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第16話 お前が知っていてくれれば
最初から決めつけてかかった教師の言葉に、ヴィートは驚いてルドガーの顔を見た。
ルドガーはヴィートには気づいていない様子で、教師の顔を鋭い目で睨みつけている。
「……はい」
いつの間にか、焦げ臭い匂いに気がついて集まってきた生徒たちが、ルドガーの言葉にざわめきだした。
「やっぱりルドガーか」
「あいつ火の一族で短気だから。きっと薬草を早く乾燥させたくて、乾燥器の火を強め過ぎたんだろ」
「そういえば、今日の乾燥室の当番あいつだっけ」
火の不始末が起きれば、犯人は火属性の人間——誰もがそう決めつけ、疑問すら抱いていない。
しかしヴィートだけは、火属性への先入観に囚われず、疑問を抱いていた。
(ルドガーのやつ、あっさり自分の仕業だって認めたけど……本当にそうか?)
まだ誰も煙の匂いに気づいていなかった時、煙の元へ向かう途中、角を曲がっていく赤毛を見なかったか?
今思えば、ちゃんと顔を見たわけではなかったため、ヴィートもそれがルドガーだったと断言する自信はなかった。
それに他の生徒が言った通り、確かに今日の薬草乾燥当番の欄には、ルドガーの名前が記載されていた。
「あ、あのっ——ごほっ!」
「フォルクナー! 煙を吸ったのか? 早く医務室へ!」
顔に煤のついた栗毛の少女が、咳き込みながら怯えたような目でチラッとルドガーを見た。
ルドガーは一瞬だけ彼女を見て軽く首を振ると、すぐに自分を叱責している教師に視線を戻した。
ミレナ・フォルクナー。ヴィートとルドガーのクラスメイトで、成績優秀な女子生徒だ。
(そういえばあの子——ルドガーとペアで当番じゃなかったっけ?)
結局ルドガーには一ヶ月の謹慎処分と、薬草乾燥室の後始末という罰則が言い渡された。
翌日の放課後、ヴィートが薬草乾燥室を覗くと、ルドガーは一人で焦げた薬草を片付けているところだった。
「ルドガー」
入り口から声をかけると、さっそく顔を上げたルドガーに睨みつけられた。
「なんだよ。冷やかしにでも来たのか?」
「手伝いに来た親切な人間に、その物言いはないだろ」
「別に頼んでない」
「本当に親切な人間は、頼まれなくたって手伝いに来るもんだ」
「自分で言うな」
ヴィートはニヤッと笑いながら乾燥室に足を踏み入れると、表情を引き締めてからルドガーの隣にかがみ込んだ。
「……ミレナ、一週間くらい休むんだって」
「知ってる」
「大して煙は吸ってなかったらしいけど、フォルクナー家が大事を取って医務棟に入れたらしい」
ルドガーは黙って作業を続けている。
ヴィートは焦げた薬草を拾い上げるふりをしてかがみ込むと、ルドガーの耳元でおもむろに囁いた。
「……これ、本当にお前がやったの?」
薬草を拾っていたルドガーの手が、ぴたりと止まった。
「……そう言っただろ」
「俺さ、煙の匂いがした時、廊下でお前を見たような気がするんだよな」
確かにルドガーは薬草を乾燥させる当番だったが、煙が発生した時はまだ準備室にいなかったのではないだろうか。
「思ったんだけどさ、先に準備室で作業してたミレナがやらかしたんじゃ——」
ルドガーは何も言わず、黙って焦げた薬草を拾い続けた。
「みんなお前のこと、いつでも短気なんだって思い込んでるけどさ、お前そういう大事な場面では意外と慎重じゃん? 俺にはお前がそんなミスをするようには思えないんだけど」
ヴィートは思い切って、ルドガーの方へと身を乗り出した。
「もしかして、ミレナのことが好きで庇ってるとか——?」
「好きだからじゃねえ!」
ルドガーが手にしていた薬草の束を床へ乱暴に投げつけたため、ヴィートはビクッと体を硬直させた。
薬草が床に散った瞬間、ルドガー自身もはっとしたように目を見開いた。
彼の内部で燃え上がっている炎に、本能的な恐怖を覚える。
火属性だからといって、実際に火を出せるわけではない。頭では分かっていても、植物属性として本能に刻まれた恐怖に、体の震えが止まらない。
蒼白な表情で震えているヴィートに気がついて、ルドガーはじりっと後退りした。
「……悪い。そんなつもりじゃなかった」
「……いや、俺もごめん」
一瞬、二人の間に気まずい沈黙が流れる。
ルドガーは床に叩きつけた薬草を拾い上げると、ヴィートを見ないようにしながらボソッと呟いた。
「違うってのは、ミレナが好きで庇ったわけじゃなくて……」
「……え?」
「その……俺が言い訳したところで、どうせ誰も信じないだろ? むしろ余計疑われて面倒なことになる。だったら最初から罪を認めた方が、後々ややこしいことにならずに済む」
ヴィートは薬草を拾う手を止めて、ルドガーの顔をまじまじと見つめた。
「……やってないのにやったって言うのは違うだろ」
「でも実際、誰も疑問にすら思わなかっただろ」
当番表には、確かにルドガーとミレナの名前が並んでいた。
だが火の不始末となれば、誰もがまず火の一族であるルドガーを見る。
ルドガーはようやく視線を上げると、少しだけ口元を緩めた。
「一人、妙に鋭い奴だけを除いて」
「でも——」
「俺は嫌われ者には慣れてる。でもあいつは火事のあと、ずっと震えて動けなくなってた。あそこで本当のことがばれたら、療養だけじゃ済まなかっただろ。それで逆恨みされるのもごめんだし」
まだ納得のいかない表情をしているヴィートを見て、ルドガーは今度は軽く吹き出した。
「別に怒る必要ないだろ。お前が罰則を受けたわけじゃないんだから」
「……結局俺もこうやって掃除させられてんじゃん」
「それは別に頼んでない」
言い返そうとしたヴィートの口元に、ルドガーは乾燥前の瑞々しい薬草を押し付けてそれを制した。
「お前が知ってくれてるだけで、俺はもう十分だから」
ふわり、と甘い薬草の匂いが鼻腔をくすぐって、ヴィートは思わず目を瞬いた。
自分が知っているだけで——いいはずなんかない。
それなのに、ルドガーの表情があまりにも穏やかに見えて、ヴィートはそれ以上何も言えなくなってしまった。
(なんだよ。そんなこと言われたら——まるで親友同士みたいじゃないか)
ヴィートは気恥ずかしさを誤魔化すように、小さく「ばかやろう」と悪態をついた。
ヴィートの声が聞こえなかったのか、それとも聞こえていても気にならなかったのか。ルドガーは珍しく鼻歌を歌いながら、焦げた薬草拾いを再開していた。
◇
中等部時代を思い出していたヴィートは、再び目の前にある禁書のメモ書きに視線を落とした。
『周囲に与える印象は変わるか。火属性への恐怖は緩和されるのか?』
(ルドガーのやつ……)
嫌われ者には慣れていると言って、最初から犯人だと決めつけられても一切反論せず、何食わぬ顔をして焦げた薬草をせっせと拾っていたのに——本当は、深く傷ついていたんじゃないだろうか。
そう思うと、きりりと胸が痛んで、ヴィートは思わず胸元に伸びている蔦を服の上からぎゅっと押さえた。
(俺が知ってるだけで十分だとか言うんならさ……せめて俺だけには、本当のことを言ってくれれば良かったのに)
火の属性持ちというだけで、こんなふうに偏見を持たれるのが実は辛いという本音を。
大人になってから危険な属性転換に踏み切るだなんて。やはり当時受けた仕打ちが、彼の中に深い傷跡を残していたのだろう。
(もしかして、それであいつは、火属性の自分が嫌になったのか?)
ヴィートはパタンと禁書を閉じると、元あった場所に何事もなかったかのように戻しておいた。
勝手に隠してあった本を見たとは言えないから、属性転換についてルドガーを問い詰めることはできない。
(俺に一言弱音を吐いてくれれば——同じように厄介な属性を持った者同士で話せば、何か変わったかもしれないのに)
ルドガーはヴィートのことを、唯一の友人として認めてくれてはいるけれど、だからといってそこまで腹を割って話せる仲ではなかったということなのだろうか?
(……俺だって、キリアンのことを何も話してこなかったくせに)
少しぼんやりと考えていたヴィートだったが、ふと、火事の記憶に出てきた名前が引っかかった。
(あれ? ミレナ・フォルクナーって——今もルドガーに恋文を送ってきてる、あの令嬢じゃないか?)
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