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第13話 水を得て伸び、疼く蔦

 今度こそ、ヴィートの胸の奥に鈍い痛みが走った。 (やっぱりいるんじゃん。好きな人……)  しかも、昔からずっと想っている相手らしい。 (誰だろう? 俺も知ってる人かな? ずっと一緒だったのに、全然気がつかなかった……)  きっと、ルドガーがその相手の存在を自分に明かしてくれなかったからだ。子供じみた不満や寂しさが、胸を痛ませているのだろう。  彼が唯一の友人だと認めてくれた。その直後だからこそ、感情の落差も大きいのかもしれない。    どうしてだろう。なぜだか無性に喉が渇くような気がする。  伯爵が部屋を出て行った後、ヴィートはすぐに部屋に置いてあった水差しから水を飲んだが、渇いた感覚はなかなかおさまらなかった。 「どうした? 部屋が暑いのか?」  ルドガーがすぐに気づいて暖炉の火を落とそうとしたが、ヴィートは慌てて両手を振ってそれを制した。 「いや! そういうわけじゃない。別に暑くはないけど、なんか渇いてる感じがして」 「水をもっと持ってこさせよう」 「う〜ん。それが、飲んでもあんまり潤ってる感じがしなくて……」  そこで、ルドガーは何かに気づいたようにピタリと動きを止めた。 「もしかして、俺の“水”が必要か?」  その瞬間、首元の蔦と左手の勿忘草が、同時にドクンと脈打った気がした。 「えっ? でも、昨日首元からもらったばっかりなのに……?」 「理論的に言えば、二、三日は補給しなくてもいいはずだ。でも、お前は慢性的な水不足って特殊な状態だし、そもそも水の必要量には個人差がある。一般論が全ての植物属性の人間に当てはまるわけじゃない」  ルドガーが一歩距離を詰めてきたため、反射的にヴィートもじりっと後退った。 「大事なのは、自分の体の声に耳を傾けることだ。俺の水を欲してるんじゃないか?」  そう言われて、ヴィートは服で隠れている首元の蔦にそっと手を当ててみた。  もっと成長したいから、水をくれ——そう蔦が訴えかけているような気がした。  ヴィートの表情を見て、ルドガーは理解したように頷くと、彼の両肩に手をかけてそっと寝台に座らせた。 「ほら、前も言ったけど、横になった方がやりやすいから——」 「お、お前さ!」  昨日首元から水をもらった時の体勢を思い出して、ヴィートは思わずばっと顔を逸らした。自分の意思に反して、じわじわと顔に血が上ってくる。 「好きな人がいるんだろ? それなのにこんな——他のやつとこんなことして、本当に平気なのかよ?」  ルドガーは一瞬ピクッと両手をこわばらせたが、すぐに無駄な力を抜くと、ヴィートの肩に手を添えて寝台へ横たえた。  まるで、ヴィートが自分で考える時間を与えるかのように、ゆっくりと。 「キリアンの言い方は気に食わないが……あくまで水の供給行為で、性的な意味合いはないっていうのは事実だろ」 「で、でも……」  キリアンには、手の甲からしか水をもらったことがない。  首元に口付けるという、より親密な行為では——どうしても意識せざるを得ない。 「今はお前の体が優先だ。俺のことは気にするな」 「気にするなって——」 「それにほら、あとどれくらい水をやったら花が咲くか、お前も気にならないか?」  急に属性管理局の職員らしい顔が覗いて、ヴィートは覆いかぶさるように身を寄せているルドガーを見上げた。  父親と対峙していた時とはうって変わって、ルドガーは楽しそうな笑みを浮かべている。  その笑顔を見た瞬間、再び首元の蔦が疼いた。 「……それは、確かに気になる」 「ほら、だったら早く襟元を開けて」  どれほど距離を詰めても、ルドガーは最後の判断を必ずヴィートに委ねてくる。 (なんだよ。本来は短気なくせに。もっとこう、強引なんだと——って、俺は一体何を考えてるんだ?)  自分で自分の妄想に恥ずかしくなって、ヴィートは顎を逸らしながら、襟元のボタンを外して首元を露わにした。 「……やっぱり一日経つと、少し色が薄まってる気がするな」  なんとなく観察されている感じにイラッとして、ヴィートは襟元を引っ張ったままルドガーの顔を睨みつけた。 「じっくり見てんじゃねえよ。やるんならさっさとしろ」 「口の減らないやつだな」  ルドガーは相変わらず口角を上げたまま、ゆっくりとかがみ込んで白い首元の蔦の上に唇を落とした。 「……あぁっ!」  昨日よりも激しい快感が首筋に走って、ヴィートは思わず喘ぎ声を上げた。  ルドガーがぴくりと動きを止める。  ヴィートはかっと顔を赤らめながら、慌てて手で自分の口を押さえた。 「……なんだよ、その反応」 「い、いきなり水が入ってきたから、驚いただけだ!」 「まだ口をつけたばかりだろ?」 「うるさい!」  ふうん、とルドガーは意味深な表情をしてから、先ほどよりも慎重に蔦の上に口付けした。 (……ヤバい。なんだこれ?)  ルドガーの唇と舌が触れるたび、首筋から甘い痺れが広がっていく。  さらにその快感が下の方に伸びていくのに気づいて、ヴィートは思わずぐいっとルドガーの胸を押し返した。  紫の瞳と目が合って、ヴィートは恥ずかしさに体が沸騰するのではないかと思った。 「顔赤いぞ。ちょっと入れ過ぎたか?」 「だっ、大丈夫! もう十分潤ったから!」  本当だった。ルドガーの水が全身を巡って、先ほどまでの渇きを確かに癒してくれている。 「ごほっ!」  ルドガーが顔を背けて咳き込んでいる。ヴィートは慌てて上半身を起こすと、ルドガーの背中をそっとさすってやった。 「お前、やっぱり調子悪そう——」 「だから寝不足なだけだって。それよりお前の蔦がどうなったか見せろよ」 「あ、うん……」  ヴィートは少しためらいながらもルドガーの背中から手を離し、前開きのシャツのボタンを一つずつ外していった。  先ほどまでは、一番上のボタンを外すだけで蔦の先端まで確認できた。だが今は、三つ目のボタンまで外さなければ、その全体が見えない。 (心臓の方へ向かって伸びてる……?) 「まだ花は咲いてないみたいだな」  ルドガーはそう言いながら、首元から胸の方へと伸びている蔦の葉に指先で触れた。 「でも、長さは伸びていってるみたいだ。色も濃くなったし」 「ちょっ、勝手に触んな……あっ!」  指先が胸元の敏感な部分に触れて、ヴィートの体がピクンと跳ねた。  ルドガーもびくりと指を引き、慌ててヴィートから離れた。 「悪い。つい蔦の方に気を取られてた」 「あ、謝んなよ! 逆にこっちが恥ずかしくなるだろうが」  お互い気まずげに顔を逸らしながら、ヴィートはぎこちない手つきでシャツのボタンを留めていった。 (い、今の反応はまずかったよな。お互いそんな気はないはずなのに。でも、もとはと言えば、ルドガーのやつが変なところに触ったりするから——)  ヴィートは気まずさを誤魔化すように咳払いしてから、無理矢理笑顔を作って話題を変えた。 「それより、お前がそんな一途な感じだったなんて、正直驚いたよ。ずっと一緒だったのに、昔から好きな人がいたなんてちっとも気がつかなかった」 「……近くにいるからこそ、気がつかないことだってあるだろ」  ルドガーはヴィートと目線を合わせないようにしながら、ギシッと音を立てて寝台から降りた。 「水臭えな。誰だか教えろよ。学院時代の人間なら、俺だって知ってる人だろ?」 「そういうお前はどうなんだよ」 「えっ?」  急に不機嫌そうな口調でそう言われて、ヴィートはきょとんとしながらルドガーの背中を見つめた。 「キリアンとの婚約は、両親が勝手に決めたことだろ? お前はあいつのことが好きかもしれないけど、キリアンの方はどうなんだ? お前、本当にあいつに大事にされてるって思えるのか?」

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