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18.もう一度、貴方の隣で-1
翌朝、セレンはいつもより早く目を覚ました。窓の外はまだ薄明るく、王城も静かだった。
昨夜と気持ちは変わっていなかった。
グランディオへ行きたい。リヴァルに会いたい。
その気持ちが胸にいっぱい詰まっていて、今にも別の形で溢れそうだった。
セレンは寝台を出ると、旅に使えそうな服へ着替えた。鞄には着替えを数枚と水筒、それから手持ちの金を入れる。本棚の前では少し迷い、今までずっと読んできた戦術書を一冊だけ選んだ。
最後に、卓上へ置いていた髪留めを手に取った。長い白灰色の髪をまとめ、それを挿す。
父と母には、短い手紙を残した。
『グランディオへ行きます。これは、私の意思です。誰の命令でもありません。ご心配なさらないでください。どうか、お元気で』
それ以上は書かなかった。許しを求める言葉も必要ないと思った。
鞄を肩に掛け、部屋を出る。正門を通れば止められる可能性があるため、昔から知っている使用人たちの出入口へ向かった。朝の物資を運び込む者たちに紛れれば、城外へ出られるはずだった。
「……兄上?」
背後から呼ばれ、セレンは振り返った。
廊下の向こうにリネアが立っていた。まだ朝の支度も済ませていないらしく、肩に薄い羽織を掛けている。視線がセレンの旅装から鞄へ移った。
「その荷物、どうしたの?」
「出かけます」
「どこへ?」
リネアは数秒、なにも言わなかった。
「……お父様や、お母様には?」
「申し上げておりません。ですが、手紙を残しました」
「つまり、黙って出ていくの?」
セレンが首肯すると、リネアは信じられないものを見るように兄を眺めた。
「兄上は……お一人で?」
「そのつもりです」
「グランディオまで何日かかると思ってるの。馬車は? 護衛は? お金は?」
「ありません。お金なら、少しはありますが」
「ちょっと待って。それでどうやって行くつもりなの?」
「それは、途中で考えます」
「そこは考えてから出なさいよ」
もっともだった。けれど、考えているうちに父へ知られれば、今度こそ一人では出られなくなるかもしれない。セレンが二の足を踏んでいると、リネアが「ちょっと待ってて」と言って自室に引っ込む。渡されたのは螺鈿をあしらった漆塗りの小物入れだった。箱を開けると、宝石をあしらった首飾りや耳飾りがいくつか入っている。
「これ、持って行って。お金が足りなくなったら、それごと売るといいわ」
「そんな。これはリネアのものでは」
「いいのよ。似たようなのは他にもあるから」
「……そういう問題では」
「そういう問題よ。護衛も馬車もないんだから、お金まで持たずに行かれたら困るでしょう。どこぞの国で行き倒れになる方が問題だわ」
そう言われると、なにも言い返せなかった。
「ありがとうございます」
そう言って、セレンはリネアから受け取った箱を閉め、そっと鞄の奥にしまった。
「……第二王子に、会いに行くのね」
「はい」
「離婚したのに?」
「はい。……リヴァル様に、会いたいので」
リネアの鳶色の瞳が、セレンの髪に挿された髪留めを見る。リネアは再度の顔を見つめ、それから廊下の脇へ退いた。
「なら、行って」
「……よいのですか?」
「そこで私に許可を取らないでよ」
言われて、セレンは納得した。
「そうでした」
リネアは使用人用の門へ続く廊下を見た。
「朝の荷馬車が出るところよ。今なら門も開いてる」
「ありがとうございます」
「兄上。今度は、自分で決めたのよね」
「はい。……私が、行きたいのです」
セレンは迷わず答えた。
リネアはそれ以上引き止めなかった。満足そうに微笑みを浮かべ、セレンの背中をぐいと押した。
「なら、行ってらっしゃい」
「はい。……行ってきます」
最初にこの国を出た時は、自分がどうなるのかわからなかった。父に命じられ、用意された馬車へ乗り、自分でなにも選べないまま北へ運ばれた。
今は違う。
誰にも命じられていない。誰の許可も得ていない。迎えの馬車さえない。
それでも、行き先だけはなによりもはっきりしていた。
セレンは城門の向こうへ足を踏み出した。
グランディオへ。
リヴァルのところへ。
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