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11.役に立つこと-2

 お願い、出て。  いつものように、防壁を──。  けれど、何も生まれなかった。 「殿下!」  次の瞬間、凄まじい衝撃が二人を襲った。敵の放った魔法により熱と轟音が弾け、リヴァルの身体が大きく揺れる。 「がっ──」  短い呻きが聞こえたかと思うと、セレンの身体が浮いた。それでもリヴァルの腕だけは離れない。  だが、ディノが大きく嘶いた。  視界が回る。雪原が、空が、赤い外套が、めまぐるしく入れ替わる。 「──リヴァル殿下!」  自分の声なのか、誰かの声なのかもわからない。  次の瞬間、身体を支えていたものが消えた。 「待って──!」  セレンが腕を伸ばした時には、リヴァルの身体はディノの背から滑り落ちていた。雪の上へ投げ出され、そのまま動かない。 「リヴァル様!」  セレンもディノから転げ落ちるように地面へ降り、花びらのように点々と飛び散った血を辿ってリヴァルの元へ駆け寄る。肩から脇腹にかけての防具は大きく損傷し、その隙間から血が滲んでいた。それだけではない。落馬した際に切ったのか、額にも傷があり、こめかみのあたりが赤く濡れている。 「リヴァル様。……っ、聞こえますか! リヴァル様!」  返事はない。腕の中でリヴァルは硬く目を閉じたまま、ぐったりしていた。そこでようやく、セレンは理解した。  呼吸が浅くなり、白い指先が震える。  自分でも気づかないうちに、魔力を使い果たしていた。  防壁を出すことが出来ず、結果リヴァルが攻撃を受け、馬から落ちた。  こんな自分を、庇ったばかりに。 「リヴァル様!」  雪の上に膝をつき、呼びかける。相変わらず返事はない。損傷した防具の下からはさらに血が広がり、白い雪の上を赤く濡らしている。騎手を失ったディノも戻ってきて、鼻を鳴らしながら二人のそばで足踏みしていた。  周囲では兵たちが前方へ走り続けている。リヴァルが倒れたことに気づいていないわけではない。彼が直前に崩した敵陣の一角へ、各隊の指揮官が次々と兵を送り込んでいた。  けれど、セレンにはそれを考える余裕がなかった。 「殿下」  すぐそばから声がして振り向くと、ヤオがいた。 「ヤオ、リヴァル様が……私が、防げなくて」 「ノエに、連絡」 「ですが」 「連絡を」  短く言われ、セレンは震える指で耳についた魔石の耳飾りに触れた。何度か呼びかけて、ようやくノエへ繋がる。 「ノエ! ……っ、リヴァル様が負傷されました。敵の魔法を受けて、落馬して……返事がありません。どうすれば」 『殿下、落ち着いてください。ヤオはそちらに?』 「います」 『では、殿下の護送はヤオに任せてください。セレン殿下、防護壁は』 「それが……これ以上はもう……」 『わかりました。では、セレン殿下も同行を。戦線はそのまま作戦を続行します』 「……私のせいで、リヴァル様が……」 『問題ありません。殿下が作った突破口にはすでに第三、第五隊が入っています。現場の指揮も各隊長が引き継いでいます』  セレンは前方を見た。確かに兵は進んでいる。命令が飛び交い、開いた敵陣へ次々と兵が流れ込んでいる。 『魔力が残っていないのでしょう。今そこに残っても、できることはありません』  反論できなかった。防壁一つ出せない自分が残っても、戦力にはならない。 「……わかりました」  通信を切ると、ヤオはすでにリヴァルの状態を確かめていた。 「息はある」  近くの兵を呼び、二人がかりでリヴァルを後送用の馬へ乗せる。セレンも手を貸そうとしたが、どこへ触れればいいのかわからず、結局見ていることしかできなかった。  ヤオがリヴァルの身体を支えたまま馬を進ませ、セレンもディノに乗ってあとを追った。  行きには目の前にあったリヴァルの背中が、今は別の馬の上で力なく揺れている。セレンはそれから目を離せなかった。  後方の衛生部隊へ着くと、すぐに兵たちが駆け寄ってきた。その中から大柄な男が現れ、リヴァルの損傷した防具を確認する。 「ガルド!」 「おっと……こりゃひでえ」  その一言で、セレンの身体から血の気が引いた。 「助からないのですか」 「誰がそんなこと言った」  ガルドは防具を外す手を休めない。 「まだ診てもいねえ、勝手に殺すな」 「ですが、今……」 「ひどいから、ひどいって言ったんだよ。そこどけ。診られねえだろ」  セレンは慌てて場所を空けた。衛生兵たちがリヴァルを運んでいく。ついていこうとしたが、邪魔になると気付いて足を引いた。  そこで初めて、自分の身体にも異変が起きていることに気づいた。  ……あれ。  耳の奥で鳴っていた戦場の音が遠い。足元が頼りなく、呼吸を整えようとしてもうまく息が入らない。  魔力を使い果たしたことはわかっていた。それでも、ここまで戻ってくることだけを考えているあいだは気にしていなかった。 「……リヴァル、様」  ぐらりと視界が傾いた。足に力を入れようとしても、膝が支えきれない。傾いた身体を誰かに支えられるが、それが誰か確かめる余裕もなかった。  リヴァルが運ばれていった方角へ顔を向ける。けれど、視界はもうほとんど暗くなっていた。 「申しわ、け……」  言い終える前に、意識が途切れた。

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