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第14話

 婚約披露宴の後、ルイは颯爽と俺を置いて行ってしまった。  巣作りするために。  確かに婚約披露宴が終われば慌ただしくなると聞いていたが、ここで竜人の新たな習性が出てくると思わなかった。  巣が必要なのか。竜人は。まぁ、一生、この迎賓館に住む訳にもいかないだろうが。  どこでどんな巣になるのか聞いてみれば、ルイは「完成を楽しみにしていろ」と、ご機嫌に笑うだけで教えてくれなかった。  迎賓館の庭でぼんやりと暮れかけた空を見上げる。  風はひんやりと身を包んでいるが、心はどこか浮かれていた。  婚約披露宴後、すぐに置いて行かれたさみしさよりも、ルイが俺と番うために一生懸命になってくれていることが、たまらなく嬉しい。  ふと、空に艶やかな黒い影が旋回しているのが見えた。かなり上空だ。生まれつき視力が異常にいい俺が、はっきり認識できない。  黒い影は迷うようにうろうろ、うろうろ、と飛んでいる。  何となく、嫌な予感を覚えて、部屋に戻ろうと椅子から立ち上がれば、黒い影が急降下してきた。  黒竜だ。あの神授の美貌を持つ竜人、俺の運命の番。とっさに叫んだ。 「危ない!」  迎賓館にはルイの強固な結界が張られている。ぶつかれば例え竜人でもただではいられない。  黒竜は問題なく結界をすり抜け、俺の前に風もなく降り立った。  胸元には結界の通行証。この迎賓館を出入りしている女官の礼服の装身具がぶら下がっている。  黒竜がきらきらと澄んだ真っ青な瞳で俺を見て、両手を差し出した。 『ぎゅ』 [花]  黒竜の手には小さな淡い桃色の野花が握られていた。  黒竜が空を急降下したせいか、握っていたせいか、花びらは何枚か散り、折れ、しかも萎びている。  俺が躊躇していると、黒竜は再びくたびれた野花を俺に差し出した。 『ぎゅ』 [花] 「いらない」  黒竜は大きく目を見開き、ぐんぐんと目を潤ませていく。  どうしてそんなくたびれた、ただの野花をどうして俺にくれようと思ったのか。  そもそも、その胸元にぶら下がっている通行証はどうしたのか。ルイは女官に厳しく管理するよう言いつけていたはずだ。  色々なことを聞こうとして、やめた。俺にはルイがいる。この黒竜には関わらないほうがいい。 「その通行証、返してくれ」  大方、女官から貸してもらったんだろう。涼やかな麗人に頼まれれば、あの女官達のことだ。易々と貸したに違いない。  黒竜は慌てたように、短い手をわたわたと駆使して、通行証を俺に差し出した。 「……帰る時に通行証はいらないから」  それだけ言って踵を返せば、黒竜に道を塞がれ、野花が差し出された。 『ぎゅうう、ぎゅ』 [貴方みたいに綺麗な花、見つけた。あげる] 「いらない」  全然綺麗じゃない。  黒竜はへにょりと耳を下げると、踵を返し、とぼとぼと数歩いて振り返り、上目遣いで俺を見た。  本当にこの花、いらないのか。いいのか。本当に後悔しないのか。  掛け値なしの真っ青な瞳はそう物語っていた。 「いらない」  黒竜はグッと足を踏み締め、一気に急上昇して空の彼方へと消えていった。  ぱらぱらと、辺りに雨を降らせながら。  残ったのはくたびれた小さな淡い桃色の野花。 「俺はここまで汚くない」  踏みにじろうとして、やめた。  黒竜はこの花がどうなったか確認する。そんな確信めいた予感を覚えたせいだ。  迎賓館の門の外まで行って、花をそっと道の隅に捨てる。  ここに捨てれば、「花はいらない」というメッセージを、黒竜は確実に受け取ることになるだろう。  日の出前、空の色が刻々と変わる美しい空から、金色がかった琥珀色の竜が帰ってきた。  早起きだな、とルイは笑って俺の右頬に唇を落としたが、寝ないでルイを待っていたと言えなかった。言えばルイが気を揉むかもしれない。  その後、ルイは数時間の睡眠を取ると、また、意気揚々と出かけてしまった。  モルグを討伐に行ってくると言って。   ルイと俺に課せられたモルグ討伐のノルマは竜人の二人分。  ルイは俺のノルマまで引き受けてしまっている。俺も手伝うから。そう言ったが、ルイは困ったように微笑むと、俺の額に口付けして、行ってしまった。  どうして俺を頼りにしてくれないのか。弱いからだ。俺が。拳を握りしめて、竹刀を取り出し、庭で一心不乱にそれを振る。  結界は張れない。どう頑張っても無理だった。せめて剣技で腕を上げて、ルイの役に立ちたい。  無理はしない。しようとも思わない。ルイの役に立つ。これこそが俺の身体を鍛える目的だからだ。  それから同じような日々を四、五日繰り返した。  延々と基礎訓練で身体を鍛え、明け方帰ってくるルイを迎えて、むつみ合い、仮眠のような睡眠時間でルイがまた、出かけて行く。  迎賓館に出入りする女官達からは俺を聞こえよがしに罵ってくるのも相変わらずの日々。 「淫らな楽しみに耽るしか脳のない男娼ごときが」 「嫌だわ。貧しくて卑しい人間は、失うものがないから。ほおんと、あさましい」  ルイとむつみ合う寝台のシーツは毎夜、男の精液でどろどろに汚れてしまう。  それが男娼だと蔑まれる原因だと分かってからは、自分で洗うようにしたが、今朝はそれが滑稽だと鼻で笑われた。  空は澄み渡りとてもいい天気だった。  はためく敷布の横で竹刀を振っていると、神授の美貌を持つ竜人がどこからともなく現れた。  品のよい指先には、小さな薄桃色の野花。  帯には結界の通行証。ただし、王を始め三位以上の身分の者が腰に帯びる装身具として使われる”玉佩”にしてぶら下げている。  俺が返せとは言えない代物だった。

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