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第28話

 ルイは俺を抱き込むと、波動の違う竜気を俺に流し込み、術を発動させた。  転移だ。衝撃から目を開けば、豪奢な部屋の中、開け広げられた二枚の格子戸から花桃の木で埋め尽くされている庭園が目に飛び込んできた。  目を奪われる。  桜や梅とは違ったふんわりとした味わいのある花桃はちょうど今が見頃で、赤、白、桃色の色鮮やかな花が咲き乱れ、現実には存在しない理想郷を思わせた。  思わず感嘆のため息を溢すと、精緻を極め装飾品といっても過言でない格子戸がルイの後ろ手によって静かに閉められた。  それでも庭園の美しさは損なわれない。 花びらや草木のかたちを模して細密につくられた格子が庭園風景の額縁となり、差し込む光までもが美しい装飾のようだ。それが十二枚並ぶ景色は壮観だった。 いや、その前に豪奢な白金の髪と琥珀色の瞳を持つ、極めて端麗なルイが立っていれば、そこは現実離れした夢のような一枚絵となり、圧倒させられる。   「ここは、どこだ?」  俺は迎賓館に帰りたくないと言ったが、ここはとても連れ込み部屋に見えない。  天上音楽が聞こえそうな庭に負けず劣らず、贅を尽くした調度は言い難い気品と凄烈さがある。  ルイは俺の疑問に答えてくれず、沈黙のまま俺の手を取り、彫刻が威厳を感じる精緻巧妙せいちこうみょうな 臥牀ベッドへと誘った。  横に座ったルイが俺の首筋を撫でてくる。冷たい指がくすぐったくて首をすくめると、ルイの端麗な貌が傾き、ゆっくりと俺の唇に近づいてくる。  とっさに押し返した。 「どうした?」  自分でもよく、分からない。何だか、怖い。身体がガタガタ震え出してきた。 「ヴォルフ? 怯えなくていい」  その瞬間悟った。ルイは慈しむような眼差しで俺を見ているが、こんな優しい顔してルイは俺との婚約を解消した。俺を簡単に捨てた。  捨てる前まであんなに俺を愛してくれていたのにも関わらず。  今は飽きたと言ったその口で俺にキスをしようとしている。理解できない。化け物みたいだ。怖い。  蘇るのは婚約解消されてルイを失い泥に沈むような絶望感。  今夜ルイに身体だけ愛されて、明日はあっさり捨てられる、そんな未来に俺は耐えられない。きっと壊れる。  もはや俺の運命の番がリアムだとルイが知っていようが、飽きたと言ったその口で俺に執着しようが関係ない。今は逃げるべきだ。この、言い難い恐怖から。  ルイから、じりっと距離を取り、こことは違う場所に転移しようとすれば、ルイの結界に弾かれた。  すうっと目を細めたルイに腕を掴まれる。逃げられない。怖い。怖い。怖い。ルイが怖い。 「は、離せ! 俺は帰る!」 「どこに帰る?」 「ルイのいない所だ!」  そうだ。そこに痛みはあるが、恐怖はない。もう嫌だ。もう二度とルイに捨てられたくない。 「それは、どこだ?」 「離せ! どこだっていいだろう! 俺達はもう、婚約解消した!」  そう、解消されてしまった。飽きたと言われて。  胸についた傷がぱっくり開いて、痛みがぼとぼとと溢れ出した。苦しい。駄目だ。悲しみに溺れて又、何も考えられなくなる。  頭の片隅でこのままルイと身体を繋げてしまえば、永遠にルイは俺のものだと囁く声が聞こえたが、それは間違っている。  身体だけ繋げても、お互いの相互依存がないと永遠にならない。俺は既にルイに飽きられている。今は永遠のレールに乗ることさえできていない。 「もうルイには関係ない! 離せ!」 「関係ある。俺は今夜お前を金で買った」 「金なんかもらっていない」  がしゃりと、銭の詰まった巾着袋が音を立てて俺の胸元に押し当てられた。驚愕する。受け取れず、下に落ちた巾着袋から大量の大金貨がざらざらと流れ出た。自分の言動の浅はかさに鼓動が早まる。呼吸が浅くなる。 「馬鹿にするな! 俺はこんなに安くない!」 「知っている。足りない分は明日払う。明日も俺が買ってやる」  血の気がざっと引いた。  一緒にいられる日が多ければ多いほど、ルイを失った時の絶望感は大きくなる。 「お、俺ごときにこんな無駄遣いしなくていい! じゃあな!」 「おっと、逃げるな。無駄遣いじゃない。知っているだろう。竜人はどんなに金を持っていても娼婦も男娼も買えない。マーキングしてしまうからだ。その点、お前は俺にとって都合がいい。大金払っても惜しくない」  性処理にするのか、この俺を。ついさっきまで婚約者で飽きたと言って捨てたこの俺を。 「この……っ、クズが!」 「先に言い出したのはお前だ。責任を取れ」  押し倒され、のしかかってくるルイに、喪失感の恐怖に逃げようともがき、両手を使ってルイの身体を押し返すが、ルイの鍛えられた身体は強靭でびくともしない。  面白がるべきじゃなかった。身の程をわきまえるべきだった。  今夜ルイに溺れたら絶対に後悔する。縋すがれるルイとの思い出が穢れる。壊れる。優しかった俺のルイがただのクズに成り下がる。  今にも泣き出しそうに顔を歪めると、俺の両手を床に押さえつけていたルイの力がわずかに緩んだ。そうだ。ルイはいつも俺に優しかった。クズなんかじゃない。  そうだ。これはきっとちょっとしたルイの”おしおき”だ。俺がふざけたこと言ったから。そうだ。そうに違いない。  謝らないと。 「ルイ、ごめん。俺は俺をお前に、売らない。だから許して」  俺を見下ろす美しい琥珀色の瞳の中に途方もなく深い深淵が広がった。一房、白金の髪が溢れ落ちる。 「じゃあ、誰に売る気なんだ?」 「誰にも売らない。もう二度とあんなこと言わない。悪かった。許して」 「……言霊という言葉を知っているか?」  こんな時に何故そんなことを俺に聞くのかよく分からない。  だから必死に首を横に振った。 「言葉は力を持っていて、口に出せば言葉が内容通り実現する。俺はそれを信じている。俺は今までお前を散々甘やかしてきた。自覚はきちんとある。でも俺をここまで煽っておいて、そんな可愛いことを言えば許されると思っているお前を俺は許さない。俺はもうお前の婚約者じゃない。お前を縛る権限が俺にはないんだ! もう永遠に! でも俺は今、金をお前に払った。対価を払え」  俺を押さえつけていたルイの両手が離れた。逃げ出そうとすれば、ルイに易々と身体をひっくり返され、うつ伏せで床に押し付けられた。背骨の間をなぞられる。 「自覚がないようだから教えておく。神が全霊をかけて彫琢ちょうたくした夢のようなこの身体に大金を払ってでも触れたいと思うのは、何も俺だけじゃない」 「……また馬鹿なことを」 「馬鹿なことじゃない。見せびらかすんじゃなかった。武闘会、竜人戦の優勝者、アレが必要以上に吠え、お前と戦いたがってのは、照れ隠しだ。始末しようのない陶酔の声が含まれていた。アレは本当にお前を間近で眺めたかっただけだ」 「何を」 「そもそもお前が男娼呼ばわりされるのも、お前が持つその妖艶な雰囲気のせいだ。男女共に性的な魅力を感じ、金を出せば買えるかもしれないと一縷の望みを持って、男娼と呼ぶ。金や権利を持つ者ほどその欲は顕著だ。普通の者なら買えないが、自分ならあるいは、そう思い込む。そうしてあっという間に噂は広まった」 「ルイ、待て、落ち着け、俺はどこからどう見ても平々凡々な男だ」 「古代種の竜人が平々凡々な訳がないだろう! リアム・ド・ヴレあの、お前を見るやに下がった顔は何だ!? 普段の顔からとても想像できない顔しているぞ!」  いや、あいつは特別枠だ。 「お前が俺と出会う前まで平々凡々に暮らせたのは、お前の感情の欠落していた表情の奇妙な不気味さと、竜人ならではのそこはかとない威圧、それから同室者の幼馴染が牽制してくれていたおかげだ。そもそも俺から見て、お前はお前を見ておかしくなるのは周りの勝手だ、自分のせいじゃないと、思うことに慣れすぎている」 「そんなもの知ら……う、わ……っ」  ルイは半紙を引きちぎるように俺の皮の帯を引きちぎり、下衣ごと深衣を引き剥がした。  素っ裸の四つん這いにされ、むき出しになった俺の尻にルイの貌が埋まり、驚いたのも束の間。ルイの熱い濡れた舌が蕾を濡らした。 「やめろ……っ! ルイ……っ!」  ぬるりと蕾を這う熱い舌に、ぶるりと震える。そんな信じられない行為をされたのは初めてで、頭が真っ白になる。逃げようと暴れたが、腰をがっしり掴まれていて動けない。 「ここはまだ、未開通だ。俺の匂いがしない」 「やめ…… ! 落ち着け……! ルイ!」 「落ち着くのはお前だ。可愛い声を出すな。お前の声は腰にくる。をここに挿れられたいか?」  目の前が真っ暗になり心臓を潰されたような痛みが走った。全身が氷のように冷たくなって、首を横に大きく振る。  婚約している時はねだっても挿れてもらえなかった。  だが金で買った今なら簡単に挿れられるのか? 責任がないから?  捨てれば済むから?  暴れる俺をルイは易々と押さえ込み、尻の狭間、蕾に舌をゆったりと這わせた。  腰を捻って逃げようとしてもルイの腕ががっちり阻み、動くことすらままならない。 「嫌、嫌だ、ルイ、やめろ……!」  ルイは俺の制止を無視して恍惚とした表情で俺の蕾を舌で何度もつつき、舌を這わせる。  しつこいほど舐められて、ぞくりとした覚えのある感覚が湧き起こり、足をばたつかせれば、ルイがそれを制止させるように蕾に舌を押し当て、ぐりぐりとこじ開けようとした。  その瞬間、全身が発火した。  漏れそうになった嬌声を自分の手で押さえ、身悶える。  フェロモンだ。ルイの。性的に興奮した竜人の唾液は媚薬の効果を含んでいる。  発情させられた。

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