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16.祖国にて-6
リネアはそのまま数日、王城に滞在することになった。急いで辺境伯領を発ってきたため、兄の様子を見てから帰るつもりらしい。
翌日、庭でリュシアンとアランの稽古を眺めていると、隣にいたリネアが尋ねた。
「そういえば、兄上の部屋はどこなの?」
「地下です」
「……地下?」
「以前使っていた塔は物置になっていましたので、空いていた部屋を使わせていただいています」
「あら。それでいいの?」
セレンは考えた。窓は小さく、昼でも薄暗い。図書室や庭からも遠く、剣を持って階段を上がるのも面倒だった。
「不便ではあります」
「だったら変えてもらえばいいじゃない」
「ですが、用意していただいた部屋ですから」
リネアは呆れたように兄を見た。
「兄上、私に言ったでしょう。嫌なことには嫌だと言えるようになったって」
たしかに言った。食事が足りなければ増やしてほしいと言った。剣を振りたければ庭へ出た。それなのに部屋だけは、案内されたという理由でそのまま使っている。
「……そうですね」
「自分のことになると忘れるのね」
「では、変えてもらえるか聞いてきます」
「今から?」
「はい」
侍従長を探し、地下の部屋ではなく、地上階の空室を使いたいと伝えた。侍従長は驚いたものの、返事はあっさりしていた。
「かしこまりました」
それだけだった。
言えば、それで済むことだったらしい。
午後には新しい部屋が決まり、使用人たちが荷物を運び始めた。セレンも本を抱えて階段を上がっていると、廊下の先から声がした。
「なにをしている」
父王だった。
「部屋を移しております」
「誰の命令だ」
「命令ではありません。私がお願いしました」
父王の眉が寄った。
「与えられた部屋が気に入らないと?」
「はい。地下は日当たりが悪く、庭や図書室からも遠いので、不便でした」
以前なら、この声を聞いただけで自分が間違っていたのだと思って、怯えていたかもしれない。けれど、不便なのは事実だった。
「空いている部屋があると伺いましたので、そちらを使わせていただきたく」
父王はなにも言わなかった。その目が、使用人の抱えている練習用の剣へ向かう。
「その剣はなんだ」
「私のものです。グランディオで習いました」
「お前が、剣を?」
「はい。こちらでも弟たちと稽古をしています」
今度はセレンの腕に抱えた本を見る。
「それは?」
「兵站と北方交易についての本です」
父王はしばらくセレンを見ていた。
「もう行ってもよろしいでしょうか」
やがて父王が道を空ける。
「行け」
「はい」
セレンはその横を通り過ぎた。背後からまだ視線を感じたが、振り返ることはなかった。
新しい部屋には大きな窓があり、初夏の日差しが床まで届いていた。様子を見に来たリネアが、窓辺から室内を見回す。
「変えてもらえたじゃない。お父様にはなにか言われた?」
「なにをしているとは聞かれましたが、戻れとは言われませんでした」
セレンは窓から庭を見た。遠くに、弟たちの使う稽古場が見える。
「言ってみるものですね」
その言葉は、柔らかい風に攫われて行った。
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