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20.誓い-1
見慣れた城壁が街道の先に現れると、セレンはアルバの背からしばらくそれを眺めていた。初めてここへ来た時は、ルミナリアから送られた馬車の中で、この城がこれから自分の暮らす場所になるのだと聞かされただけだった。
今は、自分で手綱を握っている。隣にはディノに乗ったリヴァルがいて、アルバはセレンが進ませるまま城門へ向かっていた。
「……帰ってきました」
「ああ」
城門をくぐると、先触れを受けていたらしく、厩舎の前にはミハイルとノエが待っていた。
「おかえり、リヴァル。それから──」
ミハイルの言葉が途切れた。
その目が、セレンの顔から短くなった白灰色の髪へ移り、次いで見覚えのない白馬へ向かう。ノエも同じ順番で確認したあと、眼鏡を押し上げた。
「……いろいろあったようだね」
ミハイルは再び柔らかく笑う。
「俺に聞くな。こいつに聞け」
「はい。いろいろありました」
セレンはアルバから降り、その首を撫でた。
「この子はアルバです。途中で買いました」
「途中で?」
「ええ。髪を売ったお金で」
ミハイルがセレンの髪をもう一度見た。ノエは数秒黙ったあと、リヴァルへ顔を向けた。
「殿下」
「俺がやったんじゃない」
「まだなにも申し上げておりません」
久しぶりに聞く二人のやり取りに、セレンはようやく、本当にここまで帰ってきたのだと実感した。
ルミナリアを出た時には、自分がここへ辿り着けるのかさえわからなかった。それでも北へ進み続けた先でリヴァルと出会い、今は自分で選んだ馬とともに、この城の中へ立っている。
「おかえり、セレン殿下」
改めてミハイルに言われ、セレンはその言葉を受け取った。
「……ただいま戻りました」
そう言って傅く。ふと「セレン殿下ー!」と遠くから名前を呼ぶ声に振り向くと、フィルが子供たちと一緒に手を振っていた。そして誰かが扉を開けて出てくる。ヤオだった。こちらへ駆けてくる。
「殿下!」
そしてセレンの元へ跪いた。普段は読み取れなかった表情は、今は安堵に満ちているのがわかる。けれど、セレンはどんな顔をしたらいいのか迷った。
「もう、私は貴方の主ではないです」
「……でも」
言い淀むヤオに、セレンは微笑む。
「機会がありましたら、また一緒にお茶を飲みましょう、ヤオ」
「……!」
ヤオはこくりと頷いた。改めて見渡すと、そこにいる人々はなにも変わっていない。やはりここでの生活が、セレンは好きだった
「みんな、いるのですね」
そのことが嬉しくて、セレンの視界は涙で滲んだ。
けれど、そんなセレンの前へ、ノエがつかつかと歩いてくる。
「ノエ……」
呼びかけたものの、その先の言葉が出てこない。なにから話せばいいのかわからなかった。自分がいなくなったあと、ノエにもきっと迷惑をかけた。謝りたいことはいくつもある。それなのに、どれから口にすればいいのか決められない。
「……ご迷惑を、おかけしました」
結局、それだけを告げた。ノエは返事をしなかった。眼鏡の奥からセレンをじっと見て、それから短くなった白灰色の髪へ目を向ける。
「……」
ノエは眼鏡の奥の目を細めた。
「少しは、殿下らしくなりましたね」
「え?」
「以前よりは、です」
言葉は相変わらず辛辣だったが、以前のような呆れだけではない気がした。セレンは自分の髪に触れる。
「髪を切っただけなのですが」
「それだけではないでしょう」
ノエはそこで言葉を切る。けれど、セレンが旅の途中でなにを選び、なにを捨ててここまで戻ってきたのか。それを、少なくとも以前とは違う目で見ているようだった。
「それで、殿下はこれからどうなさるおつもりですか」
「え?」
「まさか、戻ってきたから終わり、ではないでしょう。あれだけ啖呵を切ってご自身から出て行かれたんですし」
セレンは少し考えた。以前なら、リヴァルが望むことや、周囲が自分に求めることを先に考えていたかもしれない。
「……ここで、自分にできることをしたいと思っています」
「具体的には?」
「兵站については、まだ学びたいことがあります。それに、戦場でも役に立てるようになりたいです」
ノエは黙ってセレンを見た。
「それから……」
セレンは隣にいるリヴァルを見る。
「リヴァル様のそばにいたいです」
そう言うと、ノエの細い眉がわずかに動いた。
「……そうですか。なら、以前のように勝手に消えるのはやめてください。こちらの仕事が増えます」
「……はい」
「殿下がいなくなったあと、誰があの方の機嫌を取ったと思っているんです」
「おいノエ」
横からリヴァルが口を挟む。
「俺は、別に機嫌が悪かったわけじゃない」
「そういうところです。もうセレン殿下はいないのに、あいつは食事に来ないのかとか、手紙は来てないかとか、しょっちゅうでした」
「ノエ」
リヴァルが再び低い声でそう言うと、ため息をついたノエはようやくやれやれと首を横に振った。そしてセレンへ向き直る。
「帰ってきたことについては、まだ言いたいことがあります。ですが……」
ため息混じりにノエが言う。
「今度は、勝手にいなくならないと約束してください」
セレンはノエのその言葉を聞いたのち、しっかりと頷いた。
「……はい。約束します」
そう言うと、ノエの神経質そうだった顔が緩む。一瞬だけ口角が上がったように見えたが、次に見た時にはいつもの仕事の顔に戻っていた。
頭上には、一羽の鷹が空高く舞っていた。
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