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第7話
山の斜面を降りる時、ルイは運命の番が何かを教えてくれた。定義はないとも。
「前世番った者同士が”運命の番”なのか、遺伝子的親和性の高い者同士が”運命の番”なのか、はっきりしてない。
ただ本能的な結びつきが強く、ひと目見た瞬間、強烈に惹かれ合うそうだ。出会えばすぐに分かると聞いている。
遭遇率は極端に低く、出会えることが奇跡で、ほとんどの竜人が運命の番に会えないまま一生を終えてしまうそうだ」
ルイは俺を腕にしっかり抱えたまま、木の隙間をかいくぐり、矢のように駆け下りて行く。
「俺の両親は運命の番だった」
だからルイはそんなに超絶した存在なのかと感心して……ルイの様子がどこかおかしいことに気がついた。
走っているルイの俺を抱き抱える腕に妙に力が込められていく。
「ヴォルフ、婚約期間中、盛大な婚約披露宴を開くぞ」
「……そういうの苦手だ」
「竜人が婚約すると”運命”の導きなのか、”盗られたくないという本能”なのか、どこからともなく運命の番が現れることがある。ヴォルフは欲しくないか? 運命の番が」
そんなもの欲しいはずがない。
運命の番が欲しいのはルイだ。
だから出会ったばかりの平凡顔の俺と婚約しようと言い出した。盛大な婚約披露宴をする為に。
身の毛もよだつほど美しい夢から、一気に目が醒めた。
「……俺は孤児院で育った。あたたかい家庭に憧れている」
ルイは俺を抱えたまま険しい表情で跳躍し、木の上に飛び乗った。木が揺れ、ルイの動きに合わせて軌跡が描かれる。
「運命の番が現れなければ、俺がヴォルフとあたたかい家庭を築いてやる」
ルイは、優しい。
俺は唯一が欲しかった。
俺が竜人だったという噂は俺とルイが留守している間に風のように広がっていた。
王都に帰り、大門を潜れば、俺ごときに一度ひざまずき、その都度頭を三回、合計九回たれる叩頭礼(神仏や直系尊属に対して尊敬の念を示すために行われた礼)で王が自ら出迎えてくれた。この国の竜人への待遇はこうしたもののようだ。
その後豪華絢爛な間に案内されれば、ルイと俺との婚約証書が既に用意されていたので驚いた。
ルイは前もってミヒャエル大元帥に俺にプロポーズすることを伝えていたそうだ。その上で手続きを進めていた。
俺が断るなんてこの部屋の誰も思わなかったようだ。それもそうだろう。結婚にあたり、より良い生活をしたいと思うのは当然のこと。俺のような後ろ楯のない孤児なら尚更。周囲の者の目がそう語っていた。
俺とルイの婚姻は国にとってとても有益なもののようだった。
まず、俺の国籍はこの国にある。俺が竜人なのか人間なのかはっきりしていなくても、ルイと俺が番うことによって、異世界召喚者のルイをこの国の住人にできる。
なおかつ今まで親睦のなかった竜人の国の竜人達を俺とルイの婚約披露宴に招待することができる。
ミヒャエル大元帥はかつてモルグ討伐の件で竜人の国に助けてくれるよう打診したことがあるようだ。
だが竜人の国の者はモルグのような弱い相手と闘う気になれないと、けんもほろろに断ったそうだ。
『運命の番をお探しの方いませんか? 我が国の竜人達の婚約披露宴に招待しますよ。我が国のモルグの討伐を引き受けて下さるのならば』
そんな内容の招待状を用意していると、ミヒャエル大元帥は扇で口元を隠し、コロコロと笑った。
「あとはこの婚約証書にヴォルフがサインをすればいい」
どこか急かすようなルイに促され、その場に視線を落とした。
「どうした? ヴォルフ」
「疲れた」
自分の意志に関係なく話が色々進んでいく。そもそも俺は本当に竜人なんだろうか。この部屋にいる誰の目も懐疑的だ。
それもそのはず、竜人の定義とも言える”見目麗しさ”を俺は持っていない。
ルイが俺を古代種の竜人扱いするからすっかり俺もその気になってしまったが、周りの懐疑的な目を見れば自信もなくなる。
「ヴォルフ」
ルイが低い声で唸るように俺の名前を呼んだ。顔を上げればルイは威圧感のある双眸で俺を見ていた。
この目を俺はよく、知っている。身の程を知れ。ただ従えばいい、抗うなら許さないという目だ。
ルイは運命の番を探している。それはきっと切実に。
筆をとり、名前を書く。
周囲のふわふわと浮かれる様子がひどく、滑稽に見える。
婚姻証書には条件付けに運命の番が現れた場合、解消する。と、はっきり記載されていた。
兵卒四人部屋だった俺の居住は皇立の迎賓館のひと部屋、ルイの部屋の隣の部屋に変えられていた。
ありがたいことに、元々の部屋に置いていた俺の荷物もきちんと運び込まれている。
それは言外に二度とあの部屋に戻るなと言われているようで、それなりに手入れしてきた物もこの豪奢な部屋の隅に置かれると、ただのボロに見える。
俺が婚姻証書をサインした後、終始気遣ってくれているルイに腕を引かれて椅子に腰掛けた。
「疲れたのか? 大丈夫か? ヴォルフ」
何故こんな全身に力が入らないのか分からない。ああ、気力がわかないからか。何故気力がわかないのかまで、分からないが。
ふと、ルイが俺を怖いくらい強く見ていることに気が付いた。
「まさか、俺と婚約したこと、後悔しているのか?」
ゆっくりと首を横に振る。
ルイの運命の番が現れなければ、ルイは俺と番ってくれるのだからこれほど喜ばしいことはない。
それなのにどうしてこんなに気が滅入るのか。
天啓のように閃いた。
婚約期間中、ルイに運命の番が現れるような気がするからだ。
生まれつき、俺の予感は不思議とよく、当たる。なんだ。悲しかったのか。俺は。ルイと番えない未来を想って。
恐る恐るといった様子でルイに頬を撫でられた。触れたら壊れる宝物のような撫で方だ。
「……ヴォルフ、どうして泣く?」
泣いているのか、俺は。
そっとルイの腕の中に囲われた。身を固くする。親のいない俺はこんな抱擁に慣れていない。嬉しくてもどうすればいいか分からない。
「ヴォルフ」
掠れた低い声に見上げれば、ルイの端麗な顔。ゆっくりと近づいてくる。キスされると直感した。逃げた方が後々、傷が浅く済むのではないかと、一瞬、ルイの身体を押し返した。
「ヴォルフ、俺が怖いか?」
ゆっくりと首を横に振ると、ルイが俺の髪を優しく撫で、ためらいながら俺との距離をつめてきた。
吐息が触れ、鼓動が速まる。ルイの息は甘やかで、それだけでクラクラとめまいがする。
数度触れるだけのキスの後、うなじにルイの手が回され、ルイが我慢できなくなったように吸い付いてきた。
気が付けば深く唇が重なり合い、ルイの舌が口内に潜り込んでくる。
ぞくりと走る快感にルイの服を握りしめ、しがみついた。ルイが貪るように俺の唇を求めてくる。乱れた息はどちらのものなのか。
力の抜けた身体を横たえられ、覆い被さってくるルイに混乱する。免疫のない身体はすっかり硬く、こりもせず、熱を帯びている。
ゆっくりと俺の唇を指先でなぞるルイはひどく扇情的で見ていられず、無言でぎゅっと抱きついた。
「ヴォルフ?」
「これ以上は、駄目だ」
「理由は?」
掠れ、色を含んだルイの声にぞくぞくと身震いする。自分の胸にルイの形のいい手を当てた。
「これ以上は、心臓が、もたない」
凄絶に美しいルイが目を逸らせないほど強い視線を降り注いだ。
「心臓の音なんか気にならないほど、愛してやろうか?」
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