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19.あの日の続きを-1

   ◇ ◆ ◇ 「──殿下、こちらを」  差し出された封書を見て、リヴァルは眉をひそめた。  リヴァルの執務室にやって来たノエは、数々の封書を次々と並べていく。リヴァルはノエと封書を交互に見て、それから目の前の近侍を睨んだ。 「……なんだ、これは」 「婚姻候補者のリストです」 「は? いらん」 「まだ中身もご覧になっていませんが」 「見る必要がない」  ノエは並べた封書の角を揃えながら言う。 「セレン殿下との婚姻が解消される可能性がある以上、当然の準備です。第二王子殿下である貴方が独身に戻れば、国内外から縁談が来るでしょう」 「捨ておけ」 「それは陛下がお決めになることです」  リヴァルは苛立ったように書類を掴み、くしゃりと握り締めた。 「兄上は許容したのか」 「はい」  あっさりとした頷きが返ってくる。もう一度彼を睨みつける。だがいくら睨みを効かせても、この近侍には通用しない。それを腹立たしく思いながら、リヴァルはノエが並べた封書を束ね、机の端へと遠ざけた。 「俺はセレン以外に考えていない」 「それなら、なおさら考えるべきことがあります」 「なんだ」 「セレン殿下の方です」  ノエの手が束になった封書をもう一度揃え、その一番上にあるのを一枚、取り上げる。 「今回の婚姻が白紙になった場合、向こうにも次の縁談が舞い込む可能性があります。小国とはいえ、第一王子殿下ですからね。まして今回の件でグランディオとの婚姻がなくなれば、ルミナリアにとっても新しい婚姻相手を探す理由は十分にあります」 「……」 「ひょっとすると、もう話が来ているかもしれませんね」 「セレンに?」 「誰の話をしてると思ってるんです」 「……別の男と?」 「可能性の話です」  リヴァルは返事をしなかった。 「殿下?」 「……嫌だ」  そんな声が漏れた。自分でも、なぜそんな言葉が出たのかわからなかった。 「なにがです?」  ノエの問いに、リヴァルは握り潰した書類を見た。 「……セレンが、別の男のところへ行くのが嫌だ」 「随分素直ですね」  口にしてから、ようやく自分がなにを恐れているのかわかった。  セレンを帰したのは、自分だ。  あいつがルミナリアへ帰りたいと言ったから、それを尊重した。自分のそばにいてほしいからと、あいつの意思を無視したくなかった。  だが、あの時もう一度「行くな」と言っていたら。 「……俺が、言えばよかったのか。あいつに、行くなって」  ノエが眼鏡を押し上げた。 「ようやく、おわかりになりましたか」 「……うるさい」  いつになく弱々しい声で言い返すと、眼鏡の奥の目が光る。 「正直、お二方を見ているとイライラします」 「なんでお前が苛立つんだ」 「殿下は相手の意思を尊重するあまり、自分の望みを言わない。セレン殿下は殿下の望みを知りながら、自分から身を引こうとする。どちらも相手に決めさせようとして、肝心なことを自分で言わない」  言い返せなかった。  ノエは机の書類をまとめながら、ふと口にした。 「……まあ、今回の噂については、心当たりがないわけではありませんが」  それを聞いた途端、リヴァルの心はざわりと粟立った。 「誰だ」 「まだ確証はありません。ただ、以前からルミナリアとの同盟そのものを嫌っていた者がいます」 「同盟を?」 「ええ。対等な同盟ではなく、ルミナリアをグランディオの属国として従わせるべきだと主張していた者です」  リヴァルは顔を上げた。──そういえば、正式な婚姻を申し込む前、御前会議でそんな話が以前上がっていた気がする。リヴァルの頭の中に、何人かの大臣の顔が浮かぶ。 「そいつが、セレンを?」 「さあ。ですが、今回の噂が誰にとって都合がいいのかを考えれば──調べる価値はあるでしょう」  ノエは怜悧な眼差しでリヴァルを見る。その視線を受けて、リヴァルは椅子から立ち上がった。 「ノエ。その調査、頼めるか」 「もう着手しています」  眼鏡を掛けた軍人の口角が、片方だけ持ち上がった。頷いたリヴァルは椅子から立ち上がったまま、掛けてあった外套に近付き、それを手に取る。 「……なら、俺はやるべきことをやる」 「殿下、なにをお考えで」 「セレンを迎えに行く」  今度は、あいつがなにを選ぶのかを聞きに行く。ただし、今度こそ自分の望みも伝える。 「俺は、あいつの隣にいたい。ルミナリアで婚約者候補を募っていたら、俺も立候補すればいい」 「元夫が立候補って正気ですか……なぜ、そこまで?」  リヴァルは少し考えた。 「抱き締めると、安心したみたいな顔をする。好きなもんを食ってるときは、少しだけ嬉しそうにする。真面目で、賢くて……第一王子としての誇りも捨てていない。名前を呼べば、こっちを見る。普段より目が明るくなるんだ。あれが好きだ。きらきらして、子供みたいになって」  ディノと触れ合っているときの横顔も、好きだった。口付けに慣れていなくてぎこちないところも、抱いていると甘えるように身を寄せてくるところも。 「……全部、好きだ」  ノエは黙ってリヴァルを見る。呆れているようにも、うんざりしているようにも見えた。 「だから、俺は王子をやめてもいい」 「は? 本気ですか」 「王子じゃなくなっても、俺はあいつの隣にいたい」  最初の婚姻は国が決めた。相手の顔も知らないまま大聖堂へ行き、そこに立っていたセレンと夫婦になった。 「今度は、俺が選ぶ」  あいつがなにを、誰を選ぶのかを聞きに行く。  そう口にすると、ノエはやれやれと息を吐いた。 「ようやくそこまで辿り着きましたか」 「うるさいな、お前も」 「正直、遅すぎるくらいですが」 「ノエ」 「事実です。……ヤオも塞ぎがちでしたが、セレン殿下が戻ってこられるなら彼も喜ぶでしょう」 「わかるのか? どう見てもいつも通りだったが」 「一応彼の教育担当は私ですから」 「そうか」 「……とはいえ、戻ってくるとは限りませんよ」 「わかってる」  ノエは封書の束を回収する。わかっていて持ってきたのかと思うと少し腹が立つが、これで迷いは断ち切れた。  リヴァルは外套を羽織る。磨いた剣を腰に下げ、簡単に準備する。そして部屋を出た。  目指す先は、南だった。

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