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第5話
ルイ・グレイグに俺の生い立ちについて話があると言われ、連れてこられたーールイ・グレイグの竜化した背中に乗せてこられたーーのは緑豊かな森の奥深く、山紫水明を感じられる絶景の滝だった。
涼しく爽やかな空気、鮮やかな緑や吹きぬける風。水が弾ける滝つぼや小川のせせらぎが闘いで緊迫していた気持ちを緩やかに解いていく。
「どうだ? ヴォルフ、気持ちいいか?」
「うん」
頷けば、ルイ・グレイグは端麗な美貌をふわりと緩めて微笑んだ。茫然陶然として見惚れ、舞い上がりそうなほわほわとした気持ちを服の上から抑えた。
この気持ちは何だろう……?
「ヴォルフ、竜人について何か知っているか?」
首を横に振る。
この世界にも竜人はいて国を創っているらしいが、詳しいことは何も知らない。
「話は長くなるが、いいか?」
「うん」
竜人の起源は一匹の呪われた死ぬことのできない黄金竜にさかのぼる。
まぁ、その黄金竜、元々は赤竜だったらしいが。
何でもその赤竜、闘いばかりに明け暮れ、同族をたくさん殺し、竜気を吸い取り過ぎたせいで死ぬことのできない黄金竜になっていたそうだ。
そんな黄金竜はある日、人間の娘に恋をした。いや、ただ恋をしたんじゃなく、黄金竜は種族の違いを恐れず、その人間の娘と結ばれるために、己の身体を人間に変えて娘にアプローチした。やがてふたりの間には男の子が生まれた。竜人族の誕生だ。
それからも黄金竜と娘はたくさんの竜人を儲けたが、すべて男だった。女はいない。
怖かったんだろう。黄金竜は。
竜人と呼べる子は己と娘の子だけ。
血の濃い兄妹同士が結ばれれば、遺伝子の多様性を獲得できず、病弱な子や障害のある不幸な子が産まれる可能性がある。
だから黄金竜は男しか産まれないよう、種から遺伝子を縛った。
やがて竜人達は竜や人間とつがい、子供を産み、数を増やしていったが、今も尚、竜人との間に生まれる子供はすべて男だ。遺伝子的縛りはいまだ解かれていない。
それでも黄金竜はそんな遺伝子操作だけでは不安だったんだろう。
竜人の子供達の遺伝子に異世界渡りの『習性』をも組み込んでいる。
異世界渡りをするようになれば竜人は生まれた世界から離れなければならなくなる。濃い血をその地に残さないようになる。
そうして古代種と呼ばれる竜人は習性で異世界渡りを行った。
今は血も薄まりその習性はほとんど消え失せ、新種と呼ばれる竜人にとって異世界渡りは一人前と認められる条件、儀式程度にしか考えられていない。
新種の竜人同士で番ってもいる。相性が良ければ卵も産める。始祖竜が間違えたのか、狙ったのか。分からないが。
ヴォルフ。
竜人は子供ができにくい。
番う相手が種族の違う人間か、竜か、同族でも同性の竜人だからだ。
子供は捨てない。
そもそも竜人の愛情は深い。子供ができれば大切に、大切に、巣立つまで、それこそ異世界渡りができるまで育てる。命をかけてまで守る。両親が亡くなれば近くにいる竜人が育てる。
ヴォルフ、お前はおそらく、古代種の竜人だ。
赤ん坊の頃、無意識のうちに異世界渡りしてこの世界に来ている。
俺をじっと見つめて語るルイ・グレイグから目を離した。
浮いては消える、滝つぼの白い泡を遠くに見つめ、心の動揺をどうにか抑え込む。
俺は、俺は……俺は親に捨てられたのではなく、古代種の竜人で異世界渡りしてこの世界に来ていたのか。
信じられない話だが、仮にそうだとして、もう終わったことだ。そのことはもういい。
それより俺はーー俺は竜人同士番い、子供を産むと聞いて……ルイ・グレイグの子供が欲しいと、強い衝動に駆られた。
いいや、子供はできなくてもいい。あの魅了してくる笑みを浮かべるルイと生涯共にできたなら、どんなに幸せか。
いきなりこんなことを想像してしまったのは何故なのか。思い返せば一目見た時からルイ・グレイグに惹かれていた。今、考えれば一目惚れだった。
無意識だろう。
男同士だという社会理念や、高嶺の花の竜人と平々凡々の俺が釣り合うはずがないという想いが俺の想いに蓋をしていた。
俺が本当に竜人なら、強くルイ・グレイグを自分のものにしたいと思う。
それこそ、人に姿を変えた黄金竜のように。
だが俺とルイ・グレイグが古代種同士なら、番えない。それでは授かった子供が不幸になってしまう。
もし、ルイ・グレイグが新種なら、俺と番うことはできるんだろうか。
ルイ・グレイグはさっき新種同士なら番えると言っていたが。
「ヴォルフ、どうした? 思い詰めた顔して」
よく分かるな。俺の表情筋は今、いつも通り仕事をしないというのに。
「ヴォルフ、今、考えていることを言葉にしてみろ」
「………グレイグ殿は」
「ルイ、だ」
「ルイは」
「ああ」
「古代種か」
ルイが驚いたように息を飲み、それからふわりと麗しく微笑んだ。
「一番の疑問がそれか。嬉しい質問をしてくれるな、ヴォルフ。そうだ、俺も古代種だ」
なんとなく、そうだと思った。
ルイは口に入れれば甘く蕩けるカラメルに似た色をした黄金色の竜だった。始祖竜の色に近い。
ルイと俺は番えない。
そう考えると地の底まで落ち込んだ。
胸がやるせなくなるほど、苦しい。意味もなく、今、泣きたい。
目を伏せると、名前を呼ばれた。見ると、にこにこと嬉しそうなルイの顔。
ルイは俺と同じ古代種であることを喜んでくれているのかもしれない。
「ヴォルフは俺が新種でいて欲しかった?」
こくりと頷いた。
ふうわりと優しい香りに心臓が跳ねる。胸を押さえる。駄目だ。どきどきどきどき鼓動が鳴り止まない。何だこの香は? ほのかだが優しい香りがする。
ルイがふんわりと微笑んだ。
「血の薄まった新種の竜人と竜人は男同士で番う。相性が良ければ子供も産める。そう聞いて、ヴォルフは俺と番いたいと思ったから?」
カッと顔に朱が走った。
本音を暴かれ、言いようのない屈辱感と羞恥心が胸に去来した。
心の奥に隠しおきたいもの、疚しい心を、見透かされて声も出ない。
「おい待て、泣くな、ヴォルフ」
腕を強く引かれ、ルイの鍛えられた胸元に俺の頬が埋まった。何故、どうして。こんなことを。胸が苦しい。動けない。
ドキドキと耳に響くのは俺の心臓の音か。ルイの心臓の音か。どうしよう。どうすれば。すごい、いい匂いがする。
「ヴォルフ、聞かせてくれ。古代種は古代種同士番えない、俺とは番えないと思ってショックを受けた?」
鍛えられたルイの腕の中、本気で泣きたくなってきた。
ルイはどうしてそんなことを聞くのか。身の程を知れと俺を馬鹿にする気なのか。
「嫌いだ。ルイなんか」
「おい」
ルイが俺の両肩を掴んで、俺の顔を覗き込んできた。
ルイは綺麗に整った眉を寄せ、少し怒ったような表情を浮かべている。
あざとかわいい。
ぷいと顔をそらせば、両頬を両手で掴まれた。
「こっちを見ろ。いいか、冗談でも俺を嫌いとか二度と言うな。傷つく」
俺はもっと傷ついている。
「ヴォルフ、よく聞け。古代種同士でも番える」
俺の息が止まり、目を見開くと、ルイが端麗な美貌の上、目元をさっと朱に染めた。
「ようは近親者じゃなければいい。近親者は本能的に匂いで分かる。性欲が減退する匂いがする。あとは、そうだな。不思議と見た目から性的に受け付けない」
ルイの額がコツンと音を立てて俺の額に触れた。
「お前、俺の顔、好きだろう?」
「うん」
知っていたのか。
「匂いは?」
「好き」
いつも優しい香りがする。
ルイは豪奢な白金の髪を風になびかせ、輝くばかりの美貌に心底嬉しそうな表情でふうわりと微笑んだ。
「婚約しよう、ヴォルフ」
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