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6.鍛錬と旋律-2

 訓練が終わる頃には、セレンの腕はすっかり重くなっていた。木剣を返すだけでも妙に力が要り、指を開くとわずかに震えている。手のひらに、振り回したあとのじんじんとした感触が残っている。 「昼にするぞ」  そう言ったリヴァルについて練習場を出る。てっきり途中で別れるものと思っていたが、リヴァルはそのままセレンが普段使っている食堂へ向かった。 「……殿下も、こちらで召し上がるのですか?」 「悪いか」 「いえ。ただ、珍しいと思いまして」 「食生活から鍛え直す」 「……食生活」 「お前は痩せすぎだ、もっと食え」  どうやら訓練はまだ終わっていなかったらしい。  二人が食堂へ入った途端、中の空気が変わった。食事をしていた兵士たちが次々とリヴァルに気づき、話し声が目に見えて減っていく。  セレンはその様子を不思議に思いながら、リヴァルの少し後ろを歩いた。  怖がられている。それはわかる。リヴァルは普段から愛想のいい人間ではないし、戦場では容赦がないとも聞いている。  けれど、それだけではないらしい。  兵士たちの視線を辿っているうちに、セレンは気づいた。畏れながらも、その目はリヴァルの姿を追っている。すれ違った若い兵士など、背筋を伸ばして敬礼したあとも、どこか眩しいものを見るようにリヴァルを見送っていた。  尊敬されているのだ。  そのことが、なぜか少し嬉しかった。  リヴァルも特別な食事を用意させることはなく、兵士たちと同じ列に並んだ。ただし、盆に載せられた量はまるで違った。  セレンはスープとパン、それに肉と野菜を少しずつ取る。一方のリヴァルは、肉を次々と載せていく。なんなら配膳していた従者に「もっと寄越せ」と命じていた。  向かい合って席につくなり、リヴァルがセレンの盆を見た。 「それで足りるのか」 「はい。十分です」 「少ないだろ」 「殿下は……その、多すぎるのでは……」 「これくらい食わないと動けん」  言いながら、リヴァルは早速肉に手をつけた。  セレンも食べ始める。朝から身体を動かしたせいか、いつもより空腹だった。思っていたより食が進み、パンを半分ほど食べた頃、ふと向かいを見る。  リヴァルの皿は、もうほとんど空になっていた。 「……早いですね」 「お前が遅い」  セレンは自分の皿を見た。まだ半分ほど残っている。もう一度リヴァルの皿を見る。肉はない。パンもない。スープも空だった。  ただ、一角だけ妙に綺麗に残っている。  セレンはしばらくそれを見た。 「……殿下、まだお野菜が残っています」 「ああ?」  リヴァルが自分の皿を見る。 「いらん」 「ですが」 「肉は食った」 「お野菜も食べた方がよいのでは」 「いらんと言ってるだろ」  セレンは困った。食生活から鍛え直すと言ったのは、つい先ほどリヴァル自身ではなかっただろうか。 「……食生活から鍛え直す、と」  リヴァルの眉間に皺が寄った。 「俺がお前をだ」 「殿下は、鍛え直さなくてもよいのですか?」 「…………」  近くの席から、妙な咳払いが聞こえた。  セレンがそちらを見ると、兵士が慌ててスープを飲んでいる。別の兵士も、なぜかこちらを見ないよう懸命に食事を続けていた。  再びリヴァルを見る。ものすごく不服そうな顔をしていた。  やがて彼は、一度放った突き匙を再び手にした。 「……食えばいいんだろ」 「はい」  残っていた野菜が、一つずつリヴァルの口へ消えていく。周りの兵士がざわめく。 「殿下が野菜をお召し上がりになったぞ」 「あの殿下が」 「……聞こえているぞ」  リヴァルの声に、見ていた兵士は震え上がった。  セレンはそれを見届けてから、自分の食事に戻った。  その日の夜。セレンはいつものように机へ向かい、新しいペンを手に取った。  今日も書くことが多い。朝から剣の稽古をした。防御魔法についても調べてもらった。リヴァルの魔法を初めて見た。昼食も一緒に食べた。  そう書こうとして、ペン先を紙の上に載せる。 「……」  セレンは自分の右手を見る。ぷるぷると震えていて、ペンを持っても軸がぶれる。握り直してみるも、やはり震える。午前中、何度も木剣を振ったせいだ。  セレンは左手を添え、どうにか最初の一文字を書いた。いつもよりひどく歪んでいる。  しばらく考えた末、その日の記録はいつもより短くなった。  ──本日は、訓練をした。  そこまで書いたところで、セレンは諦めてペンを置いた。

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