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18.もう一度、貴方の隣で-2
使用人たちの荷馬車が城門を抜けるのに紛れ、フードを目深に被ったセレンは、しばらく歩いてからルミナリア王城を振り返った。
石造りの城壁は朝日に照らされ、ここを発った時の姿のままそこにあった。しばらく眺めたのちセレンは背を向け、自分の生まれ育った場所へ、二度目の別れを胸の内で告げた。
城が見えなくなるまで歩いても、不思議と足は止まらなかった。
街道には旅商人や荷馬車が行き交い、畑では農夫たちが朝の仕事を始めている。誰もセレンを第一王子とは思わず、ただ一人の旅人として通り過ぎていく。
それが少し心地よかった。
昼近く、小さな村へ着くと、露店から焼きたてのパンの香りが漂ってきた。
腹が鳴る。グランディオにいた頃なら、食事の時間になるとリヴァルが当然のように声を掛けてきた。
『食うぞ』
短い一言だけだった。
それだけで席につき、向かいへ座ることが当たり前になっていた。
露天でパンを買い、一口かじる。柔らかな甘みは、グランディオの黒パンとはまるで違った。
──リヴァル様は、こちらのパンも召し上がるのでしょうか。
そんなことを考えた自分に気付き、セレンの口角がわずかに上がる。
本人に会えたら、聞いてみようと思った。
街道を北へ進みながら、何度も地図を広げる。グランディオまでの道は一度通ったはずなのに、その頃は馬車へ揺られていただけで、自分がどこを走っているのかさえ知らなかった。
今は宿を決めるのも、食事を取る場所を選ぶのも、今日どこまで進むかを決めるのも、すべて自分だった。
茶屋では初めて自分で代金を払い、宿では初めて値段を聞いて部屋を借りた。
数日が過ぎた頃、宿を発つ前にセレンは鞄の中を整理していた。着替えを取り出して畳み直し、水で満たした水筒を戻し、一度取り出した荷物を再び鞄の中へしまっていく。
「……?」
ふと、荷物の中身が一つ減っていることに気が付いた。慌てて鞄から荷物を取り出し、再び床へ並べていく。
「……ない」
何度も確認して、愕然とした。リネアからもらった、宝石箱がなくなっている。リネアが「困ったら売りなさい」と持たせてくれたものだった。
そのことに気づいた途端、セレンは髪へ手をやった。
「……髪飾りは?」
慌てて髪から外し、掌に載せる。
あった。
「……よかった」
胸を撫で下ろしてから、セレンは髪飾りを握り直した。
結局、貸し与えられた部屋中を探し回っても、宝石箱は出てこなかった。
宿を出る主人に聞いても、首を振るばかりだった。むしろ無用心だと叱られてしまった。
この宿に来るまでの旅路を思い出す。いつなくなったのか、盗まれたのか、それとも落としてしまったのか。考えてもわからなくて、セレンはため息をついた。
財布の方は肌身離さず身につけていたからか、無事だった。とはいえ、セレンの持ち金など決してそう多くはない。セレンは財布を開いて硬貨を数え、これでどうやって北までたどり着くか、歩きながら考えていた。結局、考えてもわからなかった。それでもセレンは、北を目指した。
財布の中から一枚ずつ硬貨が減っていくたび、この旅は思っていた以上に現実的なものなのだと知り、セレンはやるせなさを抱きながらも、誤魔化しながら進んだ。
数日が過ぎた。食事は一日一度まで減らし、宿が取れない夜は街道を外れた林で休んだ。朝起きれば川の水で顔を洗い、また歩き出す。そんな日が続いた。
小国のルミナリアの国境はあっという間に越え、次の国へとたどり着いた。けれど宿代を聞いて財布を開いたセレンはしばらくのあいだ固まり、それから小さく口を開いた。
「……申し訳ありません」
結局泊まるのを諦めたセレンが宿を出たあと、街道の外れに建つ小さな礼拝堂で一夜を明かすことになった。
事情を聞いた神父はなにも詮索せず、温かなスープとパンを差し出してくれた。セレンが申し訳なさそうにしていると、神父は穏やかに言った。
「誰かの助けを借りることを恥じなくていいのです。ただ、いつか余裕ができた時に、今度はあなたが誰かへ返してあげなさい」
「……はい。忘れません」
翌朝、街道を歩きながらセレンは財布を開く。硬貨の数は昨日と変わらなかった。
この先も人の親切に頼り続けるわけにはいかなかった。けれど本当にグランディオまで辿り着けるのかと自問した途端、セレンの胸はきりきりと細い糸で縛られたみたいな痛みに苛まれた。
その日の昼過ぎ、街道沿いの町へ入ると、「古物買い取ります」と書かれた小さな看板が目に留まった。そこでセレンはリネアの言葉を思い出していた。
『お金が足りなくなったら、それごと売るといいわ』
宝石箱はない。それでも、他になにか売れるものがあるかもしれない。
セレンはしばらく立ち止まり、気が付けば静かに店の戸を押した。
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