61 / 74

17.銀白の礼装-2

 宴の間へ入ると、すでに多くの客が集まっていた。ルミナリアの有力貴族だけでなく、外国からの使節らしい者もいる。 「第一王子、セレンディウス・シエル・フォン・ルミナリア殿下」  名を告げられると、いくつもの視線がセレンへ集まった。小さなどよめきやため息まで聞こえてくる。セレンは一礼し、父王に示された席へ向かう。外国使節や有力貴族の並ぶ卓だった。使節や貴族は料理から顔を上げ、一斉にセレンを見る。席やつくやいなや、彼らは思い思いにセレンへと声を掛けた。 「グランディオよりお戻りになられたとか」 「北方で暮らしておられたのでしたな」 「はい、しばらくの間ですが。グランディオでは近年、東部街道の整備が進められております。ルミナリアとの交易にも──」 「それにしても、お美しい」  話を遮られ、セレンは口を閉じた。 「ご婚礼の際にも評判でしたが、まさに真珠を溶かしたようなお御髪だ」 「これほど長く艶やかな髪も珍しいですな。絹糸よりもお美しい」 「お肌も白百合の花弁に似ております。今宵の銀白のお召し物によく映える」 「月から舞い降りたかのようなお姿、麗しゅうございます」 「……ありがとう、ございます」  礼を返しながら、セレンは居心地の悪さを覚えた。  髪。肌。瞳。衣装。  視線が自分の上を行き来するたび、次はどこを見られるのだろうと思ってしまう。寝台で寝そべりながら、リヴァルに髪を褒められた時のことを思い出す。けれどあの時とは明確に違う。あの時、リヴァルは自分の髪を「価値」としてではなく「妻」として見てくれた。  だからだろうか。彼らになにを言われても、これっぽちも響かなかった。 「これほどの方を手放されたとは、グランディオの第二王子殿下も惜しいことをなされた」  ヒキガエルのような見た目をした、ルミナリアの礼装を纏った一人の貴族がそう言った。 「リヴァル様が、私を手放したわけではありません。離婚を申し出たのは私です」 「では、現在はどなたとも?」 「婚姻関係にはありません」 「それはそれは」  相手の表情が明るくなった。 「殿下ほどの方なら、再び良縁にも恵まれましょう」 「あ──いえ。今は考えておりません」 「世継ぎを望めないと伺っておりますが、それを気になさらぬ方もおりますよ」  セレンは相手を見た。貴族の男はセレンを見つめながら、杯に注がれた葡萄酒をぐびぐびと飲み干す。そしてその視線が、セレンの腹のあたりに注がれる。ぞわ、と悪寒がセレンの背中を駆け抜ける。思わず腹に手を当てると、酒で濡れた唇が満足そうに歪んだ。 「私にはすでに跡継ぎがおりますから、殿下が子を成せずとも問題ありません。むしろ、これほど美しい方を妻に迎えられるのですから、私としては願ってもない話です」 「……そうですか」  以前なら、安堵したのかもしれない。発情期の来ない自分でも構わない。子を成せなくても必要としてくれる。それはずっと、セレンが欲しかった言葉だったはずだ。  けれど、少しも嬉しくなかった。  この人たちは、自分の魔法を知らない。兵站についてなにを学んだのかも、戦場でなにをしたのかも知らない。それなのに、髪や肌を褒め、子を成せなくても構わないと言う。  なにを見て、自分を欲しいと言っているのだろう。 「セレン」  父王に呼ばれ、席を立った。 「こちらへ。紹介しておきたい方がいる」  傍らには見知らぬ男が立っていた。セレンを見る目が、顔から髪、銀白の衣装へと移っていく。 「こちらが第一王子です」 「なるほど。これは……お噂以上ですな」  まただ。なぜだろう、虫酸が走る。  セレンはつい父へと歩み寄り、すかさず耳打ちした。 「父上。私は、なんのために今夜ここへ呼ばれたのでしょうか」 「王族として、外交の席へ出るためだ」 「でしたら、なぜ誰も私に北方について尋ねないのでしょう」  セレンが言い返すと、父王の眉が寄った。 「私はグランディオで交易や兵站について学びました。戦場へも行きました。ルミナリアへ戻ってからは、政治についても学ぼうとしております。ですが、今夜聞かれたのは、髪や顔や、次の婚姻についてばかりです」 「セレン。今はその話をしているのではない」 「では、どういったお話をなさるおつもりだったのですか」  父王の鷹のような目がセレンへと向けられた。セレンは怯まなかった。  改めて、自分の衣装を見る。母が選んだ濃紺ではなく、父から指定された、ひときわ目を引く銀白の礼装。  ようやくわかった。  父が見せたかったのは、グランディオでなにを学び、なにができるようになった第一王子ではない。美しく着飾らせれば、世継ぎを望めなくても欲しがる者がいるオメガだった。 「セレン。席へ戻れ」 「……嫌です」  父王の、普段動じない目がわずかに見開かれた。 「私は、もう婚姻相手を探していただくつもりはありません」 「王族である以上、国のために──」 「私も、その国に生きる一人です」  セレンは父を見た。 「ですから、私自身を守ることも、国のためにすることから外さないことにしました」  以前なら、「国のため」と言われれば従っていた。けれど、自分を守るべきものの中に入れろと教えてくれた人がいる。 「申し訳ありません。その役目はお受けできません。……失礼いたします」  セレンは一礼し、宴の間を出た。  廊下へ出ると、髪に触れた。指先に、リヴァルからもらった髪留めが当たる。  会いたい。  何度そう思っても、離婚を選んだのは自分なのだからと押し込めてきた。  けれど今、自分で「嫌だ」と言ってあの席を立った。  一度自分で選んだのなら、その先だって、自分で選んでいいはずだった。  セレンは宴の間へ背を向け、一度も振り返ることなく歩き出した。

ともだちにシェアしよう!