69 / 74

19.あの日の続きを-3

 厩舎にディノとアルバを繋ぎ、びしょ濡れになった荷物を抱えて宿に入る。宿主である女将が、二人を見て出迎えてくれた。代金はリヴァルが支払った。  城で過ごした部屋よりもうんと狭いそこへ、リヴァルと二人で入る。女将から乾いた手ぬぐいを受け取ったリヴァルは、セレンの濡れた体を拭いてくれる。自分で拭けると主張するか迷ったが、結局セレンは甘えることにした。 「……寝台、一つしかないな」  ふと、部屋の奥にある古い寝台にリヴァルが目をやる。一人で寝るには十分だが、二人で寝るとなるとかなり狭そうだ。 「二つあるお部屋は?」 「満室だそうだ」 「左様ですか」  そこまで言って、セレンはリヴァルが別のことを考えているような気がした。 「ご不満……ですか?」 「お前が休まらないだろう」 「……私は平気です。むしろ、その方が近くに居られるので」 「そうか」 「はい。……殿下の近くは、安心します」  セレンの言葉に、リヴァルはセレンの体を拭く手を止めた。しばらく考えたのち、フンと鼻を鳴らす。セレンは首を傾げた。 「どうかされましたか?」 「いや。前にもそんなことを言っていたのを、思い出しただけだ」  そう返したリヴァルの口角が上がっているのを見て、セレンは困惑した。 「私、そんなこと言いましたか?」 「言った」 「い、いつですか」 「内緒だ」  リヴァルがくつくつと笑いながらそう言うのを見て、セレンは「いじわる」と口を尖らせた。  あらかた体を拭き終わると、部屋は静かになる。部屋に張ったロープに濡れた服を掛けると、お互い下穿きだけという格好になる。そうして濡れた体を寝台の上で寄せあっていると、不意にリヴァルが口を開いた。 「一人で、ここまで来たのか」 「はい」  リヴァルが意外そうな顔をした。それもそうだろうとセレンは思った。それでも、こうして顔を見ていると、聞きたいことがいくつも浮かんでくる。 「路銀は?」 「本も売ったのですが、あまり高くありませんでした。髪はかなり高く買っていただけましたので、そのお金でアルバも……あの子も買えました」  厩舎にいるアルバのことを思い出しながらそう言うと、リヴァルはややあって「そうか」と呟いた。 「リヴァル様は、お元気でしたか」 「……まあな」  以前と変わらない返事だった。それが妙に嬉しくて、セレンはリヴァルの方へと体を傾ける。 「……殿下は、なぜ、こんなところまで?」  リヴァルの肩に頭を預けたセレンが尋ねると、ややあってリヴァルが口を開く。 「頑固なじゃじゃ馬の顔が見たくなってな」  セレンはぱちりと瞬きをして、その意味を考える。自分のことかと気付いたセレンはふと顔を離し、リヴァルの顔を覗き込んだ。 「私ですか?」 「他に誰がいる」  リヴァルも自分に会いに来ていた。その事実がわかると、ここまでの疲れも、髪を切った時に覚えた寂しさも、わずかに遠いものになった。  不意に、リヴァルの腕がセレンの肩に回った。抱き締められたのだと気付くまで、数秒。 「会いたかった」  リヴァルの静かな声が、セレンの耳元で優しく揺れた。 「殿下……私が、先に言おうと思いましたのに」 「なぜ張り合う」  リヴァルが怪訝な顔をする。セレンはリヴァルの背中に腕を回しながら、ふっと微笑んだ。 「冗談です。……私も、会いたかったです」  抱き締める腕に力を込める。とくとくと胸の高鳴りが感じられる。 「っ、なら、なぜあんな嘘をついた」  リヴァルの声が、少しだけ強くなる。リヴァルには、国に帰りたいというのが嘘だということはとっくに見破られていたらしい。セレンは申し訳なさと恥ずかしさに眉を寄せて、訥々と返す。 「そうした方が、殿下にとって、幸せではないかと」 「そんなもの……! 俺は、お前がいない方が……!」  リヴァルの抱き締める力が強くなる。セレンは苦しくなる。けれど、その苦しさでさえ心地よかった。  背中をなぞるリヴァルの手がセレンの髪を探しているように思えて、セレンはきゅうと胸が締め付けられる。 「前にも言っただろう。自分を勘定に入れろと」 「……申し訳ありません」  また、悪い癖が出た。だがそれが間違いだとは思っていなかった。リヴァルをただ、守りたかった。そこにセレンの感情を入れたところで、彼を守りたい気持ちが上回っただけだ。それでもリヴァルは納得していなかった。 「どうしたら、お前は俺のそばにいてくれる」 「え?」 「……俺は、このまま城に帰らず、お前と二人で放浪してもいい」 「それは……陛下が怒るでしょうね」  セレンは眉尻を下げた。彼はきっと、本気だ。けれど、それはセレンにとって本望ではない。セレンはリヴァルの胸をわずかに押し返す。少し距離が空いて、セレンはリヴァルの顔を見つめた。精悍な顔付きは、今まで見たことがないほど不安そうな面持ちをしていた。セレンはそんな彼に微笑み、そして口を開いた。 「リヴァル様。私は帰りたいです。グランディオへ。──あなたの元へ」  リヴァルの目がわずかに見開かれ、燃える炎のような赤い瞳が揺れた。

ともだちにシェアしよう!