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第13話
婚約披露宴は城の南の方にある宴会場で行われる。
流れは舞台のような上座に俺達が座り、そこで列席者に披露目しつつ、儀礼的な祭祀の雅楽を聞き、法曲や大曲を主体とした宮廷舞踊や技芸を楽しみ、それから食事へと流れていく運びとなっているようだ。
本来なら列席者が宴会場に入る際、俺達が迎え挨拶するべきだが、ルイの要望によってそれは省かれていた。それには俺も賛成する。
国を挙げての婚約披露宴だか何だか知らないが列席者はこの国の要人ばかりで、俺が知らない人ばかりだ。今まで関わったこともなければ、この先関わることもない。
銅鑼が打ち鳴らされ、太鼓、鐘、笙等の合奏が勇ましい出陣のファンファーレが鳴り響き、目の前の扉が開いた。
扉の向こうは宴会場。
中心に赤く巨大で長いもうせんが敷かれ、その両端に卓(※お膳のようなもの)が沿うように三列並び、多くの列席者が既に座している。
もうせんの先、奥の上座の右側には王と王妃、続いて貴賓客にあたる竜人、貴族、が並び、左側にはミヒャエル大元帥とメイヤー元帥(諸将の統率者。全軍の総大将)、続いて武官、文官が座して並んでいる。
赤いもうせんの上をルイと歩く。ここから披露目が始まっているんだろう。
竜人達、列席者は四十二名。偉丈夫達の存在は遠目から見ても圧巻だった。
全員が逞しいのに美麗、相反する要素を当たり前のように全身に備えてこちらを見ている。
あの竜人達はモルグ達を片っ端から狩っているそうだが、モルグが彼らを見れば、凶暴さもその美貌に吸い込まれ浄化されたいと望み、竜人達の胸に自ら飛び込んで、狩られているに違いない。そんな危険な美しさを彼らはしっとりと身に纏っている。
歩きながらその集団に見惚れそうになりーー気が付いた。ひとり、目を伏せている竜人がいる。
そう、認識したとたん、頭の先から足先まで雷が走ったような感覚に、足がもつれた。
当たり前のように俺を支え、心配そうに覗き込むルイを尻目に、俺は鳴り止まない動悸を抑え、乱れそうになる呼吸を落ち着けた。
目を伏せていた竜人。あれは、俺の運命の番だ。
本能でそう、悟った。
ちらりと横目で伺えば、竜人の伏せられた瞼が上がっている。
澄んだ湖面を思わせる掛け値なしの真っ青な瞳。ふらふらと吸い寄せられそうになる。青みがかった黒髪は艶やかで、彼の美しさをひときわ浮き彫りにさせていた。
目鼻立ちは凛と男らしく、近寄り難い静謐さがあるが、今はその神授の美貌を憂愁で満たしている。
彼が少し不自然なのは軽い前傾姿勢。俺が足をもつれさせたのを見て、思わず飛び出そうとしてーー思いとどまった。そんな姿勢をしている。
俺が瞬きしている間にその神授の美貌を持つ竜人の姿勢は元に戻り、瞼はまた伏せられ、印象的な真っ青な瞳は俺から隠されてしまっていた。
ルイを見ればいつも通りのルイだった。ルイがルイの運命の番に会ったような反応はない。ルイだけ聞こえるよう、そっと囁く。
「ここにルイの運命の番はいるか?」
「いない」
ルイは竜人達を眺めもせず、そう言った。
少しの違和感。
「彼らは五日前、訪問したその日、揃いも揃って迎賓館で俺達を覗いている」
「な」
「気が付かなかったのか?」
ルイは俺達を覗いていたと言った。五日前。一緒にルイと過ごしたのは夜、バルコニーの情事か褥の情事の時だけだ。
覗かれたのか? アレを? あの神授の美貌を持つ竜人や他の竜人にも? 四十二人いるんだぞ。
真っ赤になって睨みつけると、ルイはさっと目を逸らした。
「落ち着け。まだお前の十代ならではの精悍さを見せつけただけだ。結界はすぐに張った」
言葉を失って、はくはくと唇を動かした。
俺を見せつけた、だと。
「……自慢したくなった。俺の婚約者は秀麗甘美な見かけとは裏腹に、ものすごくえろ……待て、嘘だ。そんな可愛い顔をここで晒すな。お前の運命の番がいるか試しただけだ。だが
お前の運命の番はいなかった。この五日間、奴らは誰もヴォルフを奪いに来ず、俺を殺しにも来なかった」
物騒な話に少し戦慄し、はたと思いついた。
「もしかして、それでこの四日間、モルグの討伐を休んだのは」
「ああ、婚約者披露宴までにヴォルフの運命の番がいるのなら、炙り出したかった」
「やり過ぎだ」
「彼らとは婚約披露宴前、事前に顔合わせする予定になっていた。覗き見するマナー違反をしたのは彼らだ」
…………色々思うことがあるが。
「事前に予定されていたのか、そんなものが」
「婚約披露宴に運命の番が現れて潰される訳にはいかないからな。だがお前を見せつけた時、一瞬、殺気のようなものを感じた」
「ルイの運命の番がいたのかもしれないが
「いいや、俺のはいなかった」
「俺にもいない。そんなもの」
俺にも運命の番はいなかったと言い切れば、約束通りルイと番える。
ルイに微笑みかけると、ルイはほころぶような華やかな笑みを返してくれた。
竜人席でカタンとかすかな物音を聞いたような気がした。
宴の間中、不思議と動悸は治らなかった。全神経があの神授の竜人に向いたままだ。
それでも俺は神授の美貌を持つ竜人を番に選ばないし、神授の美貌を持つ竜も俺を番に選ぼうとしない。それでいい。それがいい。
だが絶妙なテクニックを見せるお祝いの宮廷音楽も、勇壮快活な舞曲も、虹のような羽のような長い袖を使った繊細で美しい舞姿も、全神経をあの神授の美貌を持つ竜人に持っていかれたまま、どこか上の空ですべてが時間と共に流れていく。
ルイは優しく、いつもにも増して俺にべったりと寄り添い、俺の世話をあれこれと焼いた。
豪奢な白金の髪はいつもより華やかに結われ、幸せそうに俺に向かって微笑む貌はいつもにも増してきわめて端麗と言えた。
食事会の頃。俺の生まれつき異常な聴力を持つ耳にある言葉が届いた。
それはあの神授の美貌を待つ竜人の世にも美しい声だった。
「あんなごく普通の顔の、しかも竜人ともしれない男と番う神経がしれない」
彼にとって仲間内で囁く程度の声で。それは俺にとって、聴き慣れた言葉だった。
だからあの神授の美貌を待つ竜人は俺を選ばなかったのかと、ほっとしながら、神授の美貌を持つ竜人の言葉によって傷つけられた胸を抑えた。
俺はやはり竜人ではなく、ルイに相応しく見えないのか。
生みの親や運命の番でさえ捨てる俺を、ルイは本当に生涯愛してくれるのか。不安が胸をえぐる。
「そもそも名前からして無理だ。狼(ヴォルフ)など。ふざけている」
「ヴォルフ、まつ毛がついてる」
ルイが俺の目元を指先でするりと撫で、陶然と蕩ける笑みを浮かべた。
その瞬間、泣きそうになった。確かに皆が言うように俺はしがない普通の男だ。だがルイだけは違う。俺を大事にしてくれる。
「……! またそんな顔を!」
ゆったりとルイが動き、端麗な貌が傾いた。唇を奪われる。そう思ったが、ここは婚約披露宴の場で俺達は婚約者同士だ。俺は迎賓館から外に出る気がない。この場に居る人とも、もう顔を合わせることもないだろう。
そっと目を閉じ、震える唇で、ルイの熱い唇を受け入れた。
かすかに。
風が動いたような気がした。
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