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✦︎9.国事ですので-4

 衣擦れの音が聞こえる。セレンの長い灰色の髪が、寝台の上に広がる。心臓の音がうるさく鳴っていた。煩わしささえ感じていると、布がもう一つの重みで沈む感覚がする。その中でふと、セレンはリヴァルへと視線を向けた。 「本当に、いいんだな」  低い声が、何度目かの確認の言葉を置いた。またこくりと頷いたのを見て、リヴァルは服の釦に指をかける。やがて、鍛え上げられた鋼のような躰が現れる。その体には、いくつもの傷があった。大きな傷が数本と、細かい傷に至っては数え切れない。古傷ではあるのは見てわかるが、それが今までの彼がどう生きてきたのか、語るには十分だった。 「気になるか」  リヴァルはセレンの眼差しに気付いて、そんなことを尋ねてくる。セレンは唾を飲み、口を開く。 「はい。……痛かったでしょうか」 「別に。昔のことだ、今は痛まん」  セレンはリヴァルの肩にそっと手を伸ばすと、リヴァルが一瞬息を詰める。けれどセレンは物怖じすることなく、そのまま手を下に下ろした。なだらかな曲線とごつごつと隆起した筋肉を辿ると、戦場でリヴァルが魔法を使うたびに指先に伝わっていた感触が、より近く感じられる。自分が塔に押し込められ、日がな夕暮れを眺める前から、彼は剣を振るい、馬に乗って戦場を駆けてきたのだろう。  そうやって彼の体に残る歴史をゆっくりなぞったあとで、セレンもまた自分の服の釦に手を掛けた。けれど指が震えて、上手く外れない。怖いわけではない。ただ緊張しているだけだ。そう言い聞かせるも、ここでみっともない姿を晒してしまったらどうしよう、という不安が急に沸き立つ。そんなはずはないとわかっているのに、それでも体は言うことを聞いてくれない。 「……っ」  けれどすぐにリヴァルの指がセレンの手に添えられた。そうして彼の指が、セレンの迷う指を導いてくれる。やがて釦が外れ、セレンの肩からするりと布が落ちていく。 「……ありがとう、ございます」 「緊張しているな」  リヴァルの言葉にぴたりと言い当てられ、セレンはしばらく迷ったのち、「はい」と答えた。 「そう気負うな。なにせ俺も初めてだ」  リヴァルの息がふっと柔らかくほどけた。  次の瞬間、唇が重なった。 「ん……」  婚礼の儀で交わした冷たい唇とは、明らかに違う。確かな熱を持って教えられるそれに、セレンは自分の心臓が一段と跳ねるのを感じた。最初は慈しむような静かな触れ合いだったのが、小鳥が啄むようになり、やがて二人の息が乱れていく。舌先同士が触れ合い、まるで別の生き物のように濃厚に絡み合う。  何度か下手くそな息継ぎをしながらリヴァルと睦み合っていると、やがてセレンの舌先がアルファらしく尖った立派な犬歯を探り当てる。うなじを噛むためにあるその牙に、セレンの下腹がじんわりと熱くなった。 「ん……ふ……」  遊ぶように口腔内をまさぐっているうちに唾液を流し込まれ、セレンはそれを飲み込む。溢れた唾液が唇の端から伝い落ち、喉元を冷たく濡らした。  ここへ来たばかりの時、噂のこともあってか、リヴァルはもっと容赦なく、自分本位に振る舞う方なのだろうと思っていた。けれど野性的な見た目とは裏腹、彼は優しい。少なくともセレンにはそう見えた。  なにより、自分がリヴァルのそういう相手になれたことが、誇らしかった。  こんなことは、初めてだった。ただでさえオメガであり、発情期も来ず、魔法も弱く、誰にも望まれなかった自分が、こんな風に誰かに触れられるなんて、夢にも思わなかった。 「セレン」  普段とは違って、名前を呼ぶ声は掠れていた。 「……いいか」  リヴァルの言葉に、セレンはふっと笑ってしまう。 「ここまで来て、引き返すとお思いですか」 「言うようになったな」 「殿下。……貴方が、欲しいです」  セレンの小さな声に、リヴァルが「そうか」と頷いた。そしてもう一度、キスの雨が降ってくる。そのあいだにもリヴァルの無骨な手は、セレンのいろんなところに触れてくれた。急いたような手管ではなく、セレンの反応を確かめるみたいな。それでも時折感じるわずかに強い力に、リヴァルの理性がせめぎ合っているのが見て取れた。  やがてリヴァルの手が下肢に辿り着くと、セレンは恐る恐る足を開いた。リヴァルの指が入口を探す。躊躇うように何度か進退を繰り返すように、セレンの柔らかい肌に触れてくる。セレンは息を詰め、リヴァルの指を受け入れる。指に垂らした香油が滑りを良くし、少しずつセレンの中は受け入れる形になって行く。 「殿下……」  上擦った声でそう呼ぶと、セレンがその次になにを求めたのか、リヴァルには伝わったらしい。「ああ」と言って、指が抜けていく。急に失われたそれに寂しさを覚えたのもつかの間、指よりももっと熱く質量のあるそれを入口に感じて、セレンは思わず息を呑んだ。  リヴァルが入ってくる。  わずかな痛みを伴うその動きに、セレンは歯を食い縛る。内臓を押し上げられるような感覚にどう息をしていいかわからず下手な呼吸を繰り返していると、リヴァルが不意にセレンの背中をそっとさすった。 「痛くないか」 「……はい」  そう頷くと、セレンはようやく息ができるようになった。  リヴァルの熱はあたたかくて、優しかった。触れ方も距離も、なにもかも初めてのはずだった。それでもリヴァルが次にどう動くのか、言葉にしなくてもなんとなくわかった。  一頭の馬に二人で跨り、雪の戦場を駆けた時もそうだった。背中越しに伝わる動きを読み、リヴァルが進めばそれに合わせ、攻撃に合わせて防壁を展開した。  あの時とはまるで違う。それなのに、二人で呼吸を合わせていく感覚だけは、どこか似ていた。  リヴァルが動く。大きくて硬い熱の塊が奥を突くたび、セレンの唇から甲高い声が零れた。  腰を打ち付ける音が絶え間なく聞こえてくる。切なさに似た甘い疼きがセレンを襲い、自分がわからなくなりそうになる。だが軽く意識を飛ばしそうになるたびにリヴァルの指がセレンの手を手繰り寄せ、繋ぎ止めてくれた。 「あっ、殿下、……っ」 「っ、リヴァルでいい」 「リヴァル、様……っ」 「セレン。……セレン」  名前を呼べばこちらを見つめて、応えてくれる。そして自分の名前を、呼んでくれる。そのことがどうしようもなく嬉しくて、ぎゅっと目を閉じると、眦を熱いものが伝う。一瞬、リヴァルが戸惑ったように息を呑む。けれどもリヴァルはなにも言わずにセレンの背中に腕を回し、優しく、けれど痛みを感じないほどの強さで抱き締めてくれた。  ……もし。  もし発情期が来れば、彼のフェロモンもわかるようになるのだろうか。  互いのフェロモンに酔って、あられもない姿を見せて、獣のように交わって。  本能で欲しいと、骨の髄まで染み渡るような甘美な官能を、彼と共有することができるのだろうか。  セレンは理性をなくして繋がる二人を想像する。リヴァルの牙のような鋭い犬歯が、自分のうなじのやわらかいところを噛み、番になる。  どことなく、羨ましいと思った。同時に胸が切なさを訴え、中にいたリヴァルをよりきつく締め付けてしまう。 「リヴァル様……リヴァルさま、あぁっ!」  リヴァルの逞しい肩に必死でしがみつきながら体内を巡る彼の熱を全身で感じた時、セレンは大きく体を震わせ、やがて自らも果てた。

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