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2.自由の使い方-2
「あの」
「はい。いかがなさいましたか、王妃殿下」
食器を重ねていた使用人がすぐに振り返り、セレンのそばで膝をつく。
「その……毎日、ここまで運んでいただく必要があるのでしょうか」
使用人はおもむろに顔を上げる。それからぎこちなく唇を動かした。
「お、お食事に、なにか不都合がございましたでしょうか」
セレンは首を横に振る。
「まさか。そうではありません。ただ、ここへ届く頃には少し冷めておりますので」
「申し訳ございません」
すぐに頭を下げられ、セレンは慌てた。
「不満ではありません。冷たくても、問題なくいただけます。ただ……それほど厨房から離れているのであれば、毎回運んでいただくより、私が直接行った方がよいのではないかと。食堂で食事をしても構いませんか?」
使用人が首を傾げた。そして信じられないという顔をする。
「食堂へ、でございますか? ですがあそこは兵士や従者が食事をするところでして、王家の方が出入りするようなところでは」
「……そうですか。わかりました」
セレンが肩を落とすと、使用人はぶんぶんと慌てたように手を振る。
「ああいや、禁止されているというわけではありません。もちろん、歓迎いたします」
そう言われて、セレンは「よろしいのですか? よかった」と頬を緩めた。
「もしよければ食堂までご案内いたしましょうか?」
その申し出に、セレンは自分で聞いておきながら逡巡した。けれど今を逃したら、またいつ聞けばいいのかわからなくなるような気がした。
セレンはこくりと頷いた。
「お願いします」
食器を下げに行く使用人のあとを着いて行きながら、セレンは食堂までの道順を覚えた。三階の部屋を出て、廊下を右へ。階段を一階まで下り、中央棟へ続く回廊を渡る。その先に食堂がある。それほど複雑な道ではなかった。
一人で部屋まで戻れた時、セレンは食堂までの道を何度も頭の中に繰り返し思い浮かべた。
翌日の昼、セレンは自室の扉の前に立っていた。いつもの時間になっても、今日は食事を運ばなくていいと朝のうちに伝えてある。
行かなければ、今日の昼食はない。
「……」
覚悟を決めたセレンは扉を開けた。昨日教えられた道順を、一つずつ思い出しながら辿る。塔から初めて外へ出た時とはまた違う緊張が胸の奥にあった。
セレンは途中で、一度だけ自分の部屋を振り返った。
それから、静かに廊下を歩き始めた。
途中、何人かの使用人とすれ違った。彼らは一様にセレンの姿を見るたびに驚いたように足を止め、慌てて頭を下げる。そのたびにセレンも軽く頭を下げた。
階段を一階まで下り、教えられた通りに回廊を進む。やがて、いくつもの話し声に混じって、時折大きな笑い声が聞こえてきた。美味しそうな匂いも漂ってくる。
……ついた。
開け放たれた扉から中を覗く。食堂は思っていたより広かった。長い卓と椅子がいくつも並び、すでに多くの者が食事を取っている。リヴァルとともに多くの兵が前線へ向かったと聞いていたが、王城の警備を担う兵士たちは残っているらしい。
ふと、食事をしながら話していた兵士の一人が、入口に立つセレンに気付いた。目が合ったのもつかの間、兵士の動きが止まった。その隣にいた男も、視線を辿るように入口を見る。
その瞬間。
「おおお、王妃殿下!?」
大きな声が響いた。その途端、先ほどまで騒がしかった食堂がみるみる静かになって行く。何人もの兵士が振り返る。途端に向けられた多数の視線に、セレンは戸惑った。バルコニーの時と同じだ。だがその時よりも具体的な視線に、セレンは自然と顔が熱くなるのを感じた。振り切るように、思い切って口を開く。
「あの、こちらで、食事をいただけると伺ったのですが」
そう声を掛けると、近くにいた兵士が一拍遅れて、それから勢いよく立ち上がった。
「は、はい! もちろんでございます!」
その大きな声に、セレンは静かに頷く。場所は間違っていないらしい。場違いではあるようだが。
それでも、セレンはわずかな安堵を胸に食堂へ足を踏み入れた。空いている席を探して辺りを見回す。すると長卓の端に、ちょうど一つ空いている椅子を見付けた。
「ここに座っても?」
「え」
近くにいた兵士へ尋ねる。だが彼はしばらく固まったまま、しぱしぱと瞬きを繰り返すばかりだ。セレンはだんだんと不安になる。
「いけませんか?」
「い、いえ! どうぞ!」
そこでようやく兵士が慌てて椅子を引いた。
「ありがとうございます」
セレンはそこへ腰掛ける。するとさっきの兵士が立ち上がった。逆隣の兵士も同様に続いて、一人、二人と離れる。向かいに座っていた兵士も、まだ食事が残っているというのに席を立つ。
気付けば、セレンの周囲だけが不自然なほどぽっかりと空いていた。
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