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第8話
何をどうやってそうなったのか分からない。
気が付けばルイを押し退け、窓から身を躍らせていた。
走馬灯のように未来を想像してしまった。ルイに愛された後、ルイに運命の番が現れ、ルイに二度と会えないと泣き叫ぶ自分を。
窓の中からルイが俺を呼んでいたが、ひとりにさせて欲しいと叫び返した。
しんと静まりかえった辺りはいつの間にか夜にふけていた。夕餉も食いはぐれた。
とぼとぼと歩いてたどり着いた先は、兵卒四人部屋、パウル、ブラン、ベン達のところだった。
軍の規定で部屋への酒の持ち込みは禁止されている。
それでもどうにか持ち込んできたのはブランだ。
「ヴォルフが規律にうるさいのは知っているが、今日は口をつぐめ。いいな」
「うん」
十六歳から十九歳までの濃密な時間を彼らと過ごした。連れ立って遊びもすれば喧嘩もした。悪さもした。楽しかったし、めんどくさいと思う時もあった。でも友人と呼べる仲になっていた。
何故俺がここに来たのか俺自身よく分からなかったし、パウル達も聞かなかった。
竜人、婚約、部屋の引っ越し。そんな暗黙の禁止語があるのか、取り留めのない会話で四人、酒を呑んだ。つまみはどこから持ってきたのか落花生だ。
部屋は狭く、剥いた落花生の殻はそのうち辺り一面に散らばり、その上に酔って赤くなったブランがゴロリと寝っ転がり、続いてベンが机に突っ伏した。
こんなところで寝たら風邪をひく。
毛布を取りに行こうとして、切羽詰まった顔のパウルに腕を取られた。
「ヴォルフ、大丈夫か?」
「え?」
「落ち込んでるだろ?」
どうして分かるのか。表情を取り繕えなくて、泣きたいような笑いたいような顔になった。
「逃げよう、ヴォルフ」
掠れた小さな声で呟かれて、一瞬、動きを止めた。
「え?」
「お前、変なことに巻き込まれているんだろ? いきなり大元帥に呼び出されて、部屋も変えられて……う、噂じゃ、お前があの竜人のこ、婚約者になったって……俺らそんなの信じてなかったけど、今の落ち込んだお前見てたら、やっぱり何かに巻き込まれたんじゃないかと思って。あの竜人、変な感じでヴォルフに入れ込んでいたし。
前に言っただろ? あの竜人に関わらない方がいいって。いざとなったら俺が一緒に逃げてやるって……!」
パウルが俺の腕をさらに強く引き、床についた手が落花生の殻を辺り一面に散らした。
「す、好きなんだ……っ! 俺、ヴォルフのこと……っずっと、ずっと好きだったんだ。あの竜人にいいようにされる前に俺と逃げよう……っ!」
パウルの顔はこれ以上ないほど真剣で、酒気を帯びていない。そういえばパウルは酒に口をつける程度でほとんど呑んでいなかった。酔ってる訳ではないんだろう。狼狽する。
「好きって、その、友達として?」
「……! 違う! 恋愛対象として、ずっと、ずっと前から好きだった」
「俺は男だ」
言って後悔した。ルイと婚約した俺が同性愛をどうこう言える立場にない。今までパウルは普通に女の子が好きなんだと思っていた。パウルと俺はずっと一緒にいたのに。
「お前が男だって知ってるよ!! 誰よりも! ヴォルフ、見返りなんか求めない。お前が男に興味ないことくらい痛いくらい知ってる! 俺とはこれまでのような友達でいい、幼馴染でいい。俺と逃げよう……っ!」
窓も扉も閉まったままなのに風がふうわりと吹いた。甘い優しい香り。ルイの、香り。
いつの間に部屋に侵入してきたのか、ルイが扉の前で両手を大きく広げた。
「ヴォルフ。ひとりになりたいと言っていたのに、一体、誰と何の相談をしているんだ?」
パウルに掴まれた俺の腕をルイが見た。すうっと目が細められる。冷や汗が流れるくらいの殺気を当てられ、パウルが震えて俺の腕に抱きついた。
「……殺されたくなければ、ヴォルフを離せ、それはもう、俺のものだ」
ガタガタ震えながら、それでも目だけで射殺せそうなほどルイを睨みつけるパウルの肩をトントンと軽く叩いた。
「パウル、俺、帰るよ」
パウルに好きだと言われて、逃げようと誘われて、単純に嬉しかった。
だがパウルとの間に友情は考えられても、恋情は考えられない。その気持ちを上手に表現してパウルに伝えられない。
ルイに嫉妬されて悦んでいるとも。
「お前は笑うかもしれないが俺は竜人らしくて」
「笑わないよ。笑わない。ヴォルフはいつも平凡顔だって自分で言うけど、確かに平凡顔だけど、でも、それこそ、そこにいる竜人と同じ位背が高くてスタイルが最高に良くって、何着てもすごいカッコ良く似合ってて。俺達と同じように日に焼けてもおかしくないのに、お前の肌はいつもすべすべで白くて。寝顔はやたら最高にかわいいし、服脱ぐ時のお前の後ろ姿」
ひんやりと滲みでるルイの殺気にパウルが口をつぐんだ。後半はわざとルイが嫌がりそうなことを言い並べてたからだろう。
「パウル、俺、ルイと婚約した。ルイに惹かれている」
ルイが強引に俺の腕を引っ張りパウルから俺を奪うと、背後から抱きしめてきた。首筋に唇を押し付けられる。
ぽかんと口を開けるパウルに表情筋を総動員して笑みを作る。
「幸せになるよ、俺。今までありがとう。みんなにもよろしく」
俺が幸せになる保証なんてどこにもない。そんな予感もない。
だが、幼馴染の前で小さな見栄を張るくらい、許されたい。
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