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11.役に立つこと-5
リヴァルの傷が癒え始めた頃、北西の戦線から再び出兵の要請が届いた。先日の戦いで街道の一部は奪還したものの、敵軍がさらに北へ兵を集めているらしい。
知らせを聞いたセレンは、その日のうちに図書室から借りていた本を閉じた。魔力が枯渇する前に現れる兆候については、以前より理解できるようになっている。魔力量そのものを増やす訓練も始めたばかりだったが、少なくとも前回のように、自分が限界へ達していることにも気づかないまま使い続けることは避けられるはずだった。
翌朝、セレンは久しぶりに防具を取り出した。留め具を一つずつ確かめ、自分で身につけていく。初めて着た時には、それだけで肩や腰が重く感じられたものだが、今はもう手順にも慣れていた。
最後の留め具を締めたところで、扉が叩かれた。
入ってきたヤオが、セレンの姿を見る。
「……なんでしょうか」
「殿下、呼んでる」
セレンは頷き、そのままリヴァルの部屋へ向かった。
扉を開けると、リヴァルもすでに出陣の支度を終えていた。傷は塞がっているものの、まだ完全ではないのか、以前より軽い防具を選んでいる。
「お呼びでしょうか」
リヴァルはセレンの姿を見て、眉を寄せた。
「なんで防具つけてる」
「出陣すると伺いましたので」
「お前は行かないぞ」
セレンはすぐには意味を理解できなかった。
「……誰が?」
「だから、お前は行かない。今回は城にいろ」
あまりにも当然のように言われ、セレンは防具の留め具へ指を添えた。
「魔力については、以前より把握できるようになりました。枯渇する前に現れる兆候も調べています。それに、発動を抑える訓練も──」
「そういう問題じゃない」
リヴァルに遮られた。
「お前、この前なんて言った」
「……なにをでしょうか」
「俺を守れるようになりたいって言っただろ」
「はい」
「じゃあ俺がまた目の前で攻撃されそうになったら、魔力を残して引けるのか」
セレンは答えられなかった。
「限界がわかるようになったとしても同じだ。お前は俺が危なくなったら使う。兵が危なくても使う。残りが少ないとわかっててもな」
「ですが、それは防御魔法を使う者として──」
「それで? また倒れるまで使うのか」
言葉に詰まった。リヴァルは少し前にも同じことを言っていた。魔力が増えたところで、増えた分まで使うだけだと。あの時は、それでも何もしないよりはいいと思っていた。
「……前回と同じ失敗はいたしません」
「それは信じる」
思いがけず肯定され、セレンはリヴァルを見た。
「お前が前より使えるようになってることもわかってる。だから、能力の話をしてるんじゃない」
「では、なぜ」
「お前が自分を勘定に入れないからだ」
セレンは眉を寄せた。
「兵が危なければ守る。俺が危なければ守る。じゃあ、お前が危なくなった時は誰が止める」
「それは……」
「前は俺も見誤った。今回は同じことをするつもりはない」
リヴァルの声音に迷いはなかった。
「だから、城にいろ」
セレンはしばらく何も言えなかった。役に立たないと言われたわけではない。むしろ逆だった。自分の魔法が使えることは、今も認めてもらえている。
それでも、胸の内には別のものが残った。リヴァルが戦場へ行く。自分は、ここに残る。
「……承知しました」
それ以上反論せず、セレンは頭を下げた。
「セレン」
「防具を外して参ります」
呼び止める声を背に、セレンは部屋を出た。
自室へ戻り、先ほど自分で締めた留め具を一つずつ外していく。これを身につけることにも慣れた。剣も、最初よりは振れるようになった。魔力についても調べた。
すべて、次はリヴァルを守れるようになるためだった。
けれど、そのリヴァルから残れと言われた。間違っているとは思わない。自分でも、あの問いに答えられなかった。
防具を脱ぎ終えたあと、セレンはしばらくその場を離れられなかった。
窓の外から、出陣を知らせる鐘が鳴った。続いて馬の嘶きと兵たちの声が聞こえ、セレンは外した防具を寝台の脇へ置いて窓辺へ向かった。顔を近付けると、吐いた息で冬の終わりかけの硝子が白く曇る。セレンは慌てて袖で拭う。
城門へ続く道を騎兵たちが進んでいる。その先頭近くには、ディノに跨ったリヴァルがいた。以前なら自分もあの列の中にいたし、今日だって、そのつもりだった。
「……お気をつけて」
聞こえるはずのない距離から呟く。やがてリヴァルの姿は城門の向こうへ消えた。
静かになった城に残され、セレンはふと塔にいた頃を思い出した。
あの頃も、こうして窓から外を眺めていた。庭を走り回る弟たちや教師に連れられて歩く妹たちの声を聞いて、宴が行われれば流れてくる音楽や料理の匂いに目を細め、塔から眺めていた。自分もいつか呼ばれるのだと思っていた。けれど、その日は来なかった。
だから諦めた。
期待して、頑張って、それでも駄目だった時の方が惨めだったから、最初から欲しがらない方が楽だった。
けれどグランディオへ来て、自分にもできることがあると知った。重かった防具にも慣れ、剣も少しは振れるようになった。戦場ではリヴァルと同じ馬に乗り、自分の魔法で彼を守ることもできた。
もっと役に立ちたい。リヴァルを守れるようになりたい。そう思ってしまった。
自室へ戻ると、机には魔力について調べるために借りた本が積まれていた。セレンは一冊を開いたが、文字が頭に入ってこない。
「……困りましたね」
諦めることなら、得意だったはずなのに。
「私も、行きたかったです」
口にした途端、目の奥が熱くなった。やがてそれはじわり溢れ、目の縁からぽろぽろとこぼれ落ちた。
リヴァルの判断が間違っているとは思わない。役立たずだから残されたわけでもない。それでも頬を伝ったものを拭うと、また次が落ちた。
セレンはしばらくして頬を拭うと、もう一度本を開いた。
魔力量を増やすだけでは足りない。リヴァルが問題にしているのは、自分自身を勘定に入れられないことだ。
ならば、それも変えなければならない。
次に「行きたい」と言った時、今度こそリヴァルの問いに答えられるように。
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