み、その後ろに隠れながら前へと進んだ。 少し行くと、ようやく木々の向こうに古い塔が見えてきた。ここまでの道のりもそうだったが、ニコが避難していた東の塔とは全く違う。 ——ほんとうに、避難するとこなのかな。 さすがのニコも疑問に思い始めた頃、ようやく塔の前にたどり着いた。 「こちらでございます」   侍女が塔を守る衛兵に事情を説明すると、二人の衛兵が重たい扉を力いっぱい押し開いた。 「ここからは、私が」 衛兵の一人がランプに火をつける。ニコは侍女にお礼を言い、塔へ足を踏み入れた。 中には、驚くほど狭い石の螺旋階段が続いていた。 「お足元に気をつけてくださいね。 ……暗いし、滑りますから」 ニコは頷き、衛兵の後ろについて登り始めた。 だが、いかんせん段数が多い。 しかも螺旋状になっているため後も先も見えず、途中からどれだけ登ったのかもわからなくなった。 ニコは息を切らしながら、衛兵に声をかける。 「ここ、毎日のぼるの、ラウルさまは、たいへんだねえ」 すると衛兵は、ニコに背を向けたまま答えた。   「殿下は、ここから出られませんので」 「あっ、そうか。お病気だもんね。 けど、一番最初は登ったんでしょ。すごいよねえ」 「いえ……。 ラウル殿下の体調に、問題はありません」 「そうなの? じゃあ、なんで? あ、やっぱり避難してるの? ……でも、なにから?」 衛兵は、一瞬言葉を詰まらせた。 それから、少しの間を置いて低く言う。   「妃殿下。……この北塔は、罪を問われた者を、裁きの日まで隔離するための場所です」 ニコはすぐに目を丸くし、首をかしげた。   「罪? ……ラウルさまが? なんの罪?」 「私たちは、ユリウス殿下への呪いの件だとだけ……」 「なんで? おかしいよ」 ニコが問い返すも、衛兵は何も答えてくれなかった。 それ以上のことを知らされていないのだと言う。 ニコはぎゅっと唇を噛んで、暗い階段の先を睨むように見た。   「ラウルさまに聞かなきゃ!」 ニコは息を弾ませながら、階段を駆け上がった。   「妃殿下、お足元に気をつけて……!」 不意をつかれ追い抜かれた衛兵が、背後から大きな声で叫んだが、ニコが足をとめることはなかった。   一足先に最上階についたニコは、再び現れた頑丈な扉を叩いたり押したりする。 だが、どうしても扉が開かない。 困り果てた所で、後から衛兵が追いついてきた。 「この扉は、外側からしか開けられないんです」 彼が重たい扉の鍵を開けると、もう一人の衛兵が顔を出した。事情を取り次いでもらい、ニコは中へ足を踏み入れる。 ようやくラウルの部屋かと思ったのに、そこは前室で、さらにもう一つ扉がある。 背後の衛兵に声をかけようと振り返った時、入り口の扉が閉まる音がした。 ガチャガチャという鍵をかけられる音に、背筋がひやりと凍りついた。 そんなニコに、中に残った衛兵が声をかけた。 「そちらの扉の奥に、ラウル殿下がおられます。 ただ、扉を開くことはできません」 「ラウルさま、閉じ込められてるってこと?」 「……そうです」 ニコは顔を歪ませ、俯いてしまう。 「面会は、小窓からお願いします。 今、開けますね」 衛兵はそんなニコに敢えて明るく声をかけ、扉の上方にある小窓の鍵を開いた。 ニコは顔を上げて駆け寄った。 だが、ニコの背に対して小窓が高すぎて背伸びをしても中が半分も見えない。 ぴょこぴょこと飛び跳ねるニコを見かねた衛兵が、すぐに休憩用の椅子を持ってきてくれた。 ニコは靴を脱いでその前にきちんと並べてから、椅子に登った。ようやく小窓を覗けたが、ラウルの姿が見つからない。 「ラウルさま、ラウルさま!」 ニコは扉をトントンと叩きながらその名を呼んだ。 しかし、何の反応もない。 仕方がないので、さらに大きな声を出してみる。 「ラウルさまー! ラウルさまあー!」 するとようやく、中から衣が擦れる音がわずかに響いて、小窓の向こうにラウルの姿が現れた。 「……なんだ、騒々しい」 「ラウルさまー! よかった、お元気そう!」 「……お前、よくこの状況でそんなことが言えるな」 小窓越しに手を振るニコに、ラウルは半ば呆れたようにため息をついた。 それでも、扉のすぐ手前まで足を運んでくれたことが嬉しくて、ニコは「えへへ」と満面の笑みを浮かべた。 それからニコは、ラウルに抱えていた花束を小窓から見せた。 「お花を持ってきたの! ユーリからだよ。 花びんは……あっ! あった! よかったあ」 ラウル越しに花瓶を見つけてほっとすると、小窓から花束を差し入れた。 ラウルが中から引き出して受け取ると、ニコはさらに室内を覗き込みながら指をさす。 「手前のお花、もう悪くなってるからちょうだい!」 ラウルは小さくため息をつき、花瓶へ向かった。 「そう、それ取って、新しいの足して! 赤いやつをね、真ん中にすると可愛いよ!」 「注文が多いな」 「それはもうちょっと前……。うん、いい感じっ」 「……お前は何をしに来たんだ」 ラウルは言われた通り傷んだ花をまとめ、小窓から差し出した。ニコが受け取ると、衛兵が預かってくれた。 「あとね、お菓子あげる」   やっと両手が空いたニコは、可愛らしい花柄の薄い布包みを取り出した。開くと、大ぶりのビスケットが二枚入っている。   「……待て、どこから出した」 「ポケットだよ。兄さんが、おなかすいたら食べなさいっていつも入れてくれるの。 すっごくおいしいよ」 ラウルは、すぐさま衛兵へ視線を向けた。 「……所持品の検査をしなかったのか?」 「も、申し訳ありません。妃殿下でしたので……」 「……検査?」 ニコが首を傾げるので、ラウルはため息交じりに言い加えた。 「例えば、内通者が罪人に自害用の毒を渡すこともあるだろう」 「ふうん……」 するとニコは、ビスケットを一枚取り出し、ぱきっと割った。その片割れをラウルへ差し出す。 「じゃあ、はんぶんこして、今いっしょに食べよ。 衛兵さん、それなら安心でしょ」 「……えっ。ええと、はい。それなら……」 「だって! はい、ラウルさま」 「……」 ラウルは渋々、半分のビスケットを受け取る。するとニコもまた、手に持ったもう半分をぱくんと食べた。すぐにほっぺを押さえて、 「おかし、おいしいねえ」 「……」 「けど、喉かわいちゃうね」 「……少し、待っていろ」 「?」 ラウルは一度部屋の奥へ戻り、紅茶の入ったカップを持ってくると、小窓から差し出した。 「わあ、ありがと。ラウルさま」 ニコは大喜びでそれを口にした。そしてもう一度ビスケットを小さな口で食みながら微笑む。 「ちょっと冷めてるけど、おいしいよ」 「……お前、かわいい顔して意外と一言多いな」 ラウルは呆れながらも、表情を緩めた。 ニコもまた、つられたように「えへへ」と笑う。   「ラウルさまが、どうして閉じ込められてるのか僕にはわかんないけど……でも、おかしとお花があると、げんきがでるよ。僕もそうだったから」 「……そうか」   そう言われたラウルは、ようやく一口だけビスケットを口にした。 すると、ニコは途端に顔をほころばせた。   「おやつ、いっしょに食べるとおいしいね!」 「……そうだな」 ——おやつのビスケット。 何年ぶりかに食べたが……こんなに美味しいものだっただろうか。 ラウルはそんなことを思いながら、ビスケットをもう一口、静かにかじった。

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