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8.宴のあと-2

 食事会が開かれている広間へ着くと、扉の向こうからすでに賑やかな声が聞こえていた。正式な宴ではないため、席順も服装も普段ほど厳格ではない。長卓には料理が並び、兵士たちは好きなものを皿へ取りながら、立ったまま話したり、空いた席で食事をしたりしている。  リヴァルが中へ入ると、何人かの兵士が気づいて姿勢を正した。 「そのままでいい」  声をかけ、それ以上の挨拶はさせずに奥へ進む。灰髪の彼を探したところで、先に来ていたミハイルが声をかけてきた。 「来ないと思っていたよ」 「俺もそのつもりだった」 「そうかい」  ミハイルはそれだけ言った。理由は聞かれなかった。けれどにこにことした穏やかな笑みが、かえって気に障る。  リヴァルは料理の並ぶ長卓へ目を向けた。焼いた鹿肉や牛肉、鶏肉を塩と香草で焼いた物、根菜を山羊の乳で柔らかく煮込んだもの、黒パンや乾酪が所狭しと並んでいる。戦帰りの兵士を労うためか、普段より明らかに量が多い。  その向こうに、見慣れた灰色の髪を見つけた。  セレンだった。  戦場へ出た時の装備はすべて外し、いつもの衣装へ着替えている。長い髪も整え直されており、数時間前まで自分の背中に括り付けられて眠っていた人間には見えない。  リヴァルが近寄ろうとした時、先に一人の兵士がセレンに近付いた。 「王妃殿下、本日はありがとうございました」 「後ろから見ておりました、お見事でした」  その言葉を皮切りに、数人の兵士がセレンを囲む。囲まれたセレンは始め困惑していたが、口々に言われるうちにまんざらでもなさそうな顔で自身の髪を手櫛で整えていた。 「そんな。私は殿下とディノを守っていただけです」 「それで十分ですよ。三発目が来た時は驚きました」 「殿下が続けて三発も撃つところなんて、滅多に見ませんから」 「そうなのですか?」 「二発目まではあるんですが、その後は一度下がられるので」 「では、今日は下がらなくて済んだということですか」 「ええ。おかげで俺たちもそのまま押し込めました」  セレンは自分の手を見ていた。昼間、自分の防壁を見ていた時と同じ顔だった。  リヴァルはしばらくその様子を眺めてから、近くの卓の料理に手をつけた。 「行かれないのですか」  後ろから来たノエが尋ねる。 「どこに」 「言わせたいのですか」 「お前な……まあいい。お前も食え」  皿を取り、適当に料理を載せる。少し食べて帰ればいい。  そう思っていた。  しばらくして、もう一度セレンを見る。兵士と話しながら食事をしている。普段より皿の上の肉が多い。厚く切られた鹿肉を食べ終えたと思ったら、今度は焼いた鶏肉へ手を伸ばしている。 「……あいつ、今日はよく食うな」 「今日は魔力を消耗していますので、身体が欲しているのでは」 「そういうものか」  リヴァルはセレンを見ながら、適当に持ってきた肉を口を運んだ。 「よくご覧になっていますね」  肉の刺さった串をもぐもぐと食べるノエの言葉に噎せそうになったのも一瞬、リヴァルは口に肉を押し込む。 「目に入るだけだ」 「そうですか」  ノエはそれだけを返すと、もぐもぐと肉の串を口にしながら持ち込んだ書類に目を通した。この仕事人間め、と口にしようとしたがやめた。  そのうち兵士たちのあいだで酒が回り始めた。エールのほか、蜂蜜酒や果実酒も用意されている。  セレンの手にも杯が渡った。兵士になにかを説明されながら、杯の中を覗き込み、慎重に一口飲む。少し味わうようにしてから、もう一口。すぐに一杯目がなくなり、別の兵士が違う酒を持ってくる。セレンはそれも受け取った。 「……あいつ、酒強いのか」 「強いとお思いですか」  ノエがこちらを見ないまま答えた。 「知らんから聞いてる」 「私も存じません」  二杯目、三杯目も順調に減っていく。リヴァルは肉を切りながら、ふと思い出した。 「……そういえばあいつ、ルミナリアでは宴や食事会には参加したことがあるのか」 「ほぼないかと」 「……」 「……」  セレンが四杯目を受け取り、また飲む。そして五杯目を求めるように杯を掲げると、近くにいた従者が赤い果実酒をなみなみと注いでいく。  すでに頬が赤い。それでも本人は気づいていないらしく、渡された杯を両手で持っている。 「……止めるか」 「その方がよろしいかと」  リヴァルは皿を置いた。  セレンのところまで行くと、ちょうど杯を口へ運ぼうとしているところだった。その手から取り上げる。 「あ」 「もう飲むな」  セレンが顔を上げた。頬はすでに赤く、目元にも酒の熱が滲んでいる。 「殿下。いらしていたのですね」 「だいぶ前からな」 「そうだったのですか」  セレンは素直に頷いた。それから、ふと思い出したように続ける。 「殿下。今日の魔法、すごかったです」 「急になんだ」 「ずっと言おうと思っていました。魔法を使うたび、お腹がぎゅっと硬くなっていました」  近くにいた兵士から「んん」と咳払いが聞こえた。こいつの口を塞ごうかとリヴァルが一瞬考えたのもつかの間、結局睨むだけに終わる。 「あんまりそういうことは外で言うな」 「息も変わっていました」 「もういい、やめろ」 「はい」  止めれば素直に口を閉じる。普段ならそもそも口にしないようなことを、今日はすらすらと喋る。 「それから、城まで運んでくださってありがとうございました。ヤオから聞きました」 「ああ。落ちそうだったから俺に括り付けた」  セレンは少し驚いたようだったが、やがて頬を緩ませた。 「……殿下に運んでいただけて、よかったです」 「なにがいいんだ」 「殿下は、あったかくていい匂いがします。……殿下の近くは、安心します」 「……」  リヴァルは手に持った杯を卓へ置いた。 「お前、もう、今日は絶対飲むな」 「はい」 「水飲め」 「はい」  返事だけはやけにいい。だが、セレンはその場から動こうとしなかった。 「水は?」 「……ありません」 「取りに行け」 「どこでしょう」 「さっきまで料理取ってただろ」 「お肉はあちらです」 「肉の場所は覚えてるのか」 「おいしかったので」  リヴァルは結局、自分で水を取りに行った。  少し離れたところでは、ノエがこちらを見ている。眼越しの視線と目が合ったが、ノエは一瞥しただけだった。  それが妙に腹立たしかった。

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