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6.鍛錬と旋律-1

 翌朝、朝食を終えたところで、ヤオからリヴァルが呼んでいると告げられた。  案内されたのは執務室でも軍議室でもなく、城の一角にある屋外の練習場だった。雪が積もっているが、足跡が濃く残っている場所は地面が露出している。冷たい空気を吸いながら、外套を羽織ったセレンは練習場へと踏み出す。  そこではすでにリヴァルが待っていた。上着を脱ぎ、動きやすい服装でなにやら体操をしている。その手には二本の木剣があった。 「来たか」 「はい。あの……今日はなにを?」  一本が投げ渡される。セレンは慌てて両手で受け取った。 「戦場に行くんだろ。なら、最低限は覚えろ」  セレンは木剣を見る。 「剣を、ですか」 「魔力が切れたらどうする」 「……なるほど」 「納得する前に構えろ」 「はい」  言われた通りに握ってみると、すぐにリヴァルが眉を寄せた。 「違う、それじゃ振ったら飛んでくぞ」  リヴァルが背後からではなく横に立ち、セレンの手の位置を直す。指の掛け方、足の開き方、重心の置き方。幼い頃に習った記憶を辿ろうとしたが、身体はほとんど覚えていなかった。直されたところを意識すると、今度は別のところが崩れる。足を考えれば腕がおろそかになり、剣を意識すれば姿勢がおかしくなる。  そうして、何度か素振りをしただけで腕が重くなった。  セレンは外套を脱いだ。  今度は実践だった。リヴァル相手に立ち回れというらしい。無茶を言うと思ったが、セレンは逃げなかった。  剣を構えて、リヴァルに斬り掛かる。リヴァルの身体がしなやかに動く。あっさり躱された。次の瞬間には、剣が宙を舞っていた。 「……話にならんな」  リヴァルが顔を顰める。しかしその一方で、セレンは彼に目を奪われていた。  重心はしっかりしているのに、身のこなしは獅子のように軽くて素早い。一つも無駄な動きもなく、力だって闇雲に強いわけではない。ただ最小限の力でセレンをいなす姿は、暴君と聞いて想像するものとは少し、いやかなり違っていた。 「なに見てる」 「……いえ」  見蕩れている場合ではない。セレンは唾を飲み、立ち上がると再び剣を構えた。 「遅い」 「……はい」 「腰が引けてる」 「はい」 「足」 「は、はい……っ、うわっ!」  体勢を崩して転ぶ。結果は見るまでもなかった。  しばらくすると木剣はセレンの手を離れ、近くに転がっていた。呼吸はすっかり乱れていて、上手く立ち上がれない。 「……少し、待っていただいても」 「もうか?」  リヴァルの呆れた声が聞こえた。セレンがそのまま地面にへばっていると、やがてこちらに差し伸べてくる手があった。 「ほら、立て」  一瞬、セレンは手に取るかどうか迷った。その末に、リヴァルの手を掴む。ぐっと引き上げるような強い力に引っ張られて、セレンはようやく立つことができた。  膝に手をついて息を整える。まだ朝だというのに、昨日より疲れている気がした。  リヴァルはそんなセレンを見て、木剣を肩に担ぐ。 「剣は期待しない方がよさそうだな」 「……申し訳ありません」 「謝ってないで次やるぞ。魔法だ」  練習場の端へ移動すると、今度は何人かの兵士が呼ばれた。リヴァルはセレンから距離を取り、木剣を構える。 「昨日の防壁を出せ」 「はい」  セレンは片手を前へ出し、意識を集中させる。淡い光が広がり、身体の前を覆う防壁を作った。 「そのまま維持しろ」  リヴァルの木剣が振り下ろされる。  乾いた音が響いた。防壁は揺れたものの、壊れない。二度、三度と打ち込まれても同じだった。 「硬いな。範囲は手の届く範囲ぐらいか」 「は、はい」  頷いた瞬間、息が苦しくなる。身体の奥から魔力が急速に失われていく。やがて防壁が明滅し、そのまま消えた。 「もう無理か」 「……はい」 「使いどころ次第だな」  リヴァルがなにか考えるように呟いた。  次の瞬間、リヴァルが予備動作無しでセレンに向かって木剣を振りかざした。 「ひゃっ!」  セレンは咄嗟に目を閉じ、ぎゅっと体を硬くした。けれど衝撃や痛みは感じなかった。なにかを弾き返すような空気の震えを感じたあと、セレンは恐る恐る目を開けた。 「……やっぱりか」  セレンの防壁に弾かれ、体勢を整えたリヴァルがこちらを見据えている。セレンはリヴァルの意図が読めず、首を傾げた。 「今、出そうとしてたか」 「いえ……」 「考えたか」 「いえ」 「……面白いな」  そう言うと、リヴァルが笑った。  いつも不機嫌そうだった顔に笑みが浮かんだのを見て、セレンは息を呑んだ。  ……こんな顔を、するのか。  息の抜けるような柔らかい笑みではない。口角だけを上げたような、なにか確信めいた軍人の笑みだった。  思わずどきりと胸が高鳴りを覚えたのもつかの間、リヴァルは妙に嬉しそうに頷いたのだった。 「今度は俺のを見てろ」 「殿下の魔法を?」 「ああ」  リヴァルが片手を上げる。  次の瞬間、少し離れた訓練用の標的を炎が包んだ。火柱が一気に立ち上がり、あたりに積もっていた雪が一瞬で溶け、屋根に積もっていた雪も水へと変わり、びちょびちょと音を立てて落ちてきた。セレンは反射的に目を見開く。さらにリヴァルが手を握ると、燃えていた標的が凄まじい力で地面へ押し潰された。  炎だけではない。周囲にかかる重力そのものを変えている。  リヴァルが手を開けば圧力が消え、炎もほどなく収まった。  セレンは潰れた標的とリヴァルを交互に見た。 「す、すごい」 「なんだその感想は」 「すみません。ですが、本当に……すごいです。私は防御の魔法しか使えないので……」  戦術書で複数の系統を扱う魔術師について読んだことはある。けれど実際に目の前で見るのは初めてだった。炎で攻撃し、重力で相手の動きを封じる。二つを組み合わせれば、できることはさらに増える。 「殿下は、こんな魔法を使えたのですね」 「知らなかったのか」 「はい」 「俺のことなにも知らないな、お前」 「……申し訳ありません」 「そこは謝るな」  リヴァルは呆れたように言い、木剣をセレンへ投げ返した。 「休んだらもう一回だ」 「……もう一回」 「戦場に行きたいんだろ」 「はい……」  セレンは木剣を抱え、へろへろと立ち上がる。  戦場へ行ってみたいと答えた昨日の自分は、こうなることまで考えていなかった。

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