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第9話
ルイに引きずられるようにして迎賓館の俺の部屋の前へ戻ってきた。
「部屋の扉はしっかり施錠しろ。今夜はどこにも行くな」
てっきりこのままルイは俺の部屋に入り込み、無理矢理にでもこんなことやあんなことを仕掛けてくるのかと思っていたので、少し、拍子抜けした。
「何だ、ヴォルフ、その顔は?」
両方の頬を手で挟まれて、目を見開いた。ルイは苛立ったように、まくし立てた。
「お前も俺と同じ竜人だろう! 同じような気性を持ってるはずだ! 婚約者の俺というものがありながら、他の男の部屋に……っ! 俺とあれこれすることに抵抗があるなら、待つ。だからどこにも行くんじゃない!」
癇癪を起こしたルイを見て、困惑と歓喜を織り交ぜながら、こくこくと首を縦に振った。
「ルイ、だが、あの部屋は今朝まで住んでた俺の部屋だ」
ルイの怒った肩が下がり、大きく息を吐くと、俺の身体を抱きしめた。
「悪かった。ヴォルフ、怒鳴ったりして。怖がらせたか?」
ルイの腕の中ふるふると首を横に振れば、強く抱きしめられた。
「こんな風に誰かに強く独占欲を持つのは初めてだ。ヴォルフを連れ去ろうとするアイツを殺してやろうかと思った」
低い囁きと同時に首筋にルイの顔が埋まり、擦り付けられる。
ルイの言っている内容は物騒で、ここは廊下で、誰が通るか分からない。それでも身を強張らせながらでも、ルイの腕の中に居たいと思う俺はすでにルイに溺れているのかもしれない。
「これで相手が……運命の番なら……」
そんなルイの憂いた呟きを聞いて、浮ついた気持ちがすっと冷め、身体の力がふっと抜けた。
ルイは今、俺と自分の運命の番を置き換えて想像したのか。
俺を自分の腕に囲い込みながら?
ひどい嫉妬心で頭が焼き切れるかと思った。この場でルイを叩きのめしたいという強い衝動に駆られた。
だが俺ごときがルイに敵うはずない。
ルイの腕をそっと解いて、自分の部屋へと戻った。ルイの顔は最後まで見られなかった。
ルイと俺はコンビを組んでモルグ討伐にあたることになっていたが、ルイは俺とモルグ討伐にあたるのが嫌そうだった。それもそのはず、モルグ討伐に出かけても俺はルイに守ってもらってばかりだった。
俺の剣技は開花したが、それだけだった。
異世界渡りの基礎とも言えるべき結界が俺は張れなかった。ルイの役に立たなかった。
次第にルイがひとりでモルグ討伐に行くようになっていき、俺は留守番するようになっていった。
平々凡々な顔、張れない結界、そこまで強靭でもない身体。おまけに竜化できないとくれば、誰も俺が竜人だと思うはずがない。俺自身、思えなくなっていた。
だがルイが俺を竜人だと言い切ることで俺の凡庸さは周囲から黙認された。
王族や大臣や将軍達は俺が竜人でも人でもどちらでも構わないと思っているようだ。要はルイがこの国に安住すればそれでいいのだから。
だからルイの手前、俺をきちんと竜人扱いした。
だが女性は違った。特に皇立の迎賓館に出入りしている女官。嫉妬が面倒だった。
それもそうだ。竜人は生涯、番しか愛さない番至上主義。女性にとって竜人の番になることは憧れでしかない。竜人に愛されれば幸せな一生が約束されているのだから。
それなのにルイは何故か平凡顔で、孤児上がりの、しかも男の俺を選んだ。
ルイは誰の目もはばからず、俺の容姿を褒め称え、ひらひらと風に翻る袖や裾がきわめて優雅で豪華な衣装を好んで俺に着せ与え、そばに置いてはあれこれと世話を焼いた。
そんな俺の姿は女官達にどう映るだろう。
竜人だと主張しているにも関わらず、モルグ討伐せず、権力を傘に豪華な皇立の迎賓館に住み、豪奢な衣装や装飾品で身を飾り立て、毎日贅沢な食事をのうのうと貪りルイに媚を売っている。そんな風に映っているはずだ。
女官達はそのうち鬱憤を晴らすよう、ルイのいないところで俺に聞こえよがしに陰口を言い出した。
さもしい男、血の卑しい男、身の程知らず、男娼、などと蔑んでくる。
俺は自然と部屋にこもるようになっていった。
それでもルイとの婚約を解消したいと思わない俺は、本当にさもしく、血の卑しい、身の程知らずな男娼なんだろう。
夜半過ぎ、バルコニーで際立って美しい月輪を愛でていると、黒い影がふわりと手すりに乗った。
一瞬身構えた。だが今日与えられた俺達ふたり分のモルグ討伐をひとりで済ませたルイだと分かると、小さく笑みを作った。
ルイはモルグ討伐において、俺とコンビを組み、組むからには当然、ふたり分のノルマをこなしていた。俺には何もさせてくれない。
ルイは俺にノルマがあることを隠していた。
だが親切な通りすがりの女官が俺に教えてくれる。
お前は何もせず、豪華な場所で豪華な衣装を着て怠惰を貪っているだけの男娼だと。
ルイが心配そうに目の前に立ち俺の顎に手をかける。
「顔色が良くない。今日もどこにも出かけなかったのか?」
充分すぎるこづかいをルイから与えられている。この部屋から出る気もなければ、こづかいの使い道もないが。
こくりと頷くと、ルイが一瞬、一緒に、と言いかけた。
一緒に出かけよう。
そう言おうとしたんだろうか。だがルイがこなしているモルグ討伐のノルマは竜人二人分。一個師団に相当する。当然ルイに休日なんかない。
だからルイは言えない。俺と一緒に出かけようと。
浅い笑みを浮かべた。出来るだけ美しく見えるように。
ルイは何故だか俺の顔が好きだ。初めはお世辞か、義務か、義理で褒めているのと思っていたが、どうやら心底俺の顔が好きらしい。
人の好みも人それぞれ。できれば痘痕もえくぼであって欲しいが。
「ルイ、ザルムート元上級大将が今日も遊びに来てくれたんだ」
ザルムート元上級大将は闘技場でルイとの闘いを見て、手合わせ願いたいと、単身でこの皇立の迎賓館を訪ねに来てくれた人だ。
ルイは自分の留守中、老若男女、俺への訪問者をけっして許さなかったが、ザルムート元上級大将だけは別だった。
有名な愛妻家で既に還暦を迎えた世話焼きの好好爺で、とても信用のおける人柄だったからだ。
俺と腰に不具合を抱えているザルムート元上級大将の手合わせの時間は短い。
代わりにザルムート元上級大将はマナーや教養の不足している俺の教師をしてくれた。
ザルムート元上級大将から見て俺はあまりにも無口で無表情で、迎賓館で陰気にこもる様子はどうしても看過できなかったようだ。
外の世界を知りなさいと再三言われた。
そうして正しく品位ある言葉遣いを覚えた俺は前とは比べものにならないほど人と話ができるようになった――ルイ以外、話し相手はいないが。
超絶美形のルイの隣で少しでも見劣りしないよう、洗練された美しい所作を学ぶこともできた――ルイ以外、見せることないが。
苦笑すれば、ルイが突然、やや乱暴に俺の唇を吸い、角度を変えて熱いキスを降らせてきた。
激しい抱擁に身動きができず、乱れた息でルイの形のいい唇を手で押さえた。
「ルイ、ザルムート元上級大将がここに来るのが嫌なら、訪問は断る」
ルイの長い指が俺の頬をゆっくりと撫でた。
「日に日に美しくなっていく」
目をぱちくりとした。またルイが不思議なことを言っている。薄い笑みが浮かんだ。
「そうやって表情も出てきた」
「すべて……お前のために頑張っている」
少しでも愛されるように。釣り合うように。
もう……俺にはルイしかない。
親は元々いない。仕事はさせてもらえない。幼馴染も友達も失った。彼らは平民だ。この迎賓館を訪れようとしても門前で女官達に追い払われている。
ルイの胸に頭を押し付ければ、ルイは俺のために、そう呟いて、嬉しそうに俺の額に唇を触れさせた。
「ザルムート元上級大将にはいつ来ていただいても構わない」
ルイが熱い吐息をぶつけ、唇で舌で俺の唇を咀嚼するように食む。
「湯浴みしたのか? ヴォルフ……俺の匂いが薄くなっている」
気に入らない。そんな呟きを聞いて背中に愉悦が走る。
竜人は番にマーキングする。自分の匂いをこれでもかとつけて自分のものだと強く、主張する。
俺にルイのような鋭い嗅覚はないが、湯浴みをすればルイは自分の匂いを俺につけたがるのを知っている。
知っていて、毎夜、湯浴みしてルイを待っている。
ーー浅ましい男娼のように。
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