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第23話

 優勝者が叫んだ。 「さっきから見ていればいちゃいちゃと! ここをどこだと思っている! 公共の秩序を守れ! 優勝者には望んだ褒美が与えられると聞いた! 俺はそこのふざけた男娼との試合を希望する!」  優勝者の叫びを聞いて闘技場が歓声で沸いた。  何故、俺が男娼と呼ばれるのか。どうして、周りの者がそれを聞いて喜ぶのか。 「口を改めなさい! 彼はルイ・グレイグ殿の正式な婚約者だ!」  リアムが叫ぶと優勝者が鼻を鳴らした。 「ふん、そこのちんくしゃ男娼が竜人のふりして身体を使ってグレイグ殿を籠絡したともっぱらの噂だ! 名前は狼だったか! 嘘つきにふさわしい笑える名だ!」  俺の口角が薄く上がるのと同時に、ルイの顔色がすっと変わったのを見て、立ち上がった。 「ご指名いただいたから、俺が、行ってくる」  厳しい表情を浮かべていたルイが俺の顔を見て、ふ、と見るものを魅了する優しい笑みを浮かべた。 「新種は竜気が読めないんだ、手加減してやれ」 「意外だ。止めないんだ」 「竜人は負けず嫌いの戦闘狂だ。それに言っただろう。面白いこと、興味を持つこと、これを捨てるなと。邪魔はしない」 「やめろ! ヴォルフ! 怪我をしたらどうする!」  リアムが遠くで叫んでいる。  ルイが妖しくも美しい笑みを浮かべた。  ちんくしゃ男娼、竜人のふり、誰がそんな噂を広めたのか。この際どうでもいい。  誇りある俺の名前を貶して笑う。そんな奴は大っ嫌いだ。こらしめてやる。  ちんくしゃと呼ばれたことは一度もないが、普通顔だとはよく言われた。  だが、幼馴染のパウルやザルムート元上級大将は俺の容姿のことをこう称した。  高身長で顔は小さく手足は長く、バランスのいいしなやかな体躯はルイに勝るとも劣らない夢のようなスタイル。  ルイはそんな俺を着飾らせるのが好きだった。俺は豪奢な衣装を好まず、瀟洒な衣装を選んだが、すべてが俺のためにあつらえた一級品。今も巧みに着こなせていると自負している。  顔の造形は変えられないが、少しでもルイと釣り合うよう所作の美しさだけは磨いてきた。  礼節をわきまえた美しい風のようにルイの手から優勝者の剣を引き抜いた。凛とした所作で、見ている者が総毛立つほど、華麗に。  しん、と静まりかえった闘技場。優勝者の前へ、瞬間移動する。  瞬間移動する竜人はいない。竜気の消費が尋常じゃないからだ。集中できないなりにトーナメント戦を見ていて思った。新種にはまず無理だろう。  その瞬間移動は結界の基礎。結界内では結界が張れない。これが常識だ。  常識離れした行動を取る俺に、優勝者が声を失い一歩、二歩、後ずさりする。 「竜人のフリをしている“ちんくしゃ男娼”の登場だ。これ以上下がれば、優勝者の名が泣くぞ」  俺は生まれつき声音が美しかった。俺の声音に慣れない者が間近で聞けば、あまりの美しさに忘我の境にさまよう者がいるほど。  だから俺は人間として暮らしている時、無口であることを選んだ。  夢心地でいる優勝者の前で、まるで豆腐に箸を突き刺すように、固められた地面の上へ優美な動作で剣を、すん、と突き刺した。  割れるような歓声に、みんな娯楽に飢えているんだなと、感じた。  モルグ討伐で殺伐とした毎日を送る人間達に、ただ戦闘が観られるだけで喜ぶ竜人達。 「大刀を用意してくれるか? 剣技は自己流だが、身体能力はリアム・ド・ヴレ殿と我が婚約者ルイ・グレイグのお墨付きだ。楽しんでいただけると思うよ?」  この武闘会までの二週間、ルイは俺にべったりだった。当然、異世界渡りの訓練も、大刀の訓練も付き合ってもらった。  ルイはこの優勝者と俺の力の差を見極めている。だから俺を止めなかった。リアムは……知らん。過保護になっているとしか思えない。 「あ、あ、あんたは、古代種、か?」 「さぁ? 確証はないんだ。疑念は身を持って晴らせばいい。優勝へのご褒美に」  竜気を優勝者に向かって放出すれば、竜気を読めないはずの優勝者がガタガタと震え、一歩、二歩、三歩と下がった。三歩下がれば優勝者の名が泣くと教えてやったのに。 「う…あ…」  竜気は読めなくても威嚇として伝わるのかもしれない。面白い。威力を上げてみるか。 「や、や、やめろ! 俺は、し、し、新種で、竜気が読めない」 「そうらしいね」 「こ、古代種に、ほ、本気出されたら」 「これはこれは。負けず嫌いの戦闘狂と呼ばれる竜人の発言とは思えない」  そういえばこの間まで、剣技は可もなく不可もない。そんな一兵卒をやっていた。噂の出どころは軍だな。  思えば遠くまできた。あの頃の俺は無口で感情と表情が一致せず、無表情でどこにでもいる平々凡々な男だった。 「さぁ、俺を人間だと思って闘いを挑んだ優勝者様? 楽しもう?」  蒼白な顔をした優勝者をいたぶるフリをして、闘技場を破壊していく。  ルイを闘わせたくない。このまま闘技場を俺が破壊し続ければ、ルイとリアムの対戦はお流れになるだろう。  竜人のふりをしているちんくしゃ男娼、そんな噂を広めたのはおそらく軍の上層部辺り。  仲間だった一兵卒達ではこうも広がらない。迎賓館の女官達も一役買っているかもしれないが、やはり噂はここまで広がらないだろう。  闘技場の管轄は軍の上層部。闘技場を容赦なく破壊しても心は痛まない。噂の責任はここで取ってもらう。  ルイとリアムが闘技場全体に結界を張っているが、その結界内に結界を張れば、闘技場を破壊することくらいわけない。  破壊していくうちにルイもリアムも結界を張っておくのが面倒になったんだろう。解いてくれた。  どうせ俺達三人以外、竜気は読めない。賢い選択だ。  こうなると俺の独壇場だ。  怪我人の出ないよう、竜人戦の優勝者をいたぶるフリをしながら、闘技場を破壊しまくった。  この国の軍の上層部が俺を恐れて「弁償しろ」と思っても言えないくらいに。

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