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8.宴のあと-1
◇ ◆ ◇
三度目の轟音が森を揺らしたあと、戦況が決するまでにそう時間はかからなかった。退路を断たれた残党は戦意を喪失して散り散りに逃げるが、突破騎兵とレンジャーが残った敵の制圧へと動く。
『東側、制圧完了。逃走者三名を捕縛しました』
「西は」
『捜索中です。殿下が出るほどではありません』
「そうか」
リヴァルは手を下ろした。まだ魔力が残っている。普段なら一撃を放つたび、一度戦線から退いた。自分の攻撃で生じる衝撃からディノを守り、自身も重力を操作して逃れる必要があるからだ。だが、それだけで魔力も体力も削られる。
今日は、それが一度もなかった。後ろにいるセレンが、すべて止めた。
リヴァルは自分の腹へ回された腕を見る。先ほどまでは衝撃が来るたびに力がこもっていたのに、今は妙に緩い。
「セレン、大丈夫か」
「……はい」
「本当か?」
「……少し、疲れました」
そういうセレンの唇が、むにゃむにゃと怪しく動く。
「だから言っただろ。無理なら言えと」
「まだ、使えます」
「戦闘は終わった」
「……そうですか」
さっきから反応が鈍くなっている。
リヴァルが周囲の戦況を確認していると、ふと背中へ重みがかかる。肩口に灰色の髪が触れ、そのまま頭が預けられた。
「おい、寝るな」
「……起きて、ます」
「なら離れろ」
「……」
「セレン」
返事はもうなかった。
「こいつ……」
出発前にあれだけ言ったというのに、結局限界近くまで使ったらしい。力の抜けた腕を自分の腹へ戻してやると、セレンの身体がさらに背中へ密着する。ディノが身じろぎするだけでも、額が肩へ触れた。
『殿下。西側も制圧完了です』
「ああ。村と街道を確認させろ。奪われた物資があれば住民に戻せ」
『手配します』
通信が切れてしばらくすると、後方に控えていたヤオが馬を寄せてきた。細い目が、リヴァルの背中に凭れているセレンへ向く。
「……寝てる」
「見りゃわかる」
「魔力切れ?」
「ああ。使いすぎだ」
ヤオはしばらくセレンを見ていた。
「馬車、移す?」
「起こす方が面倒だ。このまま連れて帰る」
「落ちる」
「わかってる。紐持ってこい」
ヤオが持ってきた帯を受け取り、リヴァルは自分とセレンの身体へ回した。途中で怪我をしていないか確認する。訓練したとは言え、あまり筋肉のついていないセレンの身体は細い。力を入れれば折れてしまいそうだった。
戦いが終わったとはいえ戦場で寝るとは、呑気なものだ。案の定少し揺さぶっただけでは起きない。閉じた目を縁取る長く白いまつ毛をじっと見ていると、不意にヤオの視線に気付いたリヴァルは咳払いをし、何事もなかったようにセレンと自身を紐で括った。馬が揺れてもずれない程度に締め、背中へ寄せる。セレンの腕はリヴァルの腹へ回されたまま固定され、それでも本人は目を覚まさなかった。
「よく寝るな」
「疲れてる」
「三回しか使ってないぞ」
三回。だが、その三回があったから自分は一度も退かなかった。
「……使えるな」
少し離れたところから、今度はノエが現れた。
「殿下と基準を一緒にしないでください」
「聞いてたのか」
「聞こえる距離でしたので」
ノエはリヴァルの横に馬を並べ、後ろに縛り付けられたセレンを二度見する。
「セレン殿下の魔法ですか」
「ああ。俺とディノだけ守れれば、範囲の狭さも問題にならん」
「ただし、本人が先に潰れます」
「そこは鍛える」
「くれぐれも殿下を基準になさらないように」
「わかってる」
「本当に?」
「うるさい」
帰還の号令がかかり、ディノが歩き出した。ヤオも少し後ろからついてくる。
帰路でもセレンは起きなかった。馬が揺れるたびに身体が背中へ寄り、規則正しい呼吸が外套越しに伝わってくる。ヤオの言う通り馬車へ移すこともできたが、結局リヴァルはそのまま城まで連れて帰った。
もう少し、このままでいたかった。
城門を抜ける頃には日が傾いていた。ディノを止め、リヴァルが帯を解く。支えを失ったセレンの身体が傾き、腕を回して受け止めた。
「ヤオ」
呼ぶと、先に馬から降りていたヤオが手を伸ばす。リヴァルは顔にかかった髪を払ってやり、それから眠ったままのセレンを預けた。
「起きるまで寝かせろ。今日はもうなにもさせるな」
「わかった」
「倒れるまで使うなって言ったんだがな」
「寝ただけ」
「同じようなもんだ」
ヤオに支えられて城内へ運ばれていくセレンを見送り、リヴァルはディノから降りた。
使えることはわかった。
次は、こいつ自身に限界を覚えさせる必要がありそうだった。
リヴァルは帰城後の報告を終えると、そのまま執務室へ戻った。今夜は帰還した兵士を労いとセレンの初陣を祝う食事会が開かれると聞いていたが、参加するつもりはなかった。
「あんな残党の征伐ごときで、いちいち騒ぐ必要があるか」
夕食もこちらへ運ばせるよう手配し、机に積まれた報告書へ目を通す。捕縛した残党の人数、負傷者、回収した物資、村と街道の被害状況。ひと通り確認していると、扉が叩かれた。
「入れ」
現れたのはノエだった。戦場で身につけていた装備はすでに外しているが、手には相変わらず書類を抱えている。
「追加の報告か」
「いえ。セレン殿下がお目覚めになられました。今、お支度をしているとヤオから」
「食事会に出るのか」
「そのようです」
「……そうか」
それだけ答え、リヴァルは報告書へ戻った。ノエもそれ以上はなにも言わない。セレンが起きたことを伝えに来ただけなのだろう。
次の一枚へ手を伸ばしたところで、机の端に置かれたものが目に入った。
二体の木彫りの人形だった。黒髪に赤い外套を纏った男と、灰色の長い髪をした男が、同じ台座の上に並んでいる。先日、セレンが街で買ってきた土産だ。
相変わらず、どちらも似ていない。自分の人形など、実物より随分と愛想のいい顔をしている。なぜか少し腹が立つ。
隣の灰色の人形へ目が移る。
今日、その本人は初めて戦場へ出た。自分の後ろで三度も攻撃の反動を受け止め、帰りには力尽きて眠り、自分に括り付けられたまま城まで戻ってきた。
そのくせ、数時間眠っただけで食事会には出るらしい。
リヴァルは人形から報告書へ視線を戻した。
「殿下?」
「なんだ」
「先ほどから同じ箇所をご覧になっていますが」
リヴァルは報告書を閉じた。
「……顔、出しておくか」
「食事会にですか」
「ああ」
椅子から立ち上がり、外套を取る。
「ここに運ばせる食事は止めろ」
「承知しました」
ノエは理由を尋ねなかった。リヴァルも説明するつもりはない。
別に最後までいる必要はない。少し顔を出し、食事を済ませたら戻ればいい。
そう考えながら、リヴァルはノエと共に執務室を出た。
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