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17.銀白の礼装-3

 自室へ戻って服を脱ぎ捨て、簡易な部屋着へ着替える。そのまま寝台に体を預けて顔を埋めていると、扉を叩く音が聞こえた。のそのそと起き上がって扉を開けると、部屋の前に母が立っていた。従者は連れていない。セレンは思わず目を瞠った。 「母上。お体の具合は大丈夫なのですか」 「ええ。あなたの方こそ、顔色がよくありません。……どうかされましたか?」 「私は大丈夫です」  母を部屋へ招き入れ、椅子に座らせる。床に乱雑に脱ぎ捨てられた銀白の衣装を目にした母は、悄然とした顔つきでセレンを見ていた。 「宴を、途中で出たそうですね」 「はい」  セレンは衣装を拾いながら、言葉を探した。 「申し訳ありません。父上の命で用意された衣装でしたし、母上も私のために衣装を選んでくださったのに……途中で退室してしまいました」  そう謝罪しながら俯きかけると、「謝らなくていいのです」と優しい声が聞こえる。 「ですが、母上にも、父上にも、恥をかかせてしまったのではないかと思って」  そこで一瞬、言葉が途切れる。 「……それでも、嫌でした」  母はなにも言わなかった。息子を案じるような面持ちで、じっと見ている。 「王族として呼ばれたのだと思っていました。グランディオや、ここに帰ってきて学んだことを話せるかもしれないと、楽しみにしていたのです。ですが、誰も私がなにを知っているのか、なにをしてきたのかは興味がありませんでした」  セレンは首飾りを外して卓へ置いた。 「……そうですか」 「母上は、父上の意図をご存じだったのですか」  おそるおそる尋ねると、母は小さくため息をつく。 「衣装を見た時に、そうではないかと思いました」 「では、なぜ教えてくださらなかったのですか」 「……怖かったのです」 「怖かった?」 「あなたに伝えれば、きっと行かないと言うでしょう。けれど、陛下の命に逆らえば、今度こそあなたの立場がどうなるのか……私は、考えるだけで怖かった」  母は手を震わせながら、静かな声でそう言った。 「私は濃紺の衣装を選び、装飾品を減らしました。それで、あなたを守っているつもりになっていたのでしょう。陛下にやめるべきだとは言わなかったのに。……申し訳ありません」  セレンはなにも言わなかった。母が自分を案じていたことはわかる。それでも、父の意図を止めなかったことも事実だった。 「グランディオへ送られた時も、嫌だったのですか」 「……あの時は、嫌かどうかを考えたことがありませんでした。国のためなら、それでよいと思っていましたし、王子として当然だと」 「今は?」 「嫌なら嫌だと言っていいと知りました。自分がどうしたいのかを考えてもいいと」  セレンは髪留めに触れた。 「リヴァル様が教えてくださったのです」  母の黒い双眸が、セレンを見ていた。 「……あの方を、愛しているのですか」 「はい。会いたいです」  迷いはなかった。  口にしてしまえば、思ったよりも簡単だった。 「ですが、自分から離婚を申し出たのに、戻りたいと思うのは勝手だと思っていました」 「今は?」 「……それでも、会いたいと思うことまで諦めなくてもいいのだと思います」  母はそれ以上尋ねなかった。部屋を出る前、セレンの髪留めを見て言った。 「あなたのことを、もっと聞けばよかったですね。なにが好きで、なにが嫌で、どうしたいのか」  セレンには、それを否定する言葉も慰める言葉もなかった。  母が去ったあと、セレンは窓を開けた。初夏の夜風が長い髪を揺らす。  ふと、グランディオでリヴァルが弾いていた曲を思い出した。窓辺を指先で叩き、覚えている旋律を口ずさみながら辿ってみるが、どうしても途切れる。曲の名前も、続きも知らない。 「……聞けばよかったですね」  聞きたいことが、まだたくさんあった。楽器を教えてくれるという約束だってしていた。まだ、果たせていない。  セレンは髪留めを外し、掌へ載せ、そっと握り込めた。  帰りたい。  生まれ育ったルミナリアにいるのに、浮かんだ場所はここではなかった。  セレンは鼻を啜った。頭には、市井で暴君と噂されていた彼の眼差しが蘇る。  彼と共に食事をし、戦場を駆け、愛を交わし、共に眠った。その日々が、恋しかった。  翌朝になっても同じ気持ちなら、もう一度考えればいい。  そう決めて、セレンは眠りに就いた。

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