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16.祖国にて-4
その翌日、セレンは庭へ出た。
グランディオから持ち帰った荷物の中には、練習用の剣も入っていた。庭の開けた場所を借り、教わった通りに構える。
身体はまだ覚えていた。足の位置を確かめ、剣を振る。戻して、もう一度。
「兄上?」
聞き覚えのある声に振り返ると、双子の少年が立っていた。婚姻の儀でこちらにぶつかってきた双子を思い出す。リュシアンとアランだ。双子の彼らは稽古着で、木剣を持っている。
「おはようございます」
「なにしてるの?」
「剣の稽古です」
二人ががセレンの剣を見る。
「兄上、剣使えるの?」
「使える、というほどではありません。グランディオで教えていただきました」
「誰に?」
「兵士の方々に。それから、リヴァル様にも」
「第二王子に!?」
途端に二人の目の色が変わった。
「戦ったことある?」
「稽古でしたら」
「勝った?」
「一度も」
「じゃあ俺とやろう」
「リュシアン」
「いいだろ。兄上も稽古してたんだから」
セレンは自身の髪を触りながら考えた。
「怪我をしない程度でしたら」
「よし!」
結果から言えば、剣そのものは双子の方が上手かった。幼い頃から教師について習っているのだから当然だった。
ただ、何度か打ち合ううち、セレンは気になることがあった。
「二人とも、踏み込んだあと、身体が前へ出すぎています」
「え?」
「今の位置ですと、避けられた時に戻れません。もう一度順番に、同じように来てください」
リュシアンとアランが自分の足元を見る。セレンは剣を構え直した。
何度か繰り返しているうちに、昼食の時間を告げに来た従者が庭まで探しに来る頃には、三人とも汗をかいていた。
弟たちは剣の稽古だけでなく、セレンを見つけるたびになにかを聞きに来るようになった。
グランディオはどれほど寒いのか。戦場ではなにを食べるのか。大勢の兵士の食料をどうやって運ぶのか。馬は一日にどれほど進めるのか。北国の兵士は本当に雪の中でも戦えるのか。
セレンにも知らないことは多かった。それでも知っていることは答え、知らないことには知らないと答えた。そうすると翌日、図書室で調べてから続きを話すこともあった。
ある日、廊下の向こうからリュシアンとアランの声が聞こえた。
「兄上は強くて、なんでも知ってるんだぞ!」
誰に話しているのだろうと思いながら角を曲がると、あの双子と従者がいた。
「なんでもは知りませんよ。昨日も知らないことがありました」
「兄上!」
「でも今日調べて教えてくれただろ」
「調べればわかることでしたから」
「ほら、やっぱり知ってる!」
どう訂正すればいいのかわからず、セレンは諦めた。
第五王女ソフィアと話すようになったのも、その頃だった。
庭で花壇を見ていると、まだ五歳にもならない、幼い妹が従者に連れられてよちよちとやって来た。
「兄さま、これ、なあに?」
小さな指で差された花を見る。白い、可憐な花だった。
「……わかりません」
「兄さま、知らないの?」
「知らないものは、たくさんあります」
「じゃあ、どうするの?」
セレンは庭の向こうにいた庭師を見た。
「聞いてみましょうか」
「うん」
そうして二人で庭師のところへ行った。名前を教えてもらい、翌日は別の花を聞いた。その次の日には、昨日覚えた花をソフィアが見つけた。
「これ、昨日の!」
「はい。覚えていましたね」
「兄さまも?」
「覚えています。……ソフィア? せっかくなので、あなたの髪に挿しましょうか」
「うん!」
そんなことを繰り返しているうちに、城へ戻って一週間が過ぎた。
図書室へ行くようになった。食事の量を増やしてほしいと言えるようになった。庭で剣を振り、弟たちと話し、妹と花の名前を覚えた。
誰にも許可を求めていなかった。図書室へ行ってよいですかとも、庭へ出てよいですかとも聞かなかった。王族として入ってはいけない場所へ入ったわけではない。ただ、自分が行きたい場所へ行った。
それでも、誰もなにも、言わなかった。
庭の長椅子で本を読んでいたセレンは、頁から顔を上げた。
少し離れたところでは、リュシアンとアランが剣を振っている。ソフィアは庭師の後ろをついて歩き、今日もなにかを尋ねていた。
セレンは城を見上げた。
ずっと同じ場所にあった城だった。
自分が知らなかった図書室も、庭も、そこに暮らす弟や妹も、昔からここにいた。
あの頃の自分には、ここまで来ることができなかった。
けれど今は、歩いて行ける。頼めばいい。行きたい場所へ行けばいい。知らないなら聞けばいい。嫌なら嫌だと言ってもいい。
そう思ううちに、なんだ、こんなことだったのか、と腹の底に溜まっていたものが抜けるようだった。
そう思った時、正門の方が騒がしくなった。セレンは本を閉じた。
馬車が一台、城門を抜けてくる。長旅をしてきたらしく、車輪にも車体にも乾いた泥が付着していた。
「誰か帰ってきたのかな」
「なにも聞いてないけど」
木剣を抱えたリュシアンとアランが隣へ来る。花壇から駆けてきたソフィアまで、当然のようにセレンのそばへ並んだ。
「さあ」
セレンにも心当たりはなかった。
馬車が門の前に停まり、従者が扉を開ける。
中から、一人の女性が降りてきた。最後にまともに顔を合わせたのがいつだったのか、すぐには思い出せなかった。それでも、面影は残っている。長い髪を結い、花飾りを挿した頭。父親に似た、勝気な瞳。
「……リネア?」
本来リヴァルの元へ嫁ぐはずだった、第四王女。
その名を口にした頃には、向こうもこちらを見ていた。
「……兄上? 兄上なのね!」
「はい。……お久しぶりです、リネア」
セレンが妹に微笑むと、彼女は従者の忠告も振り切ったまま、裾が広がるのも気にせずに足早にセレンへと近付いた。
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