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3.果実と熱-4

 執務室へ向かう途中、階段を下りたところで、向こうから歩いてくる人影が見えた。淡い金髪と、その後ろに続く二人の従者を見て、リヴァルはそのまま歩み寄る。 「兄上」 「リヴァル」  近付いたところでミハイルは足を緩めた。手には数枚の書類がある。相変わらず忙しい男だった。 「ちょうどよかった。明日の軍議について、あとで君のところへ人をやろうと思っていたんだ」 「なにか変わったのか」 「西部から追加の報告が届いた。詳しくはノエにも共有しておくよ」 「ああ」  それだけ聞いて通り過ぎようとしたところで、ミハイルが「ああ、そうだ」と付け加えた。 「ヤオをセレン殿下に付けたそうだね」 「もう聞いたのか」 「城内の人事だからね。咎めているわけではないよ。むしろ適任だと思っている。ただ、君が自分で人を選んで付けたのが少し意外でね」 「仕方ないだろ。放っておいたら、またなにをするかわからん」 「なにをするかわからない?」  聞き返され、リヴァルは先ほどのやり取りを思い出した。それだけでうんざりした。 「あいつの頑固さはなんなんだ。近侍はいらない、一人でできると言い張る。できてないから付けると言ってるのに、普段はできるだの、自分一人のために人を置く必要はないだの……ああ言えばこう言う」 「……それは、意外だね」 「だろう。暖房は勝手に弱くする、具合が悪くても誰も呼ばない、食事もろくに取らん。それで自分のことは自分でできると言い張る。なぜ俺の方が気を遣わなきゃならん」  思い返せば返すほど腹が立ってきた。 「ディノを手懐けるより、よっぽど大変だ」 「はは。あの馬の気性の荒さをいなせるのはお前くらいだよ。乗ろうとした騎士をことごとく振り落とすんだからねぇ。でも、セレン殿下はそういう風には見えなかったけど」 「まさか。とんだじゃじゃ馬だぞ、あいつ」  そういうと、ミハイルが小さく吹き出した。揶揄われているのだと気が付いて、リヴァルは眉を寄せて兄王を睨む。 「……なにがおかしい、兄上」 「いや。彼のこと、気に入ったんだと思って」 「誰が」 「お前が」 「どこをどう聞けばそうなる。面倒だと言ってるんだぞ」 「そうだねぇ」  まるで納得していない、呑気な返事だった。これ以上言っても兄を喜ばせるだけだ。リヴァルは口を閉じ、への字に曲げた。 「まあ、ヤオの件は好きにするといい。彼ならセレン殿下にも合うだろう」 「最初からそう言え」  ミハイルは喉の奥でくつくつと笑った。けれどすぐに笑うのをやめ、「ところで」と切り出す。 「セレン殿下にはルミナリアで近侍はいなかったのかい?」 「いなかったらしい。必要なかったそうだ」 「第一王子に?」 「ああ。俺もおかしいと思って聞いた」 「……そうか」  短い返事だった。灰青の瞳は相変わらず穏やかだが、こういう時の兄がなにも考えていないはずがない。 「どうかした、兄上」 「こちらの資料では、セレン殿下は病弱で、公務にもほとんど出ていなかったことになっている」 「病弱? 元気に掃除も洗濯もしてたぞ」 「自分で?」 「ああ」  ミハイルはわずかに目を細めた。 「第一王子でありながら公務にも出ず、近侍もいない。その彼が、第四王女に代わって突然こちらへ嫁いできた、か」 「オメガだったからだろ。それに、あいつから俺に嫁ぎたいと言い出したらしいぞ」 「それが本当なら、なかなか豪胆な王妃殿下だね」 「おい」 「冗談だよ」  ミハイルは薄く笑った。 「第四王女で決まりかけていた婚姻に、自ら立候補した第一王子……。まあ、同盟が結べればいいと思ったから、向こうの申し出には許可したけど。少し気になるね」 「面倒事か?」 「まだなんとも言えないよ」 「なら、わかったら言え。後から巻き込まれるのは御免だ」 「わかったよ」  また微笑んだ兄に、リヴァルは眉を寄せる。 「……なんだ、その顔は」 「いや。なにも」 「さっきからそればっかりだな、兄上」  これ以上付き合っていられない。リヴァルは踵を返し、そのまま執務室へ向かった。

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