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17.銀白の礼装-1

 数日後、セレンのもとへ父王から使いが来た。翌晩、王城で開かれる宴へ出席するようにとのことだった。 「私も、ですか?」 「はい。陛下より、第一王子殿下にもご列席いただくようにと」  セレンは思いがけない言葉に、手元の本を閉じた。王位継承権を失ってから、宴へ呼ばれた記憶はほとんどない。塔の窓から遠くの灯りを眺めていただけだった。 「わかりました。出席いたします」  使者が去ったあと、セレンは開いていた頁へ目を戻したものの、文字はなかなか頭に入ってこなかった。王族として、自分にもできることがあるのだろうか。  グランディオでは兵站や外交について学び、実際に北方の土地や戦場も見た。ルミナリアへ戻ってからも交易や国境、政治にについて調べている。宴に外国の使節や有力貴族が集まるのなら、自分が知っていることも役に立つかもしれない。  そう考えると、翌日の宴が少し楽しみだった。  夜会の日の午後、支度のために母がセレンの部屋を訪れた。 「母上」 「今夜の衣装を見に来ました。本日の夜会に出席すると。私は、体調が優れず部屋で休むことにしたのですけれど」 「そんな。でしたらお部屋でお休みになられてください」 「いいえ。せっかくなので、選ばせてください」  そう言われて少し面食らったものの、にこにこと楽しそうな母を見ていると、セレンは断れなかった。 「わかりました」  侍女たちが運び込んだ衣装を確かめ、母は濃紺の一着を選んだ。初夏のルミナリアに合わせた薄手の礼装で、襟や袖口には金糸で細かな草花が刺繍されている。華美ではないが、第一王子として宴席へ出るには十分なものだった。 「これがよいでしょう。あなたには、この色が似合います」 「ありがとうございます。……私も、そちらがいいと思っていました」  セレンが受け取ろうとしたところで、別の従者が部屋へ入ってきた。 「王妃陛下。国王陛下より、セレン殿下にはこちらをお召しになるようにと」 「この衣装を?」 「はい。陛下から、必ずこちらをお召しになるようにとのお言葉です」  後ろに控えていた侍女が、新たな衣装を広げる。  それは、真白の薄布を幾重にも重ねた礼装だった。肩から腰へ流れる布には細い銀糸で蔓草の文様が縫い込まれ、襟元や帯には淡青の宝石が散らされている。母の選んだ礼装よりも布地は薄く、手を入れて見ると肌地が透けて見えた。風を含めば揺れるほど軽やかな作りなのに、窓から入る夕陽を受けるたび、銀糸と宝石がきらきらと光って眩しい。  母の目が、衣装から従者へ移る。 「……これを、陛下が?」 「はい。装飾品もこちらをとのことでございます」  卓上へ箱が並べられた。金細工の腕輪や首飾り、色石を連ねた髪飾りまで揃っている。  セレンは濃紺と銀白、二着の衣装を見比べた。 「こちらの方が、宴には相応しいのでしょうか」  母に尋ねると、少し歯切れの悪い答えが返ってくる。 「相応しいというより……目を引くでしょうね」  セレンは銀白の衣装をもう一度眺めた。これほど目立つ衣装を、わざわざ父が用意した。 父が自分を宴へ呼んだことと合わせれば、なにか意図があるのかもしれない。  それでも、国王からの命である以上、拒む理由はなかった。 「わかりました。こちらを着ます」 「セレン」  母に呼ばれ、セレンは顔を向けた。 「あなたは、本当に着たいのですか」 「私が、ですか?」 「ええ」  改めて聞かれ、セレンは銀白の衣装を見る。少し華美すぎるとは思う。自分で選べと言われたなら、母が選んだ濃紺の方が落ち着くし、そちらの方が相応しいのではとも思う。 「濃紺の方が好きです」 「でしたら、そちらを──」 「ですが、父上が指定されたのでしたら、理由があるのでしょう?」  母の言葉が途切れた。 「今夜は外国の使節もいらっしゃるのですよね」 「……ええ」 「なら、こちらを着ます」  王族として久しぶりに与えられた役目だった。必要があって目立つ装いを求められているのなら、それも務めの一つなのだろう。  母はそれ以上勧めなかった。  セレンが銀白の衣装へ袖を通す。軽い布は身体の動きを妨げず、細かな銀糸が動くたびに光を拾った。侍女が帯を整え、首元へ宝石を飾ろうとする。 「少し、多くありませんか?」 「陛下からのお申し付けですので」 「そうですか」  言われるまま任せていると、母が侍女の手元を見た。 「首飾りはそれだけでいいでしょう。腕輪も一つにしなさい」 「ですが、陛下からはすべてを──」 「衣装だけで十分に華やかです。これ以上つければ、かえって品がなくなります」  侍女は少し迷ったものの、王妃に逆らうことまではできなかったのか、いくつかの装飾品を箱へ戻した。  セレンは鏡越しに母を見た。 「ありがとうございます」 「私は、あなたに似合うようにしただけです」  やがて侍女が長い白灰色の髪を整え始めた。淡青の宝石を連ねた髪飾りが取り出されたところで、セレンは思い出して自分の荷物へ手を伸ばした。 「あの。髪飾りだけ、私のものを使ってもよろしいですか」  取り出したのは、グランディオから持ち帰った髪留めだった。  母はそれを見て、すぐに誰から贈られたものなのか察したらしい。髪留めを手に取った母は、それをそっとセレンへ差し出した。 「では、こちらを使いましょう」  父王が用意した髪飾りは箱へ戻された。  母の手で髪留めが挿される。鏡の中には、白と銀に包まれた自分がいた。薄い布が肩から流れ、淡青の宝石が光を返している。塔にいた頃の自分とはまるで違う。 「よく似合っています」 「ありがとうございます」  セレンは髪留めに触れた。華やかな衣装の中で、そこだけがグランディオから持ってきたものだった。 「……セレン」 「はい?」  母は鏡越しに息子を見ていた。 「今夜、もし嫌だと思うことがあれば」  続く言葉を待ったが、母はすぐには口を開かなかった。やがて、セレンの肩にかかっていた薄布の位置を整える。 「……いえ。あなたなら、もう自分で決められますね」  セレンは母を見た。 「はい」 「行ってらっしゃい」 「行ってまいります」  セレンは立ち上がった。薄い裾が足元で揺れ、銀糸が夕暮れの日差しを弾いた。  父がなぜ自分を宴へ呼び、これほど人目を引く衣装を選んだのか、その時のセレンはまだ知らなかった。

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