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第19話 嫉妬の黒い根と、火属性への偏見

 栗色の髪に焦茶色の瞳。記憶の中の彼女よりずっと大人になっていたが、まとっている雰囲気は全く変わっていない。  間違いない。かつてルドガーに庇われて、今はその彼に何度も恋文を送っている、ミレナ・フォルクナーその人だった。 「施設長から、あなたが今日視察に来るって聞いて。あっ、この幼児院は、うちの家が運営を支援している施設なの」 「フォルクナーさん! そんなところで立ち話なんかしてないで、こちらに入って来て下さいな」 「ありがとう」  職員室にいた先生に促されて、ミレナは嬉しそうに職員室に足を踏み入れた。  真っ直ぐルドガーの元へ歩いてくる途中、隣に座っているヴィートに気がついて微かに目を見開く。 「あら、あなたはもしかして……ヴィート・ラナーク?」 「お久しぶりです、ミレナ・フォルクナー嬢」  ヴィートが丁寧に頭を下げると、ミレナは慌てたように両手を振った。 「やだ、そんなにかしこまらないで! 二人とも本当に久しぶりね」  ヴィートとルドガーはそのまま学院の高等部に進んだが、ミレナは別の女学院に進んだと、風の噂で聞いた覚えがある。彼女と会うのは実に中等部以来だった。  はにかんだような笑顔を浮かべた彼女は、そのままおずおずとルドガーに向き直った。 「あの、ルドガー。仕事先まで押しかけるような真似をしてごめんなさい。でも、こうでもしないと会ってもらえない気がして……」 「こちらこそ、なかなか予定が取れず申し訳ない。今週中には伺うつもりでした」 「そ、そうだったの」 「もしよければ、仕事の後で少し話せますか? その方が訪問する手間も省けますし」 「えっ? も、もちろん!」  ミレナの表情がぱっと明るくなり、それと対比するようにヴィートの心はずうんと重くなった。 (ルドガーのやつ、断るつもりだとか言ってたけど……)  初等部の頃の面影を残した彼女は、随分と綺麗な女性に成長していた。  たとえさっきまでは本気で断るつもりだったとしても、こんなに綺麗になった彼女を目の前にすれば、心が揺れたっておかしくない。   「あの、私……女学院に進学して、ルドガーとは離れ離れになったでしょう? 学院を離れてから、ずっと心残りに思っていたことがあるの」  きっと彼女は、薬草乾燥室のボヤ事件でルドガーに庇ってもらってから、彼に恋心を抱くようになったのだろう。  そう考えた時、胸の内側へ、黒い根のような感情がじわじわと張り巡らされていくのを感じた。 (もし、あの後すぐに好きになったんなら——どうして結局みんなの前で本当のことを言わなかったんだ? 気まずいなら卒業してからでもよかった。打ち明ける場面なんか、いくらでもあったじゃないか!)  本当に好きな相手なら——どうして彼が冤罪を受けた状態で、ずっと何も言わずにいられたんだ?  不快な黒い根のせいでイライラする。けれど、どうしてこんなにイラつくのか、自分でもよく分からない。 (ルドガーもルドガーだ。可愛い女の子に鼻の下伸ばして。唯一の友人とか言ったくせに、俺にはミレナに興味がないようなことを言って)  そもそも、断る相手にそんなふうに丁寧な約束をするものだろうか。  そう思ってしまった瞬間、胸の奥で黒い根がまた少し伸びた。    もはやミレナにイラついているのか、ルドガーにイラついているのかよく分からなくなってきた。  しかし今は仕事中だ。ミレナが一旦職員室から出て行き、残りの昼食を腹におさめたヴィートは、雑念を追い払うように大きく深呼吸した。 (落ち着け。俺は属性管理局の仕事のためにここに来てるんだ。俺の感情とか、管理局にもここの子供たちにも関係ない。せっかくもらったチャンスなんだ。余計なことを考えてる暇なんかないぞ)  昼食後も、ルドガーは相変わらず壁際で施設を観察していたが、ヴィートは積極的に子供たちと関わろうとした。無邪気な笑顔を見ていると、一時でも嫌な感情を忘れられる気がした。  午後は中庭が開放されて、外遊びの好きな子供たちは一斉に歓声を上げながら外へと飛び出して行った。  ヴィートも彼らについて行こうとした時、一人の女の子がおずおずとヴィートの側に近づいてきた。 「王子先生、一緒に手遊びしようよ」  その子は燃えるような赤毛を二本のおさげに編み、両肩から垂らしていた。  引っ込み思案な性格なのか、午前中はみんなに囲まれたヴィートになかなか声をかけられなかったらしい。 「いいよ! どの手遊びしよっか?」 「えっとね……」  しかし、彼女が答える前に、別の子がパタパタと近づいてきてそれを遮った。 「ダメだよ! レイラに触ったら火傷しちゃう!」  レイラと呼ばれた赤毛の子供は、それを聞いてビクッと手を引っ込めた。 (おっと。午前中は気がつかなかったけど、やっぱりこういうことがあるのか)  ヴィートは両方の子供が傷つかないよう、できるだけ穏やかな表情を作って口を開いた。 「みんなよく勘違いしちゃうんだけどね。別に火の属性だからって、火を出せるわけじゃないんだよ」 「でも、王子先生は草の人なんでしょ?」  その子供は属性持ちではなさそうだったが、少し離れたところにいる黒髪の男の子を指差しながら、抗議してきた。 「僕も怖いけど……植物の人のルイスは、レイラのこと特に怖いって言ってたよ!」  ルイスと呼ばれた子供は、ヴィートと同じ黒髪に緑色の目を持っていて、友達の言葉にこくこくと何度か頷いていた。 (これは……属性持ちの間でも、誤解のあるパターンだな)  幼い頃のルドガーがそうだったように、火の属性持ちというのは偏見を受けやすい。  彼の場合、一番近くにいた植物属性持ちはヴィートだった。だが、それが自分ではない誰かだったなら、彼もレイラと同じように遠ざけられていたかもしれない。 (俺たちの学院でも火属性への偏見はあったけど、ここでは同じ属性持ちの子供からも、レイラだけが明確に遠ざけられてるっぽいな) 「……なぁ、ルドガー」  ちょうどトラブルに気がついた先生が仲裁に入ってくれた隙を見計らって、ヴィートは中庭で子供たちを観察していたルドガーの元へと近づいて行った。 「実はさ——」  今さっきの出来事について簡単に説明すると、ルドガーは中庭の隅にいるレイラへちらりと視線をやり、眉間に皺を寄せた。 「先生の対応はどうだった?」 「う〜ん、子供たちはあんまり納得していないみたいだった」  先生もヴィートと同じように「火属性だからといって火が出せるわけではないし、差別はいけない」と説明していたが、子供たちの表情は固いままだった。 「まぁ、当然だな。危険でないと言われたところで、怖いという感情がなくなるわけじゃない。子供ならなおさら本能に忠実だし」 「それじゃあ、どうしようもないってこと?」 「火を一番恐れるはずの植物属性に、理解のある奴がいればだいぶ違うんだけどな」  何気ない雰囲気でルドガーがそう口にしたのを、ヴィートの耳は聞き逃さなかった。 「……えっ? もしかして今、俺のこと褒めた?」 「別に、事実を言ったまでだろ」  理解のある奴、というルドガーの評価が、すとんと胸に落ちてじわりと広がっていく。  自分はルドガーの唯一の友人であり、理解者であったと、そう彼に認められていたらしい。  友人と言われた時よりも、なぜかその言葉の方が嬉しかった。 「しかし、こればっかりはどうしようもない。お前はちょっと変わってたんだ。火を怖がる感情自体は、ここの子供たちの方が自然なんだ。怖がることと、仲間外れにすることは別だけどな」 「じゃあ、どうするんだ?」 「帰りの会で火属性についてきちんと説明する。でも、一度話しただけで恐怖が消えるとは思わない方がいい。日頃から先生によく見てもらって、フォローをお願いするしかない」  ヴィートは、中庭で遊ぶ子供たちをぼんやりと眺めながら、腕組みをしてじっと考え込んだ。 (本当に、そんなやり方しかないんだろうか? 先生だって一人の子供ばっかり見てるわけにもいかないだろ)   ——お前はちょっと変わってたんだ。 (そもそも俺は、ルドガーの火を恐れなくなったんだっけ?) 「……そうだ!」  急に稲妻のようにアイデアが頭に浮かんで、ヴィートは勢いよく園舎に向かって駆け出した。 「おい! ヴィート?」 「ルドガー! 俺、いいこと思いついたよ!」

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