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第11話 無駄に自信に溢れてる方が、お前らしい
ルドガーの提案を理解するまで、少しだけ時間がかかった。
(……え? 手伝うって、もしかして属性管理局の仕事を——?)
ぽかんとしているヴィートを見て、ルドガーは手元のノートに視線を落とした。
「無理にとは言わない。ただ、肉体労働よりはお前に合ってるんじゃないかと思って——」
「やる! やりたい!」
反射的に言葉が口から飛び出した。
子供の頃からずっと憧れて、血の滲むような努力の末に掴んだのに、するりとすり抜けていってしまった夢。
自分はもう、その場所で働くことは叶わないけれど、間接的にでもその仕事に携わることができるかもしれない。
そう考えるだけで、抑えきれない喜びが体の奥から湧き上がってくるのを感じた。
「やらせて。お前の手伝い」
子供のように瞳を輝かせているヴィートを見て、ルドガーはふっと表情を緩めた。
「お前ならそう言うと思ったよ」
湧き上がった喜びが、ルドガーのくれた水に乗って全身を駆け巡っていく。
生きるとは、こんなにも希望に満ち溢れたものだったのか。
「ただし、借金をチャラにしてやるんだから容赦はしないぞ。最終確認と責任は俺が持つが、正式な局員じゃないからって半端は許されないからな」
「当然だろ? 首席合格者のこの俺に何言ってんだ」
威勢よく啖呵を切ったヴィートに、ルドガーはさらに笑みを深めた。
「お前はそっちの方が似合ってるよ」
「え?」
「あいつの顔色を窺ってしおらしくしてるより、そうやって無駄に自信に溢れてる方が、お前らしいよ」
二人の視線が、まっすぐ重なった。ルドガーがわずかに身じろぎし、寝台がぎしりと鳴る。
「ちょっ、なんだよ急に! らしくないこと言うからびっくりしただろ」
そう。ドキッとしたのはきっと、ルドガーが予想外のセリフを口にしたからだ。
ルドガーも気まずそうに視線を逸らした。耳の端が微かに赤く染まっている。
「別に。ガキの頃はお前、腹立つくらい偉そうだっただろうが」
「そ、それはお前だって……ていうか子供なんて、みんなそんなもんだろ?」
「いや……」
ルドガーは歯切れの悪い返事をすると、寝台の上に広げていた本を集めて立ち上がった。
本の戻し場所を探して本棚の前を歩く背中を、ヴィートは無意識にじっと見つめていた。
ルドガーだけは、まだ覚えている。
キリアンに従う前の、負けず嫌いで、自信に満ち溢れていた頃の自分を。
ふっと、瞼の裏に幼い頃のルドガーの背中が浮かんだ。
炎のような赤毛を背負ったその姿は、昔からふてぶてしいほど堂々としているくせに、どこか孤独だった。
◇
「はい、皆さん! 今週の課題は二人組の研究発表です。ペアを見つけて、一つの課題に一緒に取り組んで下さいね」
はーい! と学院初等部の生徒たちの無邪気な声が教室中に響き渡る。
「ヴィート、一緒にやろう!」
「ちょっと! ライナスは私とやるんでしょ?」
「え? 別にどっちでもいいけど」
「俺はいいよ。ライナスはミレナと組みなよ」
ヴィートは笑顔で手を振ってから、もう一度赤毛の少年の背中をじっと見た。
彼は細身だったが、教室中の誰よりも背が高かった。それなのに、彼はいつも一番前、教師の真正面の席に座らされていた。
(あいつ……確か火の一族だよな。火の属性持ちはすぐかっとなるから、先生が目の前で見張ってないといけないんだって、ライナスが言ってたけど……)
「ヴィート」
担任に声をかけられて、ヴィートははっと我に返った。
「はい、先生」
「もうみんなペアを決めてしまいましたよ」
「えっ、そうですか。じゃあ——」
どう見てもペアが決まっていなさそうな少年のところへ踏み出そうとした瞬間、先生がそっと彼の肩を押さえた。
「ヴィートはミレナと組みましょうか。ライナスに代わってもらいなさいな」
「えっ?」
「ヴィートは植物属性でしょう。火属性のルドガーと組むと、互いに気疲れしてしまうかもしれませんから」
「えーっ! 先生、僕は確かに植物属性じゃないけど、誰だって火は怖いですよ!」
ヴィートはチラッとルドガーの背中を盗み見た。
遠慮のないライナスの声は絶対聞こえているはずなのに、彼は全く我関せずといった様子で机に突っ伏している。
「それはそうですけど……」
「先生、大丈夫ですよ」
ヴィートはキッパリとそう言い切ると、ルドガーの机にゆっくりと近づいていった。
「……ルドガー」
恐る恐る声をかけると、ルドガーの肩がぴくりと動いた。
「……なんだよ」
「一緒にペア組もうよ」
「はぁ? なんでお前と?」
「もう俺しか残ってないよ」
ルドガーは気怠げに上半身を起こすと、紫の目でヴィートの顔を睨みつけた。
「お前、植物のやつじゃねえか」
「だったらなんだよ」
「相性悪そうだなって」
「嫌なら他のペア見つければよかっただろ? お前が寝てる間に、みんなペア決めちゃったんだよ」
ルドガーは目を上げると、教室内をジロッと見回した。ペアを作った他の生徒たちが、軽く息を呑んで後退る気配が伝わってくる。
「……別に、俺はペアなんかいらない」
「先生の話ちゃんと聞いてた? 二人で協力して課題に取り組めって言われたろ?」
「課題なんか一人でやった方が早いだろ」
それまで辛抱強くルドガーの話を聞いていたヴィートだったが、それを聞いた瞬間、ぷちっと頭の中で種が弾けた。
「なんだと? 俺が足手まといだって言いたいのか?」
「別に、お前に限った話じゃない。他人とあれこれ話し合いながらするより、自分の考えだけで進めた方がスムーズに決まってる」
「他人とあれこれ話し合って完成させるのが目的の課題だろうが!」
一見おとなしそうなヴィートの強い口調に、ルドガーは一瞬怯んで言葉を失ったように見えた。
それからルドガーは、何か珍しいものでも見るような目つきでヴィートを見た。
怖がられることには慣れていたが、正面から怒られることには慣れていない。そんな顔だった。
「とにかく、もうペアは俺しか残ってないんだから、お前に文句を言う権利なんかないぞ。それから俺のことを足手まといのノロマだって馬鹿にしたこと、絶対後悔させてやるからな!」
「いや、ノロマとまでは言ってない——」
ルドガーがモゴモゴと何か言いかけていたが、すっかり頭に血が上っていたヴィートは、足音も荒く教室を出ると図書室に向かって歩き出した。
ヴィートは普段は外で遊ぶのが好きだったが、図書室へ入れば一日中本に没頭することもできた。
(えっと、ペア課題だから、二人で何について調べるか相談しないといけないけど……とりあえず候補を探そう)
絶対にルドガーが興味を持たざるを得ない、自分に協力せざるを得ないテーマを見つけてやる。
目ぼしい本を何冊か手に取ると、さっそく図書室の机に広げて視線を落とす。
(せっかく俺もあいつも属性持ちなんだから、属性について調べるのが一番かな……あ、この本、植物の育て方について詳しく書いてるぞ。てか実用的なことばっかりじゃなくても、物語の考察とかでもいいんだよなぁ。この小説面白いし。あいつも読んだら夢中にならないかな?)
ルドガーをぎゃふんと言わせる目的で調査を始めたのに、いつのまにかヴィートは夢中になって本を読み耽っていた。
「おい」
小説の世界に没頭していたヴィートは、突然現実世界から低い声で呼ばれて、思わず椅子から飛び上がりそうになった。
「ぎゃあっ!」
「山のように本ばっかり積み上げて、何やってんだ? 俺に対する防御壁か?」
「い、いつのまに来てたんだよ?」
「結構前からいたけど」
「てか、やっぱりやる気になったのかよ?」
「ああ、気が変わった。点数悪いと親に叱られるし」
そう言いながら、ルドガーはヴィートの読んでいた本に視線を落とした。
「なんで小説なんか読んでんだ?」
「しょ、小説の考察を課題にするのも悪くないかなって」
「ふうん」
ルドガーは勝手にその小説を閉じて表紙を見ると、興味なさそうに元の頁を開き直し、机へ戻した。
「……これ、結構面白いよ」
「非現実的な話には興味ない」
「あ、そう」
ヴィートは少し残念な気もしたが、すぐに気を取り直して別の図鑑を取り上げた。
「じゃあ、これは? 植物の観察日記!」
「時間かかるし、めんどくさいだろ」
「属性について調べるのは?」
「なんで自分自身の掘り下げを、クラスの連中の前で発表しなきゃならねえんだ」
「お前、文句ばっか言ってんじゃねえぞ! じゃあ何ならいいんだよ。お前がアイデア出してみろよ!」
怒りを隠さないヴィートを見下ろしていたルドガーだったが、ゆっくりと視線を机に戻した。
「……まあでも、属性について調べるのは、ためになるかも」
その時のことを、ヴィートは今でもよく覚えている。
最初は一人でいいと言っていたルドガーが、結局、隣で同じ本を覗き込んでいた。
そして今もまた、ルドガーは同じように本へ向かっている。
今度は課題のためではなく、本当に困っている誰かを助けるために。
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