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9.国事ですので-1

   ◇ ◆ ◇  翌日の午後、リヴァルはミハイルに呼ばれて執務室を訪れた。昨日の戦闘についてなら報告書はすでに提出している。追加で呼び出される理由に心当たりはなかった。 「ああ、来たね。適当に座って」  ミハイルは書類から顔を上げ、向かいの椅子を示した。傍らにはノエもいる。 「昨日の件なら全部書いたぞ」 「読んだよ。三度も広域魔法を使ったそうだね」 「ああ」 「セレン殿下の防壁が、反動をすべて防いだと」 「俺とディノの周囲だけだが、それで十分だ。退くために余計な魔力を使わなくてよくなる」 「なるほど」  ミハイルは報告書へ目を戻した。 「ルミナリア王家の防御魔法は興味深いね。セレン殿下のお母上は、さらに広い範囲を守れたそうだけど」 「本人は狭い代わりに硬い。俺が魔法を撃っても、切っても壊れなかった」 「それだけ違う形で発現するなら、血統としても面白い」  その言葉で、リヴァルはようやく話の行き先を察した。 「……なにが言いたい」 「お前とセレン殿下の子供について、そろそろ考えてほしくてね」 「兄上にはもう三人いるだろ。王位を継ぐ人間には困らないはずだが」 「いるよ。でも、私は継承を一本に絞るつもりはないよ。なにが起こるかわからないからね。王家の血は複数の枝で残しておいた方がいい」 「俺の子まで必要か?」  リヴァルはミハイルをじと、と睨む。ミハイルはふむ、と顎に手を当てた。どこか好奇心の宿る眼差しだった。 「必要かどうかだけで言えば、いた方がいい。それに、今回はそれだけじゃない」  ミハイルが指先で報告書を軽く叩いた。 「ルミナリア王家との血縁ができる。両国の魔法を受け継ぐ可能性もある。政治的には十分な意味があると思うんだけど」 「……」  やはりそういうことか。ミハイルは、リヴァルとセレンの魔力を掛け合わせた子供を期待しているのだ。 「今すぐ子を作れと言っているわけじゃない。ただ、お前ももう婚姻した。いつまでも考えないままというわけにはいかないだろう? 殿下だって、病弱とは聞いてたけど問題なさそうじゃないか」 「最初に言ったはずだ。俺はあいつを抱く気はない」 「覚えているよ。だから今までなにも言わなかった」  穏やかな声音のまま、ミハイルはリヴァルを見る。 「でも、今も同じ?」  リヴァルは答えなかった。というより、答えられなかった。  昨夜のセレンが脳裏に浮かぶ。酒で赤くなった顔で自分を見上げ、普段なら言わないようなことを次々と口にしていた。 『殿下はあったかくて、いい匂いがします。……殿下の近くは、安心します』  そして、迫りかけていた柔らかそうな唇。  余計なことまで思い出して、リヴァルは思わず顔を顰めた。 「……ノエ、お前もなにか言え」  黙っていた、眼鏡をかけた細身の軍人へ話を振る。 「私ですか。──国事ですので、陛下のご意見は妥当かと」 「お前までそっちか」  リヴァルは鼻を鳴らした。 「私個人としては、殿下の夫婦生活に興味はありません。ですが、国事ですので」 「……」  リヴァルは椅子の背へ身体を預けた。以前なら、ここで話は終わっていた。必要がない。それだけで十分だった。  だが、セレンとのあいだに子が生まれることそのものが嫌かと考えると、以前ほど明確な拒絶は出てこなかった。 「……考えておく」  ミハイルの眉がわずかに上がる。 「そう。わかったよ。……まあ、セレン殿下の意思もあることだからね」  リヴァルは立ち上がった。 「話はそれだけか」 「今日はね」 「なら戻る」  扉へ向かいかけたところで、ミハイルの声が追ってきた。 「リヴァル。急がなくていいよ。婚姻も子供も、戦場みたいに突破すれば終わりというものじゃないから」 「わかってる」 「ならいいんだ」  執務室を出ると、ノエも後からついてきた。  廊下を歩きながら、リヴァルは昨夜のセレンの様子を、また思い出していた。

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