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第21話
竜丹を使い、異世界渡り(瞬間移動)を繰り返していると、竜人本来の能力を取り戻してきていることが自分でも認識できた。
五感が以前より格段に冴えてきている。迎賓館内の音なら、つぶさに聞こえた。
いつの間にか俺の前に姿を現さなくなってしまった女官達の会話を聞いてしまったのは、ただの好奇心なのか、自分で思うより、人恋しくなっていたのか、はたまた、ただ、暇、だったのか。
「武闘会の優勝者はハンス・フォン・クラウゼ少佐でしたわ!」
武闘会?
確か一週間前、リアムが闘技場で盛大な武闘会を開催させるから、俺にも参加しろと言っていた。今日がちょうどその一週間後。開催されていたのか……俺には参加状が届かなかった。
リアムが届けてくれなかったのか、ルイが握り潰したのか……。
ん? 待てよ。優勝者がハンス・フォン・クラウゼ少佐? 彼はこの国の人間だ。彼が竜人を勝ち抜いて優勝したのか? 不自然だ。
「次は二週間後の竜人戦ね!」
そこまで聞いて、俺の膝の上でうたた寝していたルイの両耳を軽く引っ張った。
「おい、ルイ、聞きたいことがある。俺に武闘会への参加状は届いていないのか?」
「……? ……ああ、女官達の会話を聞いたのか。そのこと話そう、話そうと思っていたが……ついにその時がきたか」
「ルイ!」
「参加状は届いていない。参加したかったのか?」
「うん」
竜人の性質なのかもしれない。武闘会と聞けば闘いたい欲が沸き立つ。
もっともルイに会う前、自分が竜人だと知る前、人と闘うことはとても怖かった。人や物は俺の手で簡単に壊れてしまうからだ。
自分が竜人だと分かった今、遠慮なく全力を出して闘えるのなら、闘ってみたい。
俺の膝枕の上、ルイが両手を伸ばして俺の耳朶を軽くくすぐってきた。こそばゆくて肩をすくめると、ルイが肩を揺らして笑った。綺麗な顔。
「参加状はないが、お前の観覧席は用意されている。行くか?」
「行く」
「そうか」
ルイが儚げに微笑んだ。なんとなく、俺を武闘会の場に連れて行くのが嫌なんだろうと感じた。
だから俺に、武闘会のことを話そう、話そうとして延び延びになっていたのかもしれない。
これがただの祭りや見せ物なら、諦められた。ルイが嫌がるなら迎賓館に篭っていようと思えた。
だが武闘会は、参加できなくても、どうしても見てみたい。
武闘会と聞いただけで血が沸き立つ竜人は俺だけじゃない。きっと。
「ルイも闘うのか?」
「ああ、リアム・ド・ヴレと闘うことになっている」
「リアム…ド・ヴレと? もう対戦相手は決まっているのか」
「俺とリアム・ド・ヴレだけ、な。他はトーナメント戦だ。リアム・ド・ヴレは新種だが先祖返りだ。あの青い目を見ればお前でも分かるか? 古代黄金種に勝るとも劣らない、強さと美しさを兼ねている。ヴォルフの竜丹の瘢痕化に気付ける目も持っていただろう? 俺とお前を除いて、この世界の竜人は皆、血の薄い新種だ。先祖返りのリアム・ド・ヴレと古代種である俺がトーナメント戦に参加すれば、結果は火を見るよりも明らか。実力の差から参加を見合わせる者も出てくるだろう。だから俺とリアム・ド・ヴレだけは特別枠で対戦するそうだ」
「そうか」
ルイが嬉しそうな笑顔を綺麗に浮かべた。
「嬉しそうだな、ヴォルフ」
「うん」
ルイとリアムが闘うところを想像すれば鳥肌が立つ。壮絶に強く、美しい、だろう。見逃しのないように動体視力を鍛えておかなくては。
「ヴォルフ、リアム・ド・ヴレにあ……」
「あ?」
ルイの貌が恐ろしいほど美しい微苦笑を浮かべた。この笑いは作り笑いだ。
「いや、いい。ヴォルフが嬉しいなら、それで」
「……」
気になるが。藪を突けば蛇が出てくるような気配を感じた。
「そんなに難しい顔をするな。武闘会の竜人戦はリアム・ド・ヴレの国の竜人だけではなく、この世界の竜人達がこぞって参加するそうだ……おい、ヴォルフ、目が輝いてきているぞ」
「ちょっと、興奮している」
ふふっ、と笑うルイが身体を起こして、俺の頬に唇を落とした。何故かとても楽しそうだ。
「ヴォルフが楽しそうだと俺も楽しくなる。嬉しそうだと俺も嬉しくなる。なぁ、ヴォルフ、頼みがある。おそらく俺の最初で最後の頼みだ」
「最後にしなくていい。いつでも何でも頼んでくれ。何でも叶える」
ルイが喜んでくれることを想像するだけで、嬉しくて心が躍った。
ルイが楽しそうな、困ったような貌をして笑った。
「何でも叶えてくれそうだな」
「何でも叶える、ルイが喜んでくれるなら、何でも。いくらでも」
「そんなに俺が好きか?」
「うん」
「俺も同じだ」
ルイは両手で俺の頬を包むと、そっと俺の唇に触れるだけのキスをして、揺れる瞳で俺の顔を真剣に覗き込んだ。
「いいか、ヴォルフ、面白いと思うこと、興味を持つこと、これを捨てるな」
「……?」
「お前は自分を捨てて、他人を優先しているところがある。お前が少しでも面白いと思うなら、興味を持つことがあるなら、自分の気持ちを優先しろ。その気持ちを他人に譲らなくていい」
何となく心に衝撃を受けた。
だが何故、衝撃を受けたのか分からない。考えようとして心に蓋をした。
「うん、分かった」
「いいか、それが例え俺でもだ」
「……うん」
「泣くな、ヴォルフ。今まで我慢し過ぎた。いや、俺も我慢させ過ぎた。なぁ、ヴォルフ、竜人が人間社会で人間と同じように生きるのは……辛かったか?」
「……いいや、楽しかった」
楽しかったから、彼らを優先して、言動も、表情も、好奇心も、戦闘したい欲もすべて殺して生きてきた。
でもそれは小さなものだ。譲れない感情は絶対に譲らなかった。こうして泣いて悲しむほどのものじゃない、はずだ。
ルイが俺をその腕で囲い込み、愛おしくてたまらないというように頬や耳に口付けを雨あられのように落としてくる。
そこで理解した。俺は嬉しくて泣いている。ルイが俺を理解してくれていることが、それほど思っていてくれていることが、嬉しくてたまらない。
「いい話があるぞ、ヴォルフ。この世界の竜人同士は婚約期間中、多くの竜人達にお披露目するそうだ。この世界の竜人は子供が好きで、群れでも子育てする。婚約期間中にお披露目しておけば、子供ができた時、子供をより可愛がってもらえるそうだ。武闘会を一種のお披露目の場にしてみればどうかと、俺とリアム・ド・ヴレの戦闘が観戦できるだけでこの世界の竜人が集まるはずだと」
ふとルイのよく響く澄んだ声が翳(かげ)った。
「リアム・ド・ヴレが、教えてくれた。この武闘会を主催したのはリアム・ド・ヴレだ。なぁヴォルフ、どうしてリアム・ド・ヴレがこんなに親身になってくれるのか、お前は分かるか?」
「さあ?」
少し、イラッとした。
そんなに竜人を集めて、もし、ルイの運命の番が見つかれば、どう、責任を取ってくれるのか。ルイを誰にも奪われないよう、ぎゅっと強く抱きしめた。
「そうか、分からないか」
微苦笑するルイはその後も色々俺に教えてくれた。
竜人戦は本当なら今日開催される予定だったそうだ。
だがミヒャエル大元帥がそれに待ったをかけた。
理由は元々人間用に作られた闘技場、竜人達の戦いに持ちこたえられるはずがないと、武闘会は半年後に延期して欲しいと言われたそうだ。
半年で荒野に観覧も可能な戦闘場を用意するからその間、参加予定の竜人達はモルグの殲滅を頼む、と言われたことも。
流石、ミヒャエル大元帥、ちゃっかりしている。
それでも俺達の婚約期間はあと三週間。
それ以降の武闘会なら参加しないとルイが突っぱねたそうだ。
代わりに闘技場に強固な結界を張り、人も物も壊れないようにしてやるとルイは言ってのければ、最終的に結界は当日、リアムと折半することになったそうだ。
それでその後二人対戦するのか。二人は一体どれくらいの竜気を使うつもりなのか。
なるほど。二人共、竜人戦のトーナメントから外される訳だ。同じ竜人目線で考えて、二人は規格外すぎる。
ルイが武闘会に参加する目的はより多くの竜人達に俺達の婚約関係を見てもらう為のものだと、どこか儚げに微笑んだ。
ルイの唇にそっと唇を重ね、琥珀色の瞳を覗き込んだ。
「ルイは……どうしてそんなに辛そうにしているんだ」
無意識だろう、ルイの形の整った眉がピクリと動いて、大きな手が俺の頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
「気のせいだ」
結界を張りながらリアムと闘わなければならないから憂鬱になっているのか。
いや、ないな。そんな楽しそうなこと、憂鬱になるはずがない。
それからルイは武闘会までの二週間、俺にべったりとくっついて離れなかった。一人で行動することがなかった。
最初の数日はモルグ討伐はいいのか、巣作りはどうなっているのか、頻繁に聞いた。
だがルイはどこ吹く風で、俺と一緒にいるのは嫌か? とだけ聞いてくる。
ルイと一緒にいられて嫌なはずない。
そのうちルイのあたたかくて力強い腕の中、俺は何故ルイが俺にべったりなのか聞くことをやめた。
そして悲しいかな。
ある予感が日に日に大きく膨らんできた。ルイのそばにはもう、いられないような予感が。
それはルイが巣作りを放棄していることに気が付いたからかもしれない。
ルイの勘は俺より鋭い。もうすぐそこにルイの運命の番がいることに気が付いているのかもしれない。
ルイの運命の番が現れれば俺達はお別れだ。そういう条件の元で俺達の婚約は結ばれている。
ルイの身体に身体を擦り寄せ、瞼を閉じる。
ルイは未来永劫俺のものだ。誰にも譲らない。
ルイの運命の番が現れたら俺が、容赦なく、殺す。
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