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第18話 憧れの制服と、王子様の護衛騎士
「はーいみんな! 今日はお国の偉い人が、みんなの様子を見に来てくれましたよー!」
わーっ! という無邪気な歓声があちこちから上がる。
子供たちに向かって笑顔で手を振っていたヴィートは、チラッと隣に立つルドガーに視線をやった。
ルドガーは緊張しているのか、硬い表情で園舎の奥の壁をじっと見つめている。
ルドガーの言っていた視察先とは、保育施設のことであった。
二人の仕事は、属性持ちの園児たちが集団生活に馴染めているか確認すること。
それと、差別のない社会のための啓発活動を行うことだ。
(属性管理局の仕事って、こういうのもあるんだな)
一昨日ルドガーに言われた言葉が、ふっと耳に蘇る。
——お前を通して外の世界を見てるんだ。
正直、彼が何を言っているのかいまいちよく分からなかった。
(知らない世界を見せてくれるって意味なら、むしろこいつの方が窓みたいなものだけど)
今だってこうやって、ヴィートの知るはずのなかった景色が目の前に広がっている。
五歳児クラスの子供たちは、一丁前に神妙な面持ちで先生の話に耳を傾けている。
(あっ、あの子は赤毛に紫目だから、火の属性持ちだな。あっちは銀髪碧眼だから、水属性だ。あっ、俺と同じ植物属性の子もいる)
「先生! お国の偉い人って、王様ですか?」
子供の一人に無邪気にそう質問されて、担任の先生は困ったように苦笑した。
「王様ではありません。えっと……」
「国の機関で働く者です」
ルドガーの固い言葉に、園児たちがきょとんとする。
「国のみんなが困らないように働く人たちだよ〜!」
慌ててヴィートが明るい口調でフォローを入れると、子供たちは「そうなんだ〜」「へぇ〜」と納得した様子でざわめきだした。
「はい、静かに! お兄さんたちはお仕事で来ているので、みんな邪魔してはいけませんよ〜」
「はーい!」
「お帰りの時間の前に、お兄さんたちから大切なお話がありますからね。しっかりぞうさんの耳で聞いてくださいね〜」
「はーい!」
素直な子供たちの返事に、ヴィートの口元が思わず綻ぶ。
今日一日、施設の子供たちの様子を観察してから、彼らに話す内容を決めようと事前に打ち合わせしていた。
属性持ちの子供たちがしっかり馴染んでいるようなら、簡単な話に留める。差別を受けている様子が見られるなら、先生に対しても少し踏み込んだ話をしなければならない。
「王子のお兄ちゃん、遊ぼうよ」
先ほどの先生の話など一瞬で忘れたのか、さっそく小さな女の子がヴィートの黒紺の制服の裾を引っ張っている。
視察先で管理局の関係者だと一目で分かるよう、外部協力員にも同じ制服が一時的に貸与される決まりだった。
ルドガーの部屋でそれに袖を通した時、指が震えてなかなかボタンを留めることができなかった。
躍起になってボタンを留めようとしているヴィートを見て、ルドガーはぷっと吹き出していた。
「何やってんだよ」
「そんなこと言ったって、仕方ないだろ——」
仕方ないだろ。夢にまで見た、黒紺に金ボタンの制服だ。
ルドガーは口角を上げたまま、ヴィートの前にかがみ込んで金ボタンを一つずつ留めてくれた。
彼の赤い前髪が顎に触れそうになって、ヴィートは思わず息を詰めた。
「なんだよ。緊張してるのか?」
「……してる」
「大丈夫だって。子供相手の仕事だ。俺よりお前の方がずっと適役だろ」
本当は、仕事のことを考えて緊張しているだけではなかった。
自分の吐息が彼の額にかかりそうなほど、顔が近い。そう意識しただけで、なぜか体が固くなってしまったのだ。
「だったらお前が緊張しろよ」
「俺は平気だ。お前みたいな適任者と組めたからな」
ドキンッと心臓が変な跳ね方をして、ヴィートは慌ててぐいっとルドガーの胸を押した。
「わ、分かったから! 後は自分で留められる!」
「本当かよ? 十分以内には全部留めろよ。それ以上遅れたら完全に遅刻だ」
「じゅ、十分もかからねーっつーの!」
指先の震えはおさまっていたが、心臓はドクドクと脈打ったままだった。
なんだろう? どうしてこんなに心臓がうるさいんだ……?
「ねえ王子様、私と遊んでよ」
別の女の子にも制服を引っ張られて、ヴィートは思わず苦笑した。
「お兄さんは、王様でも王子様でもないんだよ」
「え〜? 王子様だよ! かっこいいもん」
「あはは。ありがとう」
チラッと壁際のルドガーを見やると、彼はヴィートの視線に気づいてひょいっと眉を上げた後、手元の手帳に視線を落とした。
子供たちと触れ合うのも、距離をとって観察するのも、視察員の自由だった。
(あいつ〜! それにしたって、一人だけ優雅に壁の花を気取りやがって!)
「じゃあさ、あっちのお兄さんはどう? 彼もなかなかのイケメンだと思うんだけど、あっちの王子様と遊びたくはない?」
イタズラ心でそう尋ねると、二人の女の子は顔を見合わせてから同時に首を振った。
「あっちのお兄ちゃんは、ちょっと怖いかも」
「王子様っていうより、王子様を守ってる人だと思う」
エイムズ家は代々、王家の近衛騎士を任されている家柄だ。
彼女たちの観察眼は、あながち間違ってはいなかった。
「護衛騎士か。確かにそうかもな」
「ルドガー、聞いてたのか?」
「そっちの王子様は危なっかしいからな。俺が守ってやる必要がある」
「おい! 子供に変なこと吹き込むんじゃねえよ!」
ルドガーはチラッと笑ってから、再び手帳に視線を戻した。
からかってやるつもりが、逆にこっちが遊ばれてしまった。
(くっそ〜。思わせぶりなこと、簡単に言いやがって……)
しかし照れている暇もなく、今度は体力の有り余った男の子たちがわらわらと集まってきた。
「王子! 戦いごっこしようよ!」
「王子様じゃないけど、呼び捨てすんな! てかあっちのお兄さんも誘ってあげたら?」
「あっちのお兄ちゃんは、まじで強そうだから嫌だ」
「なんだって? 俺だって強いんだぞ〜!」
「え〜? お姫様ごっこしたいのに〜!」
結局男女関係なく揉みくちゃにされて、ヴィートが子供たちから解放されたのは給食の時間になってからだった。
「……てめぇルドガー。俺一人に子供らの相手させやがって」
職員室で持ってきていた昼食を食べながら、ヴィートは恨みのこもった目で隣に座るルドガーを睨みつけた。
「別に遊ぶ必要なんかなかったのに」
「あの状況で遊ぼうって言われて、無下になんかできるかよ!」
「人が良すぎるだろ。それともあれか、王子様とか言われて、調子に乗ったとか?」
「そこまで安い男じゃねーよ!」
ふうん、とルドガーは意味ありげに口元の笑みを深くした。
「結構な褒め言葉だと思うけどな」
そんなこと——と否定しようとして、ヴィートはふっとあることを思い出した。
——彼もなかなかのイケメンだと思うんだけど、あっちの王子様と遊びたくはない?
(やばっ!)
そういえば無意識に、ルドガーのことをイケメンだとか王子様だとか言った気がする。
別に本気じゃないし、深刻に捉える必要なんかない。そう思いたいのに、顔に血が上ってくるのを止められない。
「……そ、そんなの、子供の言うことだし……」
「じゃあ、大人の言うことなら本気だとか?」
バレてる!
ヴィートの失言をしっかり覚えていて、分かった上でからかいにきている!
「も、もういいだろ、そんな話は——」
「ルドガー!」
女性の声に会話を遮られて、ヴィートははっと入り口を振り返った。
ほっとしたのも束の間、職員室の扉から顔を覗かせている女性の姿に、胸がすうっと冷えていくのを感じた。
(あ、あの人って——)
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