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第16話

「ではグレイグ殿の留守中、治療にあたらせてもらおうか」 「それは……無理だな」 「何故だ? 私はメンクイだ。貴方に惚れんぞ」 「同じことを何回も言わなくていい。もう分かった。  無理だと言ったのは、迎賓館に出入りしている女官に俺が蔑まれているせいだ。  リアムと会っていればまた、節操のない男娼だとこれ見よがしに言われる。まぁそこまではいい。いつものことだ。問題は、あることないことルイに吹き込まれると、後々めんどくさいことになる」  ルイの嫉妬心と独占欲は強い。こうして庭で初めて会って話すくらいなら偶然を装い、誤魔化すこともできるが、隠れてリアムと会っていることが知られれば理由の如何(いかん)問わず、ルイが激怒するのが目に見えている。  リアムはぞくりと身を震わせるような冷ややかな声を出した。 「ヴォルフがここで女官達に蔑まれていること、グレイグ殿には相談していないのか?」 「ああ」 「グレイグ殿はまったく知らないのか?」 「彼女達は器用だ」 「そんなはずない!」  リアムが烈火のごとく怒りを露わにし、まくし立てた。 「この国は配膳を間違えただけで女官の首が物理で飛ぶ。ここの女官達が増長している理由は、グレイグ殿が知って知らぬふりをしているからだ。違うか?」 「違う。そんなことをする理由がルイにはない」 「ある! 嫉妬心だ。ヴォルフのことを好意的に思う女官よりも悪意的に思う女官をグレイグ殿は選んでいる。そうすれば嫉妬心に苛まされることなく、自分が留守ができるからだ!」 「すごい発想だな。違う。彼女達はルイのいないところで、俺を貶してくる。それに彼女達から見て、俺は女だ。分かるか? 男が女のように抱かれているのが気持ちが悪いと感じているんだ」  リアムの口元が真一文字に引き結ばれると、震える麗しい手がそれを隠すように覆った。 「まだあの男の女じゃない」 「具体的な想像するな」 「するか!」  神授の美貌を持つリアムが形のいい眉を下げた。何とも儚く哀れみを誘ってくる表情だ。 「……私が……私が、貴方を、こんなところから連れ去って、すべてから解放してやろうか……いや、違う。すまない……私はメンクイで…、…今、言ったことは忘れて欲しい」 「ああ。気にしない。元々同情も憐れみも嫌いじゃない。無情より数段いい」 「さっきから聞いていれば! 貴方はこれまでどんな風に育ってきたんだ!?」 「……普通に」  普通の孤児だった。飢えて困らない。虐げた側が困らない。そんな普通の孤児だった。  ある意味容姿が整っていなくて良かったのかもしれない。もし竜人そのままに美しい容姿でいれば、まず間違いなく、性犯罪に巻き込まれていただろう。子供だった俺に逆らえる知恵があったとは思えない。  リアムはため息ひとつ、公式にルイと面会してヴォルフの治療にあたりたいと、申し出ることを言い出した。  婚約披露宴で俺の竜胆の瘢痕化に気が付き、今日ここで俺の意思を確認した後、ルイの了承を得るという形だ。 「頭いいな、お前」 「失礼な! その顔、私の頭が悪いと思ってたのか!」  リアムが地団駄踏んでぷんすか怒りだす様子を見ると、やはりリアムは子供なんだなと思ってしまう。  高身長の俺よりさらに高く、服の上からでも分かる強靭そうな体格をしていて、黙っていればルイに勝るとも劣らない風格を感じるが。  まぁ、竜人だから早熟しているんだろう。  リアムはそのまま帰らず、女官に木刀を用意させてーーついでにその女官をひと睨みしてーー俺と打ち合いしながら、負けない立ち回りを俺に教えてくれた。 「ヴォルフの剣は竜人のそれより軽く、今のやり方だと打ち負けるのが目に見えている。でも動体視力はかなり高い。それに勘もいい。瞬発力は…すごいな。構えず大雑把に狙いを合わせるより、構えて正確に狙いを合わせて。命中率が上がる」  リアムと打ち合えば打ち合うたび、上達していくのが自分でもよく分かる。  一区切りついたところで、リアムが冷ややかな目で俺を睥睨した。元々が涼やかな麗人だ。周囲の空気までが味方して、冴え冴えと俺を突き刺してくる。 「誰に剣を習った? 形はこの国のものに忠実にでも、それだけだ。真面目に訓練してこなかったのか?」 「いいや」  どう説明すればいいのか。 「俺の噂は聞いていないのか?」 「グレイグ殿が入れ込み、番に、したい相手がいると……相手はおそらく竜人だが竜にはなれないので、この国の者では判断がつかない、と」 「俺は子供の時に山で保護された孤児だ。保護されるまで狼達の群れで育てられていた」 「……! だから狼(ヴォルフ)」 「その名前も人間社会に馴染めない俺を揶揄して呼ばれたものだ。だが俺はそれを喜んで受け入れた。俺にとって狼は誇りでしかない。ルイに会うまで俺は一兵卒だった。隊のみんなで掛け声と同時に剣を振り、隣り合った者と打ち合う。俺に剣を教えたのは一兵卒の教官だ」  リアムが握りしめた木刀を地面に突き刺したので驚いた。まるで豆腐に箸を刺すような流れる動きだった。 「私が……貴方を、早くに見つけていたら。それこそ、狼の群れに入る前に」 「いや、それは困る。狼は俺の家族だった」 「では孤児院に入ってすぐ……!」  確かにそこでリアムが俺を見つけてくれていたなら、俺の人生は変わっただろう。リアムが俺を愛そうが愛さなかろうが、最低でもさみしい、さみしい、と、夜な夜な泣き声の聞こえる孤児院の中で育つことなんかなかった。  思考を消すように首を横に振った。過去の仮定の話をしても、今も未来も変わらない。  リアムが地面に突き刺した木刀を引き抜く。 「そんなことよりも、リアム、この木刀はどうして折れなかったんだ? 教えてくれないか?」

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