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第12話 夢にまで見た仕事
次の日も休日だったため、ルドガーは自室の机に持ち帰りの仕事を広げていた。
「お前、どんだけ仕事持ち帰ってんだよ」
山のように積み上げられた書籍や資料を眺めながら苦笑していると、鼻先にバサッと紙の束を突きつけられた。
「笑ってる場合じゃないぞ。さっそく仕事だ」
「誰に向かって言ってんだ? まぁ任せとけって」
挑発的な口調とは裏腹に、書類を受け取る手が微かに震えている。
(……偉そうなこと言って引き受けちまったけど、本当に俺にこいつの助手が務まるんだろうか)
首席合格者の肩書など、所詮過去の栄光だ。
一年以上、夢から遠ざかっていたヴィートが持っているのは、試験勉強や、好奇心の赴くままに学んできた知識だけ。業務に関しては完全な素人だった。
(でも、せっかく転がってきたチャンスなんだ。絶対に逃したくない!)
軽く息を吸い込んでから、ヴィートは覚悟を決め、差し出された書類を掴んだ。
ルドガーは一瞬チラッとヴィートの手を見たが、すぐに何事もなかったかのように机に視線を戻した。
「これって……属性持ちへの差別防止ポスター?」
「そう。毎年国中の教育施設に配布しているものだ」
そういえば、自分たちが学んだ学院の掲示板にも、似たようなポスターが貼られていた気がする。
「でもさ、あのポスターってなんかイマイチだったんだよな。属性による差別をなくしましょう! みたいな綺麗事を並べてるだけで、実際の中身は薄いっていうか」
「……お前もそう思ったか?」
ルドガーにそう聞かれて、ヴィートは紙の束をパラパラとめくりながら頷いた。
「属性持ちでない人間が、仕事だから仕方なく作ったって感じ」
「他の連中は、こんなポスター毎年同じものを使いまわせばいいって言ってる。でも俺は、それじゃあ誰も見てくれないんじゃないかって危惧してるんだ」
「確かに、毎年同じポスターを真剣に見たりしないよな」
「百歩譲って使いまわすにしても、もっといいポスターを使いたい。子供は一度刷り込まれたものを、なかなか疑えない。火属性は危ないとか、植物属性は水に従うものだとか、そういう雑な知識を最初に覚えさせたくないんだ」
ルドガーは別の案件の資料に落としていた視線を上げて、じっとヴィートを見つめた。
「新しいポスターの案、お前が考えてくれるか? 局に通すのは俺がやる」
ヴィートも、ポスターの束から目を上げてルドガーを見返した。
なぜ、ルドガーの持ち帰りの仕事がこんなに多いのか。その理由の一つが早くも明らかになった気がした。
(こいつ。誰に頼まれたわけでもない、必須でもない仕事を一人であれこれ抱え込んでやがるんだな)
なぜならルドガーにとって、それは不完全なまま放っておけない仕事だからだ。
ヴィートの口角が、無意識に上がっていく。
曲がったことが嫌いで、自ら貧乏くじを引きに行くところなど、いかにもルドガーらしい。
「もちろん。やってみるよ」
俺も同じだよ、と同時に心の中で呟く。
属性を持つ人々が、少しでも安心して暮らせる社会を作るために奔走する。
それこそが、自分の思い描いていた属性管理局員の姿だった。
それはまさに、目の前のルドガーの姿そのものであった。
「いつまでに作ったらいい?」
「今月中には欲しい。けど無理はしなくていい。間に合わなければ今年は去年と同じものを使って、新しいものは来年に回せばいいから」
「了解」
その時、コンコン、と扉を強めに叩く音が響き、二人は同時に入り口を振り返った。
「私だ」
エイムズ伯爵の声が聞こえて、ルドガーの顔にさっと緊張が走った。
伯爵は返事も聞かずにガチャリと扉を開けると、机の上に積まれた本の山を見て顔をしかめた。
「また休みだというのに、部屋にこもって勉強か?」
「いいえ、父上。仕事をしております」
「仕事だと?」
ルドガーの返答に、伯爵は眉間の皺をさらに深めた。
「休日まで仕事を持ち帰らされているのか?」
「いえ、そういうわけでは——」
「だから私の言った通りだろう?」
あまり好意的とは言えない伯爵の口調に、ヴィートは内心首を傾げた。
(あれ? エイムズ伯爵って、前からルドガーに対してこんなにキツかったっけ? 遊んでるのを怒られるならまだしも、真面目に仕事をしてるのに怒られるって——)
「属性管理局など、名ばかりの救済機関だ。実態は大貴族の子弟に椅子を用意するための役所にすぎん。親の口利きなしで入れば、そうやって末席に追いやられ、くだらぬ雑務を押し付けられることになる」
「俺は自分の力で試験を突破して、局員としての資格を得ました。父上の力は必要ないと申し上げた以上、前言を翻すつもりはありません」
ヴィートは驚いてルドガーを振り返ったが、ルドガーは真っ直ぐ父親を睨みつけたまま、視線を逸らそうとはしなかった。
「それに、父上がおっしゃるように、別に末席に追いやられているわけでも、仕事を押し付けられているわけでもありません。俺は自分がやるべきだと思った仕事を、自らの意思で行っているだけです」
「ふん、強がりも大概にしろ。お前、入局してからずっと顔色が悪いじゃないか。業務に忙殺されて、体の方が参ってるんだろう。今からでも遅くはない。そんな程度の低い仕事などやめて、火の一族が本来あるべき仕事に就き直せ。エイムズ家は代々、近衛騎士として王家の守護職を任されてきたんだ」
エイムズ家は伯爵の言う通り、代々武闘派貴族として王家に仕えてきた。
そんなエイムズ家の当主からしてみれば、書類仕事が多くどちらかというと福祉職に近い属性管理局の職員など、脆弱な人間が就く仕事だという認識なのだろう。
(こいつ……属性管理局に勤めること、父親に反対されてたんだ)
ヴィートの両親は、基本的に息子の意思を尊重してくれていた。それで、ルドガーが進路を巡って父親と対立していたなど、想像もしなかった。
(まぁ、うちはちょっと放任主義なところもあるから……)
キリアンに反対されたからだとは言えなかったが、ヴィートが管理局での仕事を辞退すると言った時も「あなたがそう決めたなら」と何も聞かずに認めてくれた。ヴィートが必死で勉強していたことを知っていた母親は、少し残念そうな表情をしてはいたが。
「ご心配痛み入ります。ですが、自分の体調くらい自分で管理できますので」
きっとこのようなやり取りは、それまでに何度も行われてきたのだろう。
伯爵も本気でルドガーを説得できるとは思っていなかったようで、ため息をつきながら手にしていた一通の封書を机に置いた。
「ほら、フォルクナー家のミレナ嬢からだ」
使用人に持たせれば済むものを、自ら持ってきたところを見るに、ルドガーの顔を見る口実が欲しかったのだろう。
「またですか」
「いい加減会ってやったらどうだ? 学院時代からの友人なんだろう?」
「学院時代の友人なんて、俺にはいませんよ」
そう言いながら、ルドガーは一瞬チラッと視線をヴィートに移してから、すぐに目の前の伯爵へと戻した。
「たった一人を除いては」
どき、とヴィートの心臓が、いつもと違うおかしな跳ね方をした。
(ルドガー……?)
もしかして、彼は自分のことを、ただ一人の友人として認めてくれていたのだろうか?
(そうなのか? 顔を合わせればケンカばっかりだったけど——)
「揚げ足を取るんじゃない。先方がお前との友情を育みたいわけではないことぐらい、もういい年なんだから分かっているだろう?」
呆れたような伯爵の言葉に、今度はなぜか首筋の蔦が小さく疼いた気がした。
(……え? 一体なんで——?)
しかしそこで、ルドガーは挑戦的な表情で父親を見返した。
「それは失礼しました。でしたら遠回しな断りを入れるのはもうやめます。俺には昔からずっと想っている相手がいるので、彼女の気持ちには応えられないと、今度こそはっきり伝えます」
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