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1.政略結婚は突然に-4

 三日後の朝。まだ日が昇りきらないうちから、城の外が騒がしかった。馬の(いなな)きと石畳を踏む蹄の音に、セレンは目を覚ました。 「ん……」  セレンは寝台から起き上がると、肩に薄い上着を羽織った。窓辺へ近付き、硝子越しに外を見下ろす。  北の空は薄暗く、庭の向こうにある広場には大勢の兵士が集まっていた。揃いの外套を纏った兵士たちの間を、馬を引いた従者たちが行き交っている。隊列の上空では、一羽の鷹が大きく翼を広げて旋回していた。やがて高度を落とすと、広場の端に立つ眼鏡の青年、ノエの差し出した腕へと降り立つ。  そのすぐ隣には、リヴァルがいた。婚礼の日に見た礼装とは違う。重い外套の下には鎧を身につけ、腰には剣を提げている。三日前、血に濡れた姿で控え室へ入ってきた時とよく似ていた。  窓の向こうで、リヴァルは黒くて図体の大きな馬の首を撫でていた。気性の強そうなその姿は、どことなく主人にも似ている。リヴァルはその馬になにかを話しかけているようにも見える。やがてリヴァルは鐙に足を掛け、その背へ跨った。  今日から、また戦場へ戻ると言っていた。そういえば、どこへ行くのか聞いていなかった。どれくらいで帰ってくるのかも知らない。  夫が出陣するのなら、見送るのが妻の務めではないだろうか。  セレンは窓から離れると、急いで身支度を整えた。外套を羽織り、灰色の髪を翻しながら部屋を飛び出す。長い廊下を足早に進み、階段を下りて中庭へ向かった。  外へ出た時には、ちょうど隊列が動き始めていた。 「リヴァル殿下……」  呼び掛けようとして、声は喉の奥で止まった。兵たちが次々と動き始め、今から駆け寄っても間に合わない。  リヴァルはすでに隊列の先頭へ出ていて、人垣と馬列に遮られ、その姿は見えなくなっていた。 黒い軍勢だけが城門へ向かい、一行は次第に遠ざかっていく。  セレンは立ち尽くしたまま、その背中を見送る。  ……ふと、細く、傷一つない自分の手を見下ろした。剣を握ったこともなければ、戦場へ出たこともない。魔法だって、母のように国を守れるほど強くはなかった。  もし自分にも、なにか──。  そこまで考えて、セレンは首を振る。今はもう、婚姻という役目を果たしている。それでいいはずだ。  再び顔を上げると、彼らは朝靄の向こうへ遠ざかっていく。もう、黒い外套の影は見つけられなかった。  やがて、その姿は城門の向こうへ消えた。 「……どうか、ご無事で」  小さな呟きとともに、吐いた息が白む。  見送りに来たのは、妻としての務めを果たすためだった。それなのに、その言葉だけは考えるより先に口をついて出ていた。

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