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20.誓い-2
フィルたちと言葉を交わしたあと、セレンは城内の客室へ案内された。
以前使っていた部屋とは別の場所だった。そこに少しだけ寂しさを覚えたものの、考えてみれば当然だった。今の自分はリヴァルの伴侶ではなく、ルミナリアから訪れた客人にすぎない。
それでも、窓から見える城の景色も、廊下を行き交う使用人たちの声も覚えている。知らない場所へ通されたという感覚はなく、セレンは荷物を置くと、久しぶりに柔らかな寝台へ腰を下ろした。
その日の夜、扉が叩かれた。
「俺だ」
聞き慣れた声に、セレンはすぐに扉を開けた。
「リヴァル様」
「入っていいか」
「はい。どうぞ」
リヴァルは部屋へ入り、窓際の椅子へ腰を下ろした。セレンも向かいへ座る。二人きりになると、街道では話せなかったことがいくつも残っているのを思い出した。
「セレン。ひとつ話しておく」
「はい」
「お前の話を漏らしたやつは、こちらで突き止めた。相手はルミナリアと同盟を結ぶことを拒み、支配下に置こうとしていた家臣だった」
「……その方は、今は」
「それなりの罰は受けた」
リヴァルの口調は淡々としていた。その罰とやらがなんなのか、セレンは考えたがわからなかった。
「そうですか」
それを聞くと、どこか暗い気持ちになる。ややあって、そんなセレンの手をリヴァルは優しく握り込めた。
「前みたいに、お前がなにもできない王子だったって話をそのまま信じてる奴は減ってる。実際にお前を見た兵士もいるし、辺境でのことも広まってる」
「……本当ですか?」
「ああ。だが、全員じゃない。離婚して戻ったことを面白く言う奴もいる。お前がまたここで暮らすなら、なにか言われることがないとは言いきれない」
それは、ルミナリアを出る前のセレンなら恐れていたことだった。自分がいることでリヴァルやグランディオの立場まで悪くなるのではないかと考え、それなら自分が離れればいいと結論づけていただろう。
けれど、セレンはある考えに思い至った。
「でしたら、これから変えていけばよいのではありませんか」
リヴァルがセレンを見る。
「私は、以前の噂が間違っていると口で訴えることしか考えていませんでした。でも、これから私がここでなにをするのかを見てもらえばいいのだと思います」
「簡単じゃないぞ」
「はい。すぐに全員が認めてくださるとも思っておりません」
それでも、自分を知らない人間の言葉を理由に、ここから去ろうとは思わなかった。兵站を学んだことも、剣を覚えたことも、戦場へ出たことも、誰かに自分の価値を証明するためだけにしたことではない。ならばこれからも、自分にできることを続ければいい。
「それに、よく思わない方がいるからといって、私がここにいたいと思うことまで諦める必要はありません」
口にすると、自分がなにを言おうとしているのか、セレンにもはっきりした。
宿では、リヴァルの元へ戻りたいと答えた。
けれど、帰ったあとのことはまだなにも決めていない。今は客室を与えられた賓客で、リヴァルとの婚姻もすでに終わっている。ここから先へ進むなら、それも自分で決めなければならなかった。
「殿下」
「なんだ」
セレンはリヴァルをまっすぐ見た。
「私と、結婚してくださいますか」
リヴァルはしばらくセレンを見ていた。ぱちぱちと瞬きをしたあとで、リヴァルはやれやれと脱力したように言う。
「俺が言うつもりだったんだが。……先を越されたな」
「そうでしたか? ですが、先日は私が先を越されてしまいましたので」
「……そうだな」
最初の婚姻では、どちらも相手を選んでいなかった。それでも共に暮らすうちに大切な人になり、離れてからも、その気持ちはなくならなかった。
だから今度は、互いに自分の意思で選ぶ。
「喜んで」
リヴァルは受け入れる。その手がセレンの頬に触れた。短くなった白灰色の髪を指先が掠め、そのまま顔を寄せてくる。
「セレン」
「はい」
リヴァルの顔が近付いたのを感じて、セレンも目を閉じた。唇がそっと重なり、短い口づけを交わす。
大聖堂も、司祭も、見届ける者もいない。それでもセレンには、あの日よりずっと、これが誓いなのだと思えた。
唇が離れると、すぐ近くにこちらを見つめる赤い双眸があった。
「……誓いの口付け、ですか?」
「いいや、これは予約だ。正式なのは、ちゃん
とやる」
セレンはその言葉を聞いて、リヴァルの服を掴んだまま頷いた。
「では、その時は、よろしくお願いしま
すね」
「ああ」
今度の婚礼では、誰かに決められた相手の隣へ立つのではない。自分で選んだ人の隣に、自分の意思で立つことになる。
その約束だけは、正式な誓いより少し早く、二人きりの客室で交わされた。
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