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5.ペン先と魔法-2
そんなことを考えながら通りを歩いていると、ひときわ賑やかな店が目に入った。軒先には色鮮やかな旗が並び、窓辺には小さな置物や木彫りの人形が所狭しと飾られている。どうやら王都を訪れた旅人向けの店らしい。
その中に、見覚えのあるものがあった。
「……あれは」
黒い馬の人形だった。逞しい脚と長い鬣 がいくらか誇張され、鞍にはグランディオ王家の紋章まで彫られている。札には大きく名前が記されていた。
「ディノ……」
知らない名前だった。その下には、第二王子リヴァルの愛馬、とある。セレンはヤオを見る。
「殿下の馬は、ディノというのですか?」
ヤオが頷いた。セレンはひと月ほど前、城から出立するリヴァルが黒い馬に話しかけていたのを思い出す。
「……知りませんでした」
もう少し見てみたくなり、セレンは店へ入った。
中にはディノの人形だけでなく、リヴァルを題材にした品がいくつも並んでいた。中でも目立つのは、壁一面に掛けられた小さな剣だった。
一本を手に取ってみる。刃は木製で、銀色に塗られている。柄には赤い石を模した飾りまで付いていた。
「第二王子の剣だよ。子供に人気でね」
店主にそう教えられ、セレンは剣とヤオを交互に見た。
「……殿下の剣は、このような形なのですか?」
ヤオは首を横に振った。
「違うのですか」
頷く。では、これはいったいどこから生まれたのだろう。
不思議に思いながら棚を見ていくと、今度は二体並んだ木彫りの人形が目に入った。
一体は黒い髪に赤い外套を纏い、腰には先ほどの模造刀とよく似た剣を提げている。隣には、長い灰色の髪を背中まで垂らした細身の人形が立っていた。どちらも手のひらに収まるほどの大きさだ。
セレンはしばらくそれを眺めた。
「……これは」
「王子殿下と、先月ご結婚された王妃様だよ」
「……王妃」
もう一度、灰色の髪の人形を見る。どうやらこれが自分らしい。
顔立ちは似ても似つかない。それどころか、実際のセレンを見たことがある者が作ったとも思えなかった。それでも灰色の長髪と南方風の衣装によって、これがセレンということになっているらしい。
隣にはリヴァルがいる。二体は同じ台座の上に並んでいた。
セレンはしばらくそこから離れられなかった。自分の姿を模した人形など、欲しいと思ったことはない。そもそもルミナリアでは肖像画すら描かれなかったのだから、こうして自分を象ったものを見ること自体が初めてだった。
それなのに、隣にリヴァルがいるだけで、なぜか気になった。
「あの、殿下へのお土産に、これはどうでしょうか」
セレンがそう話しかけると、ヤオは人形を見る。それからセレンを見て、頷いた。
「おかしくありませんか?」
首を横に振る。
それなら大丈夫なのだろう。セレンはもう一度、人形を見た。
「お金……足りますか?」
今度は忘れなかった。ヤオは財布の中を確かめ、再び頷いた。
「では、これを」
セレンは二体の人形を持ち上げ、店主のところへ運んだ。
「毎度あり。王子殿下と王妃様のやつだね」
「はい」
ヤオが代金を払い、セレンが品物を受け取る。紙に包まれた人形を両手で持ち、店を出る。
外へ出てから、セレンは包みを少しだけ開いた。二体は変わらず同じ台座の上に並んでいる。
「……やはり、似ていませんね」
ヤオが頷いた。
「殿下も、あまり似ていません」
また頷く。
これを渡したら、リヴァルは喜ぶのか、それとも自分の人形などいらないと言うだろうか。そもそも土産を渡してよいのかも、セレンにはよくわからなかった。
「受け取ってくださるでしょうか」
今更そんなことを思う。ヤオはややあって、ようやく頷いた。
「そうですか。……お受け取りにならなければ、私の部屋に飾りましょうか」
そう口にして、セレンは包みを閉じ、大事に抱え直した。
初めての買い物で、自分に必要なものを買った。そしてもう一つ、必要ではないものも買った。城へ帰ったら、リヴァルに渡そうと思った。……渡したら、どんな顔をするだろうか。早く、その顔を見たいと思った。
セレンは店から外へ出る。そろそろ城に戻ろう。そう思ってヤオに向かって口を開きかけた、その時だった。
通りの奥から悲鳴が上がった。続いて、蹄が石畳を激しく打つ音が響く。セレンははっとその音のした方へ目を向けた。人々が慌てて道の両側へ逃げていく。その向こうから、一頭の馬が人混みを割るように駆けてきた。
「馬が暴れてるぞ!」
誰かが叫ぶ。セレンも道を空けようとしたところで、前方に小さな子供がいることに気づいた。周囲の大人とはぐれたのか、道の真ん中に取り残されている。
馬はもう近い。
「……っ」
考えるより先に、セレンは駆け出していた。
「殿下!」
初めて聞くヤオの鋭い声が、背後から響いた。蹄の音が一気に近づく。
間に合わない。
セレンは子供のもとへ駆け込むと、その小さな身体を抱き寄せた。背中を丸めるようにして腕の中へ覆い隠し、迫ってくる馬へ背を向ける。
せめて、この子だけでも。
そう願いながら、ぎゅっと目を閉じた。
その瞬間、身体の奥からなにかが一気に抜けていく感覚がした。
──直後、激しい音が響く。
けれど、いつまで経っても衝撃は来なかった。
セレンは恐る恐る目を開けた。
「……?」
淡い光を帯びた防壁が、セレンと子供を包むように展開されていた。迫っていた馬は防壁へ正面からぶつかることなく、その曲面に沿って進路を逸らされ、すぐ脇を駆け抜けていく。
ヤオがその後を追って駆けていった。すぐに馬に追い付き、飛び乗って手綱を引く。見ているうちに、淡い光の防壁は消える。
「……さっきの」
見覚えはある。自分の防御魔法だ。けれど、出そうと思った覚えがなかった。
ただ、この子を守らなければと思った。身体を盾にして、目を閉じた。それだけだった。
腕の中から小さな泣き声が聞こえ、セレンはようやく子供を見る。慌てて膝をついて目線合わせ、子供の顔をあちこち触りながらセレンは確認する。
「怪我はありませんか」
子供は泣きながら頷き、それから群衆の中にいた母親の元へと駆けて行った。母親に抱き締められるのを見届けて、立ち上がったセレンはほっと息をつく。
……自分にも、守れた。
高揚感に似たなにかが胸を支配していることを自覚しながら膝についた砂を払おうとした。そこで少し離れた石畳に紙包みが落ちていることに気づく。
「あ……!」
先ほど買った人形だった。子供のもとへ駆け出した拍子に落としたらしい。
セレンは踏まれる前に慌てて拾い上げ、包みを開いた。木彫りのリヴァルとセレンは台座から外れておらず、欠けたところもない。
「よかった……」
安堵して包み直していると、周囲からざわめきが聞こえてきた。
「今の、魔法だよな?」
「あんな防壁、見たことあるか?」
「それより、あの人……」
いくつもの声が重なる。セレンは顔を上げた。いつの間にか、通りの人々が自分を見ていた。
どうしたのだろう。そう思ったところで、駆け出した際に外れたフードが背中へ落ちていることに気づいた。長い灰色の髪が、すっかり露わになっている。
「あの銀色の髪……」
「南から来た王妃じゃないか?」
「王妃殿下が?」
ざわめきがさらに大きくなる。セレンは慌ててフードを被り直した。一度婚姻の儀で民衆の前に顔を表したとはいえ、自分の顔を覚えている者はいないと思っていた。それでも、長い灰色の髪と南方の顔立ちから察した者がいたらしい。
そこへ、馬を取り押さえたヤオが戻ってくる。
「怪我は?」
「ありません。馬は?」
「問題ない」
それなら誰も怪我をしていない。セレンはようやく安堵した。
「城、戻る」
「はい」
ヤオに促 され、セレンは城へ向かった。
帰り道、何度か自分の手を見る。防御魔法を使えることは以前から知っている。けれど、あんなふうに考えるより先に発動したことはなかった。魔法を使おうとすら思っていなかった。ただ子供を庇って、目を閉じただけだった。
それよりも気になるのは、今の騒ぎだった。先日の図書室の一件が頭をよぎる。今度は大勢の前で魔法を使ってしまった。なにか問題にならないだろうか。
セレンは腕の中の包みにもう一度視線をやる。せっかくリヴァルへの土産も買ったのだ。
できれば、叱られる前に渡しておきたかった。
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