20 / 23

第20話 怖い理由を理解して、行動すること

「はーい、みなさん! 今日も一日楽しかったですか?」 「はーい!」 「お帰りの前に、今日来てくれたお兄さんたちから大事なお話があります」  先生にチラッと目配せされて、ヴィートとルドガーは朝と同じように子供たちの前に並んで立った。  二人は顔を見合わせて頷き合うと、先にヴィートが笑顔で一歩前に出た。 「じゃあ、俺たちから大事なお話をするね。ちょっと難しい話をすると、俺たちは今日は、“属性管理局”のお仕事でやってきました。属性管理局っていうのは、属性を持っている人たちが、困ったり、怖がられたりしないように手伝うところです」  たとえ内部に腐った部分があっても、それを今目の前の子供たちに伝える必要はない。 「それじゃあみんなに質問なんだけど、そもそも“属性”って一体何なのか、分かる人はいますか〜?」  はいっ! はーい! と、何人かの子供たちが、元気よく右手を天井に向かって伸ばす。 「はい、じゃあそこの君!」 「はいっ! ——属性を持ってる子は、火とか風とか水とかです!」 「正解でーす! 火や風や水など、特定の種類の魔力を体に持っている人を、属性持ちと言います。属性持ちは、それぞれ持っている魔力の影響を受けます。例えば俺は植物属性の人間だけど、ある年齢になったら水属性の人に水の魔力をもらって生活するようになります」  何人かの子供たちが、植物属性のルイスをチラッと振り返る。ルイスも親から聞いて知っているのか、神妙な面持ちでヴィートの話に聞き入っていた。 「とはいえ、そういう特徴を持っているだけで、俺は植物と会話したり、操ったりできるわけではありません。水属性の人も、植物属性の人に水の魔力を与えることはできても、本物の水を体から出したりはできません。火の属性の人ももちろん同じです」  赤毛のレイラが微かに身じろぎしたが、ヴィートは気がつかないふりをしてそのまま話を進めた。 「じゃあ、なぜ属性というものが現れたのでしょうか? それについて知っている人はいますか〜?」  教室が、水を打ったようにしーんと静まり返った。  先ほどと違って、元気に手を挙げる子供は一人もいない。 (やっぱりそうか。俺も自分で本を読んで学ぶまで知らなかったもんな。この感じだと、親世代もほとんど知らないんだろう)  実際、先生たちも興味津々な様子でヴィートの話に耳を傾けている。 「それでは今から、本当にあった昔の話を、ちょっとした劇にして見てもらいたいと思います!」  パチパチパチパチ! と先生たちが打ち合わせ通りに手を叩き、子供たちもつられるように拍手する。  ヴィートとルドガーはさっとかがみ込むと、先ほど即席で作った画用紙の炎と木を取り上げた。 「むかしむかし、この国には、魔法を使える人たちが暮らしていました。彼らは自然を操る力を持っていて、火を操る魔法使いは火の魔法使い、植物を操る魔法使いは、植物の魔法使いと呼ばれていました」  ルドガーが棒読みで「ボーボー」と言いながら炎の画用紙を揺らし、ヴィートは「今日はどの野菜を成長させようかな〜」と情感たっぷりに演技して見せた。 (俺の発案とはいえ、説明と演技同時にやってる俺に比べて、ほとんどセリフのないルドガーがこんなに大根なのってどうなんだろう?)  しかしルドガーの演技は真剣そのもので、決してやる気がないわけではなさそうだった。 (ただ単に、演技力が壊滅的なだけか……)  ヴィートは内心ため息をついてから、気を取り直すように小さく頭を振って説明を続けた。 「しかし時が経つにつれて、魔法使いたちの力はどんどん弱まり、やがて完全に魔法が使えなくなってしまいました。魔法使いの子孫には、火や水や植物の魔力の名残だけが、体の中に残りました。それが現在“属性”と呼ばれるようになったのです」  画用紙を床に置けば、そこに立っているのは、何も操れない二人の属性持ちだけだ。 「魔法使いの力は完全に失われたので、属性持ちだからといって火や水を出せるわけではありません。でも、体の中には今も魔力が巡っているので、相手の魔力を怖いと感じてしまうことがあります。その気持ちを否定する必要はありません。俺だって、本物の火は怖いです。植物属性だから、火の魔力に体がびっくりすることだってあります」  そう言いながら、ヴィートはくるっとルドガーに向き直り、その手をがしっと掴んだ。 「でも、火が怖いことと、この人が怖いことは別です」  子供たちや先生の間から息を呑む気配がしたが、ヴィートは気にせず笑顔で彼らを振り返った。 「こうやって、植物と火だって触れ合うことはできます。大切なのは、怖いと思う理由を理解して、それから考えて行動することです」  笑顔で説明を続けていたヴィートだったが、いきなりルドガーが肩に腕を回してきたため、一瞬声が裏返りそうになった。 (あっ、アドリブ——!?)  仕事中だぞ、と言いたかったが、子供たちの前で振り払うわけにもいかない。 「火属性だからって、友達を火傷させたりはしない。だから、最初から怖がって遠ざける必要はないんだ」  子供たちはまだ戸惑ったようにざわめいていたが、レイラとルイスの表情は明らかに変わっていて、ヴィートはその小さな変化を見逃さなかった。  教室の一番前に座っていたルイスが振り返り、それに気づいたレイラが視線を合わせる。  ルイスの口の動きはヴィートの位置からでは読み取れなかったが、レイラははにかんだような笑顔を浮かべている。 (そうだよ。すぐには無理かもしれないけど、子供の頃からこうやって正しい知識を身につけていれば、きっともっといい未来が二人を待ってるはずだから——)  なんとか劇をやり切ったことに安堵して、ヴィートは思わず、肩を組んだままのルドガーにほんの少し体重を預けていた。 ◇ 「二人ともお疲れ様! 先生たち、二人の仕事ぶりをすごく褒めてたよ」  幼児院の正門から出たところで、ヴィートとルドガーは馬車のそばで待っていたミレナに声をかけられた。  初仕事を終えて興奮していた熱が、途端にすうっと冷めていく。 「ルドガー、乗って。お邸まで送るから」 「あ、じゃあ俺は、お前ん家の馬車で先に——」  少し離れたところには、二人を迎えに来たエイムズ家の馬車が停まっている。  ルドガーの目を見ないようにしながら、そそくさとその場を去ろうとしたヴィートだったが、がしっと腕を掴んで引き留められてしまった。 「俺も一緒にうちの馬車で帰る」 「ルドガー?」 「お話は今ここでさせてもらってもよろしいですか?」 「えっ、でも……」  ミレナは困ったように、チラッとヴィートに視線を寄越してきた。 「ほ、ほら! 俺には聞かれたくない話もあるだろうから——」 「俺にはない」  真っ直ぐな視線と言葉を向けられて、ヴィートの心臓が今までにないくらいドキンと跳ねた。 「ミレナ嬢とのことで、お前に聞かれて困る話はない」 (こいつ……!)  本当はミレナのことが好きで、嘘をついているくせに……!  しかし、そう信じ込もうとしていた心に、より理性的な感情が異議を唱えてきた。 (何言ってんだ? さっきの壊滅的な演技を見ただろ? あれだけ芝居の下手な男が、俺にだけ何日も平然と嘘をつき続けられるか?)  だったら、ミレナのことが好きでないのなら——本当にただ自己犠牲的な理由で、彼女のことを庇っただけだというのか? (だとしたら、昔から想いを寄せてる相手っていうのは——?) 「たびたびお手紙をいただき、申し訳ありません。ですが、俺は今までもこれからも、あなたのお気持ちに応えることはできません」  ルドガーにはっきりとそう告げられて、ミレナは一瞬だけ傷ついたような表情をした。  しかし、彼女はすぐに小さく息を吐くと、困ったような笑みを浮かべた。 「分かってました。お手紙の返事を全然もらえなかった時点で。でも、どうしても一目会って伝えたいことがあったから」  ミレナはそう言うと、ルドガーに向かって深々と頭を下げた。 「中等部の時、私、黙って逃げてごめんなさい」

ともだちにシェアしよう!