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第26話

 俺は愛しい人から別れを告げられる辛さを少しも理解していなかった。  だからリアムにもあんなに冷たく接してしまった。  それがリアムの為になると自分自身に言い訳して、リアムを傷付けているのが分かっていても、突き放した。  それが優しさだと、自分中心に物事を考え、実はリアムのことを少しも考えていなかった。  殺してあげれば良かったんだ。  こんな苦しみに苛まされるくらいなら、嘘でも愛していると耳元で囁いて、心臓を一突きにしてあげれば良かった。幸福の絶頂で永遠をあげれば良かった。  湯堂から豪華絢爛な謁見の間に連れて行かれた。   ルイと俺との婚約解消の書類が既に用意されてある。  ルイは前もってミヒャエル大元帥に俺との婚約を解消することを伝えていたようだ。その上で手続きが進められている。  俺が断るなんてこの部屋の誰も思っていないようだ。皆、厳かに目を伏せ、ただ俺が書類にサインするのを待っている。  自分の意志に関係なく、話が色々進んでいく様子は婚約した時と同じだとぼんやりと思う。ここに俺の意思はどこにあるのか。 「サインを」  ルイに筆を握らされて、ほんのりと笑みがこぼれた。  ここにあるのか。俺の意思は。  書類に目を通せば、婚約解消の書類とは別の書類があった。婚約証書だ。条件付けに運命の番が現れた場合、解消する。と書かれてある。 「ルイに運命の番が現れたのか?」 「いいや、現れなかった。何度も言っただろう? 飽きたんだ。だから婚約を解消する。これは急な話でも何でもない。お前との巣も、もう長いこと手をつけていない。お前も気が付いていただろう? 言い出せなかったのは、まぁ気分だ」  筆を持つ手がぶるぶると震えた。ふざけるなと泣いて、叫んで、喚かなかったのは、ここに多くの人間達がいるからだ。  せめてリアムのことが、知られたのが原因で婚約解消されるのなら、まだ納得できた。  だがルイは言った。  飽きたから、婚約を解消したいと。  ルイの話の内容が理解できないまま、連れてこられたこの部屋には現実味がない。  これは夢だ。きっとそうだ。 「ヴォルフ、サインを、ここに」 「ルイ」 「何度も言わせないでくれ。もう、お前とは番えない」  これは夢だ。きっと夢だ。  破壊してしまおう。すべて。いらない。 「ヴォルフ、落ち着け。言っただろう。俺はお前が嫌いになった訳じゃない。ただ飽きただけだ」  俺の背中を優しく撫でるルイはいつものルイだ。視界が滲めば、胸元へ引き寄せられた。そうだ。ルイは嫉妬深くて、優しくて、俺の泣き顔を他の人間なんかに見せない。俺を深く愛してくれた。 「席を外してくれ」  王もいたはずだが、ルイの一声で部屋から出て行く静かな足音がぞろぞろと続いた。 「ヴォルフ、繰り返すが、婚約を解消させてくれ」 「俺に飽きたから?」 「……そうだ」  涙がぼろぼろと溢れた。胸が痛くて苦しくて、どうしていいか分からず、ルイにしがみついた。 「あ、飽きられないよう、努力する。何でもする。だから」 「早くサインしてくれ」  苛立ったように言われ心臓に杭を打たれたような気がした。  そんなに早く、俺のサインが欲しいのか。この俺の今の気持ちを無視して?  ルイへの気持ちを形にしようと、心を込めれば低い呻き声が喉に響いた。ルイにしがみついていた両手が滑り、両膝が床につく。 「ヴォルフ!?」  額に汗が。熱いのか、寒いのか、よく、分からない。  気が付けば、喉に竜の逆鱗がゆっくりと浮かび上がってくる。  ルイが叫んで、それを邪魔をしようとしてきた。だから俺はその竜の逆鱗を無理やり剥がした。  血塗れの逆鱗は薄紅色した花びらのようだった。 「ヴォルフ! なんてことを……!」  竜の逆鱗は生涯、一枚だけ、愛しい人ひとりにしか捧げられない。  最大級の求愛方法だとリアムにさっき聞いた。 「これを、ルイに」 「それは竜人が、竜か人間と番う時、相手を仮竜人にさせて繁殖させるためのものだ! 竜人である俺はいらない! 第一、婚約は解消すると言っただろう! 俺に渡してどうする!? おい、血が止まらないぞ……ッ!」  いらないのか。  そうか。竜人は同種族。竜の逆鱗は必要なく繁殖できるのか。  リアムも俺にくれると言ったから、てっきり、俺もルイにあげればいけないのかと思ってしまった。  ああ、だが血塗れの逆鱗は無理やり剥がしたから未成熟で、しかも欠けている。本来持つ機能がない。  ルイがいらないと言う訳だ。これはクズだ。  グッと力を込めれば、逆鱗はたやすく俺の手の中で壊れた。 「やめろ……! それは、もう、二度と作れないんだぞ!」  ルイがわぁわぁ喚いているが、ルイがいらないものなら、この世に存在している意味がない。 「サイン、するよ。ルイ、だからどうかお願いだ」  逆鱗を握りつぶした手で、ルイを床に押し倒せば、きらきらと薄紅色の粉が夕日に照らされ、辺りに散った。 「口付け、させてくれ」  返事を待たずに、ルイの唇に噛み付くように口付けした。  雷が落ち続けるような痛みに耐え、俺のフェロモンを全開に放ちルイに注ぎ込む。  ルイが我を忘れて、俺と番ってしまうように。  婚約証書も婚約解消の書類も所詮、紙切れ。  既成事実さえ作ってしまえば、ルイは俺の番だ。    俺の本能がそう言っている。

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