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第6話

「こ」 「婚約」  過程が飛びすぎてる。愛の告白だの、恋人期間がない。そもそも昨日出会ったばかりだ。だが婚約してしまえばルイを他の奴らに盗られることがなくなる。そして結婚ゴールイン。まるで夢のような話じゃないか。飛びつかない手はない。 「分かった。する」 「よし。ただし条件がある」  うまい話には裏がある。俺は今からこの男に騙される。詐欺か、マルチ商法か。だが騙されてもルイと一緒にいたいという欲が抑えきれない。ボロボロになった自分の未来が見える。 「待て、ヴォルフ。何を想像したのか知らないが、この世の終わりみたいな顔しなくて大丈夫だから。落ち着け、いいな?」  俺の表情筋はいつも仕事をしないのに、今に限って仕事をしてくれているのか。余計なことを。  両手で顔を覆えば、ルイがその俺の指先にそっと唇を落とした。 「ル」 「どちらかに運命の番が現れれば婚約は解消する。いいな?」  指先に、頬に、ルイの吐息が触れていた。甘い香り。めまいがする。 「ヴォルフ?」 「分かった」 「……運命の番が何か知ってちゃんと返事したのか?」 「……っ、正直今、舞い上がっていて、頭がうまく回らない……」  ルイの貌も声も匂いも会話の流れもすべてが良すぎて意味が分からなくなってくる。 「ヴォルフ」  顔を覆った俺の両手をルイが解いた。 「真っ赤になっているじゃないか。俺との婚約がそれほど嬉しい?」 「うん」 「……っ! 口付けしてもいいか?」  俺の返事を待たず、ルイがゆっくりと近づき、唇と唇が触れ合いそうになり、とっさにルイの胸を押し返した。 「……俺と口付けしたくない?」 「したら……心臓が破裂する」  展開についていけているようで、まだついていけていない。急すぎる。 「ヴォルフ、そんな可愛いこと言うな。俺の心臓が先に破裂する」 「え?」  風のような素早い動きでルイが俺を地面へと押し倒した。両腕を地面に縫いとめられる。 「聞かせてくれ、ヴォルフ。俺と口付けすると心臓が破裂しそうになるのは、どうして?」  俺が聞きたい。さっきから心臓がドキドキとうるさくて、何も考えられない。  動悸に合わせて顔は真っ赤になっているに違いない。珍しく俺の表情筋が仕事をしようとしている。違う。意味もなく泣きそうになっている。目が潤む。 「……っ、ヴォルフ、竜人は嫉妬深く、独占欲が強い。自分のものだと決めた相手に体液でマーキングする。俺はヴォルフにマーキングしたい」  地面に縫いとめられた両腕が強く握られ、返事も何もしていないのに、唇をふさがれた。 「ん……っ、う……っ」  ルイにマーキング口付けされている。そんな衝撃の事実に頭が真っ白になり、衝動的にルイを払いのけようとした。  だが押さえつけられた腕はびくともせず、唇をふさぐ熱も離れない。  ルイの唇が強く俺の唇を吸い、角度を変えて深く重なっていく。得体の知れない感覚が背筋を走る。  震えながら押し返すと、ルイはようやく唇を少し離し、切なげなため息を吐いた。 「ヴォルフ、俺との口付けは嫌か?」  囁くルイの声が聞いたことないほど切なくて、内容が頭に入ってこない。動悸がすごい勢いで鳴る。  押さえつけられている腕を解いて欲しくて、涙目でルイを見れば、ルイは切羽詰まった表情で俺を見下ろしていた。  知らず止めていた熱い吐息が唇から薄く漏れる。  ルイの唇がかすか震えて、言葉を出すかと思えば、再び強引に唇が重ねられた。音を立てて唇を吸われ、指先がぴくぴくと震える。  深く俺の唇を吸ったルイが俺の閉じた唇をこじ開けるよう境目に舌を這わせている。ゆっくりと、何度も。何度も。  ルイの熱い舌を退けるために薄く唇を開き、俺の舌でルイの舌をぶつけた。 「んん……っ! んーーっ!」  とたん、甘い香りと強烈な気持ち良さに四肢が強張った。濡れた音が響きルイの唇がますます深く重なってくる。翻弄される。何だこれは。無茶苦茶気持ちいい。頭がぼうっとする。  身体がだんだん弛緩していくと、俺の両手を拘束していたルイの手が解け、熱い手が俺の脇腹を這った。 「…………っ!」  強烈な快感が背筋を走り、水に打ち上げられた魚ように全身がびくびくとうる震える。  そして気が付いた。俺の下半身。布越しに硬く勃ってしまっている。ルイにも知られてしまっている。隠そうとしてもこんなに密着していれば伝わってしまう。  男同士でちょっと口付けされだけで、勃つとか、ない。恥ずかしすぎて泣きたくなる。 「やめろ……っ!」  涙目になって叫べば、ルイは勢いよく身体を起こした。  ルイの琥珀色の瞳には欲情の翳り。壮絶に魅惑的で目のやり場に困る。そっぽを向いて目を逸らした。  乱れた息を辺りに散らし、濡れた唇を拭えば、唇の端に口付けされる。 「ルイ!」 「やめたくない」  耐えるような表情のルイが俺を見下ろしている。 「もっとヴォルフに俺の匂いをつけたい」  熱い吐息が耳朶に触れる。太ももにルイの硬く勃ったものが押し付けられる。目を見開く。ルイも俺と同じ性的に興奮している。まさか。ここでイタすのか!? とっさに押しのけようとするが、ルイの鍛えられた胸はびくともしない。 「ルイ、ルイ! 俺達はまだ婚約していない!」  ルイが端麗な貌に戸惑った表情を浮かべて俺の髪をそっと撫でた。 「婚約すればいいのか?」 「……うん」  とりあえず、今は急すぎてこれ以上は無理だ。  ルイがふわりと微笑んで俺のこめかみに口付けし、いきなり抱き抱えると次の瞬間には山の斜面を信じられない速度で降りていく。 「ルイ!?」  穏やかな笑みを浮かべながらルイは軽々と跳躍し、高い木の枝を大きくしならせ、また高い木の枝へと飛び移り、風のように、矢のように駆けていく。  人型でもこの桁外れの身体能力。  とてもじゃないが、俺には真似できない。やはり俺が竜人とかありえない。  どうしてルイの話を鵜呑みにして自分が竜人だと思ってしまったのか。  ああ、一目惚れしたルイが自分のものになればいいと、高望みしたせいだ。

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