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12.役立たずでも諦めない-3

「あ」  フィルは子供たちに囲まれているセレンを見ると、そのままこちらへ歩いてきた。 「もしかして、セレン殿下?」 「はい」 「やっぱり! ルミナリアの王子様でしょ。婚礼の時に見たけど、遠かったからちゃんと顔までは見えてなくてさ」  ミハイルの王妃というからにはもっときっちりしているかと思いきや、フィルは気品のあるその見た目で、話し方はフランクだった。 「申し訳ありません。私は覚えておらず」 「謝らなくていいって。あの日は自分の結婚相手見るだけで精一杯だったでしょ」  そう言われ、セレンも婚礼の日の大聖堂を思い出した。グランディオ王族の席には大勢の人間が並んでいた。おそらくフィルも、正室も、子供たちもあの中にいたのだろう。自分のことばかりであまり周りが見えていなかった自分が、今更ながら恥ずかしかった。  そのあいだにも、子供の一人がセレンの袖をぐいぐいと引く。 「でんか、座って! 髪やるの!」 「ああ、捕まっちゃった」  フィルが言った。 「その子たち、気に入った人には遠慮ないから。諦めた方がいいよ」  どうやら助けてもらえるわけではないらしい。練習場へ戻るつもりだったセレンは、鞘に収めた剣と子供たちを交互に見た。 「……少しだけでしたら」 「やった!!」  歓声とともに腕を引かれ、セレンは中庭の長椅子へ連れていかれた。  ほどなくして、腰近くまである白灰色の髪が、小さな手によって三つにわけられ始める。どう考えても剣の稽古とは関係のない時間だったが、セレンはされるがままになっていた。 「長いねえ」  いつの間にか近くまで来ていたフィルが、子供たちの手元を覗き込む。 「切らないの?」 「考えたことはありません」 「そっか。綺麗だし、もったいないか」  何気なく言われた言葉に、セレンは自分の髪へ触れかける。綺麗だと言われた瞬間に思い出したのは、リヴァルと初めて気持ちを交わした夜、二人で寝転んだ寝台の上でリヴァルが髪を撫でていた感触だった。 「……ありがとうございます」 「俺に言われても。生やしたのはセレン殿下でしょ」 「それも、そうですね」  フィルは一瞬きょとんとしたあと、太陽みたいにからからと声を上げて笑った。  それから子供たちの手によって三つ編みが増えていくうちに、セレンの髪にはいつの間にか小さな花まで挿されていた。  鏡がないので自分がどんな姿になっているのかはわからないが、見える範囲で言えば、少なくとも普段通りではなかった。 「できた!」 「きれーい!」 「ありがとうございます」  なにに対する礼なのかわからないままそう言うと、子供たちは満足したらしい。今度は誰が一番速く中庭を一周できるかで揉め始め、あっという間にセレンから離れていった。 「……これ、リヴァル殿下に見せたらなんて言うかな」  隣に残ったフィルが、仕上がったセレンの髪を見てぼそりと言う。リヴァルが見たらどうなるだろう。気にしないかもしれない。それともなにか一言、「なんだそれは」ぐらい、言うだろうか。 「走るなら前を見なさい」  セレンが想像していると、リヴァルによく似た、けれど低く穏やかな声が中庭の入口から聞こえた。子供たちが一斉に振り返る。 「お父様!」 「父上!」  先ほどまで競争について言い争っていた子供たちが、今度は揃って風のように駆けていく。そこに立っていたのはミハイルだった。数人の文官を後ろに従え、腕にはまだ書類を抱えている。どうやら公務の途中らしい。 「まったく、走るなと言ったばかりのなのにな」  そう言いながらも、一番幼い子供が抱きついてくれば追い払うことはなかった。ミハイルは片腕でその身体を支え、もう一人から差し出された花を受け取る。そして細い指がセレンを指す。 「お父様、見て! セレンでんかの髪!」 「私たちがやったの!」  その言葉で、ミハイルの灰青の瞳がセレンへ向いた。セレンは反射的に立ち上がった。髪に何本もの三つ編みと花をつけたまま、姿勢を正す。 「陛下」 「……随分懐かれたね」 「そうだよ」  セレンが小首を傾げていると、ミハイルの周囲にいた子供たちが当然のように頷いた。 「でんか、明日も遊ぼうね!」 「明日は魔法の研究をする予定が……」 「じゃあそれが終わったら!」  最初は断るつもりだった。せれど純粋無垢なきらきらした瞳に訴えかけられて、セレンは負けた。 「……それでしたら、まあ」 「やった!」  いつの間にか明日の予定まで決まってしまった。 「それで、あなた、今日はもう終わりですか?」  正室から声を掛けられ、ミハイルがそちらを見る。 「あと二件だけ。夕食までには戻ります」 「昨日も同じこと言ってなかった?」  フィルが横から口を挟む。 「昨日は予定外の報告が入ったんだよ」 「一昨日は?」 「……あれも予定外だった」 「じゃあ今日は?」 「今日は帰るよ、さすがにね」  ミハイルが淡々と答えると、もう一人の側室が「聞きましたからね」と念を押した。  セレンはそのやり取りを黙って聞いていた。  国王と、三人の嫁。それぞれとの間に生まれた子供たち。書物の中では家系図と肩書きによって整然と分けられていた人々が、目の前では一つの輪の中にいる。  ミハイルが一番幼い子を地面へ下ろすと、その子はすぐに兄姉のもとへ戻っていった。母親が違うことなど、少なくとも子供たちにとっては大した意味を持っていないようだった。  子供たち小さな背中が風のように駆けていくのを見送ったのち、ミハイルが改めてセレンへと向き直る。 「セレン殿下は、剣の稽古をしていたのかな」 「はい。途中でしたが……少々、休憩が長くなりました」  セレンは三つ編みになった自分の髪に触れた。 「そのようだね」  ミハイルはセレンの傍らに置かれた剣を見て、それ以上はなにも言わなかった。 「リヴァルが戻るまでは、あまり無理をしないように」 「……はい」  ミハイルは家族に夕食までには戻ると妻たちにもう一度約束すると、文官たちを連れて外廷へ戻っていった。  セレンはその背中を見送ったあと、もう一度中庭を見る。子供たちはすでに別の遊びを始めていた。フィルたちもそれを眺めながら、ミハイルの妻たちとなにやら話している。  不思議な家族だと思った。  いつかリヴァルが帰ってきたら、今日のことを話してみよう。ミハイルの子供たちに髪を編まれたことも、明日も遊ぶ約束をさせられたことも。  そう考えてから、セレンはふと自分の髪に挿された花に触れた。  話したところで、リヴァルが面白がるとは思えない。それでも、なぜか話してみたかった。

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